4 ずぶ濡れ②

「宮下くん……、ごめんね。先にシャワー浴びたのに、服までもらっちゃって……」

「い、いいえ……。胡桃沢さん……風邪ひきそうだったし。サイズはどうですか?」

「うん! めっちゃ大きい!」


 ドヤ顔で両手を上げる胡桃沢さん。

 確かに俺のパジャマだから大きいかもしれない。でも……、なんっていうか。胡桃沢さんが俺のパジャマを着てることより、彼女の萌え袖にドキッとしてしまう。さすが可愛い人は何をやっても可愛いってことか……。そんな姿をうちで見られるとは思わなかったから……男としてずっと緊張していた。


「あの……、体が冷えないようにココアを飲んでください」

「ありがと! 本当に……、宮下くんがいなかったら私…びしょ濡れになって泣いてたかもしれないよ……?」

「そ、それより……! シャワー浴びてきます!」


 そんなことを言われるのは初めてだから、慌てて浴室に逃げる。


「ふふっ……、照れてるのも可愛いねぇ……」


 ちらっと浴室の方を見る雪乃が微笑む。


 ……


 胡桃沢さんがうちに来たのは仕方がないことだけど、これから何をすればいいんだろう……? 女子と話したのは胡桃沢さんが初めてだし。女子経験がほぼゼロに近い俺には……、全然分からないことだった。


「はあ……、先から緊張ばっかりで……」


 髪の毛を乾かしている間に考えてみたけど、やっぱり無理だった。

 一応何が好きなのかすら知らないから……。


「うん……?」


 そして洗濯物が入ってるかごがちょっと……、これは……こっちに置いてあったっけ……?

 まぁ……気にするほど大事なことでもないし。

 今は胡桃沢さんのことをどうにかしないと……、面白いことを考えなきゃ。


「…………あっ! 宮下くん来た!」

「は、はい!」


 居間に出ると、テレビを見ている胡桃沢さんが手を振る。


「ごめん……。勝手にテレビつけて」

「いいえ……。一人じゃ寂しいから……、テレビをつけた方がいいと思います」

「うん……。一人は寂しい……よね」

「…………」


 うん……? 今のは気のせいか?

 ずっと明るい顔をしている胡桃沢さんがちょっと……雰囲気が変わったような気がした。もちろん、彼女が何を考えてるのかは分からない。ただ、その話を言った時の顔がちょっと寂しそうに見えただけ……。


「あっ……! 宮下くんも私と同じパジャマじゃん!」

「あっ、はい……。やっぱり大きいですよね? パジャマ」

「うん! 私のパジャマと違って、宮下くんのは! なんか……、布団みたい」

「ふ、布団……ですか?」

「ふふっ……。あのね。大きいから……彼氏シャツっぽくない? どー!」


 両手を伸ばす胡桃沢さんが目をキラキラしている。

 やばすぎる……、この状況は一体なんだろう……? もしかして、その可愛さで俺を殺すつもりかな? それよりズボンは捲り上げたのに、なぜか袖だけ……そのままにしている。これは狙ったことかもしれない……。


 とか、変な妄想をする俺だった。


「どうって言われても、胡桃沢さんは普通に可愛いですけど?」

「そう? なんか恥ずかしいね……」

「えっ? そうですか? 学校ではずっとそう言われてたんじゃ……? まだそれに慣れてないんですか?」

「ううん……。それはね……。興味のない人にそんなこと言われてもあんまり嬉しくないし……。みんなの前で変なことを言ったら、それもそれなりに困るから……。以上、私の悩みでした!」

「あっ……、すみません。変なことを言っちゃって……」

「だから宮下くんの家は好き……、息苦しい学校よりいい場所だよ。ここは」

「そうですか……?」

「うん!」


 確かに……、胡桃沢さんがいる時の教室といない時の教室は違う。彼女の周りにはいつも人たちがいるから。

 トイレに行く時も、お昼を食べる時も……、そして移動教室の時も……。

 芸能人でもあるまいし……。人たちがしつこく付き纏ってるから……、たまには可哀想だなと思ってしまう。本人もそれを知ってるからやめてほしいけど、クラスの人たちはそんなことを気にする人間ではなかった……。


「みんな……、私のこと大好きって。でも、私はあんまり好きじゃないけどね……」

「確かに……しつこいですね。あの人たち」

「うん。本当にしつこい……。可愛い女の子なら他のクラスにもたくさんいるのに」


 じゃあ、二人っきりの時は落ち着くってことか……。

 相手が俺なのが悪いけど……。


「あ、あの今制服を乾かしてるから……ちょっと時間かかるかもしれません」

「まだ余裕あるから、全然大丈夫だよ!」


 ぐうぅぅ———。

 聞き慣れたこの音はもしかして……?


「えっ?」

「あっ……! は、恥ずかしい! 今の聞いた?」

「すみません……」

「絶対聞いたよね……?」


 すぐ真っ赤になる胡桃沢さんの顔、俺は精一杯我慢した。

 絶対笑わないように……、こっそり手の甲をつねる。


「あの、なんとか作ります!!」

「えっ……。いいの?」


 真っ赤になった顔を触りながら、ちらっとこっちを見る胡桃沢さん。


「はい。俺一人暮らしだから、ご飯は自分で作ってます。そんなに大したことじゃないんですけどね……。一応」

「……私も手伝うから!」

「ソファでゆっくりしてもいいですよ!」

「あっ……! うん……」


 とはいえ……、俺は大事なことをうっかりしていた。

 実は今日…買い物をする予定だったことを……。マジかよ。


「……あ」


 だから、今…冷蔵庫の中には卵しかない。


「…………適当でいいかな。適当で……いいわけねぇだろぉ……」


 掃除できてない家と空っぽの冷蔵庫……、完璧だぞ。

 涙が出る。朝陽。

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