第二章 ボッチ男と借金少女

第1話 誰か。誰かたすけてよ……

「おい! いるのはわかってるんだよ! いいからここを開けろ!」

「借りたら返す。これ、当たり前!」

「有村美香さ〜ん! ア・リ・ム・ラ・ミ・カさ〜ん!! 貸したお金返してくださ〜い!!」

「こっちだって暇じゃねぇんだよ! 利子含めて百億! さっさとかえしやがれ!!」

「返せねぇってんなら仕事を紹介してやるよ! 早く出てきやがれ!」


 今日もドンドンという扉を叩く音が聞こえてくる。


 扉の外で柄の悪い連中たちが朱莉の母親の名前を連呼している。

 まるで、周りの人たちに聞かせるようにフルネームを何度も、何度もだ。


 朱莉は母親と二人、抱き合ってただ嵐がさることを待つことしかできなかった。


「おい! 早く出てこい!」

「おい! お前たち!」

「やべ! サツが来たぞ!」

「撤収だ!」

「待てコラ!!」


 どうやら、警察が来てくれたらしく、扉の前にいた人たちは潮が引くようにどこかへ去っていった。


「有村さん! 大丈夫ですか? 有村さん!」


 扉の外から女性の声が聞こえてくる。

 何度か聞いた警官の声だ。


 朱莉は念の為、ドアスコープから外を確認すると、扉の外にはいつもの女性警官がいつもきてくれている男性警官と一緒に立っていた。

 朱莉はほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりと扉を開ける。


「よかった。有村さん。無事だったんですね」

「はい。いつもありがとうございます」

「ダメだ! また逃げられた!」

「どうなってんだ!!」


 朱莉が女性警官と話していると、二人の男性警官が階段から降りてくる。

 どうやら、また取り逃してしまったらしい。


 このアパートは四階建てだ。

 しかも、四階までいけば袋小路になるはずだ。

 にもかかわらず、あの借金取りたちは警察から逃げおおせてしまったらしい。


 もう一週間以上こんな状況が続いている。


 しかも、話によると警官たちは交代でこのアパートを張っているはずだ。

 だが、警官たちは誰一人として借金取りたちがこのアパートに入ってくるところを見つけられていない。


 もしかしたら、借金取りたちはこのアパートへの秘密のルートのようなものを持っているのかもしれない。


「今日も検挙に失敗してしまい、申し訳ありません」

「あ! 頭を上げてください! 悪いのは全部、借金取りたちですから」


 女性警官は朱莉に向かって深々と頭を下げる。

 他の警官たちも朱莉に向かって頭を下げる。


 そんなふうに謝られても朱莉としては恐縮するばかりだ。


 ピシリと揃ったお辞儀を見て、警官はお辞儀の練習もするのかなとかどうでもいい事を考えながら、朱莉は警官の皆さんが頭を上げてくれるのを待った。


「本当に申し訳ありません。彼らの検挙に向けて、近々、合同特殊捜査本部が発足するそうなので、そう遠くないうちに対処可能だと思います。それまで、頑張ってください」

「そう、ですか。わかりました。ありがとうございます」


 その話はかなり前から聞いていた。

 今回の借金取りのようなグループに対処するための特別な捜査組織があり、近々、その組織を中心に特別な捜査本部が発足するのだそうだ。


 だが、その話を初めて聞いたのはもう三ヶ月以上前。

 朱莉の父の会社に奴らが押し寄せてきていた時期のことだ。


 一体いつまでこの状況を耐えればいいのだろうか?


(それまで本当に耐えられるのかな?)


 朱莉がチラリと家の中を見ると、母親は放心したようにへたり込んでいる。

 母親は最近元気がない。

 外出することもめっきり減ってしまったし、今も髪はボサボサで家事もほとんど全て朱莉がやっている。


 最初は同情的だった近隣の住民の人たちも、連日大声で喚き散らす借金取りたちをみて、朱莉たちを厄介者を見るような目で見てくるようになっていた。


 朱莉だって、そこまで余裕があるわけじゃない。

 今にも逃げ出したいような気分だった。


(でも、逃げ出すってどこに?)


 借金取りたちの取り立てが、親族にまで及んだため、朱莉たちは母方からも父方からも絶縁されていた。

 朱莉も母親も関東生まれ、関東育ちで関東以外の場所はどこも知らない。


 それに、警察が見張っているアパートに易々と侵入してしまうような借金取りたちだ。

 どこに逃げても追いかけてくるんじゃないかという恐怖もある。


「それでは、私たちはこれで。近くで張っているので、奴らがきたらすぐに連絡してください」


 警官たちは申し訳なさそうに頭を下げて、去っていく。


 今は警官の皆さんが二十四時間体制で張ってくれており、借金取りたちがくれば十分としないうちに駆けつけてくれるが、この場所から移動すれば、そんな手厚い警護は受けられないだろう。


「いつもありがとうございます」


 朱莉は警察官に向かって笑顔を見せて、深々と頭を下げる。


(誰か。誰か助けてよ……)


 だが、心の中では泣き出しそうな気持ちでいっぱいだった。

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