401話 現状把握





 俺はまわりを見回して、現状を確認した。


 三方は荒い石壁、一面だけ鉄格子が嵌っていて、その向こうは狭い廊下だ。


 廊下にはところどころ松明のようなものがあって、おかげでかろうじて物の形がわかる。


 天井はダインがまっすぐ立てない高さ。

 上も下も横も石壁。狭い。


 これは完全に、あれですね。


 牢屋。まぎれもなく牢屋。

 たぶん、地下牢。


 俺たちを襲撃した人たちのアジトにさらわれちゃったんだ。


 終わったなあ……。


 他の人は別の房だろうか。

 ここには俺とアディだけだった。


 なんか寒くなってきて、両腕を摩った。

 外套は着たままだけど、ポーチがついてるベルトとかはぜんぶなくなっていた。


 寒いけど、外ほどじゃない。

 魔法道具か何かで最低限の室温には保たれているみたい。それでも石の床は冷たい。


 あーあ、捕まっちゃったんだ……。


 俺は案外、冷静だった。


 地下の寒い部屋には馴染みがある。

 むしろ懐かしさすら感じるぞ。あのサンサの屋敷を思い出す。奴隷たちの唯一の休み場所だった部屋。ここよりは広かったな。


 でも、俺がこうして平気でいられるのも、アディが一緒にいるからだ。


 俺は以前とは違う。

 前は、死んでもいいし、どうなってもいいやって思ってたけど、今はその逆だ。


 俺はみんなに会えた。

 また会いたい。


 それに、守らなきゃいけないちいさい命がある。


 絶望するのは、できることを全部してからにしよう。


 よし。


 俺は覚悟を決めた。


 今だって、ひとりじゃないしな。


 一人一人に割り当てるには牢屋の数が足りなかったのか、非戦闘員だから舐められているのか。


 わからないけど、アディがいてくれてよかった。


 アディは、王城の人たち特有の、あの微笑を浮かべていた。いつも通りだ。



「安心なさってください。彼らはわたくしたちには危害を加えることはないでしょう」


 それならいいんだけど。

 みんながひどい目にあうのは嫌だ。


 俺はアディにうなずいて見せてから、頑丈な鍵付きの鉄格子のほうに近づいた。


 格子に張り付いて廊下の左右を見たけど、見張りっぽい人はいない。壁に置かれた松明の光がゆらめいている。ここは牢屋がずらりと並んでるみたいだ。


 隣に知ってる人がいるかな?

 そう思ったけど、声も音も聞こえなかった。



「この場所は、遮音されているようです。わたくしの声も通りませんでしたわ」


 アディが後ろからそう教えてくれた。


 ずいぶん厳重だな。

 牢屋ひとつひとつを遮音してるのか?


 それって、大変そうだ。


 攫った人たちは、こんな場所を用意しているんだから、人を攫うことにかなり手慣れてる気がする。部屋にまとめて放り込んだりとか、縛って放置することだってできたはずだからな。


 普段からやってるな、これは。


 つまり、逃げるのは難しい。助けを呼んだり、隣の誰かと共謀することも出来ない。


 おとなしく、売り飛ばされるのを待つしかないのか……。


 そもそも俺は既に奴隷なんだけど、契約を勝手に解除されちゃうのかな。それはとても困るぞ。


 とりあえず……。


 ぐきゅるるるるる。


 お腹も騒いでることですし、腹ごしらえしますか。


 腹時計が鳴ったということは、もう日が暮れたのかも。きっと晩ご飯の時間だろう。


 攫った人たちがご飯を配給してくれる気配は、今のところ皆無だ。自前でなんとかしなきゃならんわけです。


 こんなことも、あろうかと。


 ……とは思ってなかったが、俺はまずポメ空間に入れていた布を取り出した。


 いざという時のために、こっそりいろいろ詰めておいてよかった。


 詰められるだけ詰めたので、ポメたちはちょっと狭い思いをしてるかもしれない。すまん。元気か?そうか、元気か。よかった。しばらく我慢してくれな。


 布を床に広げた。

 布は万能だ。


 それから、木のコップをふたつ取り出す。

 そして、木皿もふたつ。木のスプーンもふたつ。


 あ、あかりがあったほうがいいな。

 小さい晶石ランプも置こう。いいかんじだ。食卓は明るくないといけない。


 それから、肝心のご飯。


 携行用の堅焼きパンを取り出して木皿に並べる。コンロはさすがに持って来られなかったから、蒸さずにそのまま食べることになる。それから、木の実と干し肉とドライフルーツと……。


 俺が食事の準備をするのを、アディは「あらあら、まあ」と目を丸くして眺めていた。


 非常事態だし、アディには『収納』もどきがバレても仕方ない。それよりお腹が減ることのほうが問題だ。



「まあ、食卓を準備なさるなんて、頼もしいですわね。わたくしにも分けていただけるのですか?」


 そりゃあ、同じ空間にいて俺だけごはん食べるような度胸はないんですよ。食べ物の恨みは怖い。


 さいわい、非常食はけっこうたくさんある。

 ちょっとしたピクニックみたいになった。


 俺はアディに乾物だらけの木皿を差し出した。


 ごはんは誰かと一緒に食べたほうがおいしい。

 たとえ、かちこちのパンでも。



「それでは、ご相伴にあずかりますわね」


 アディはしっかり笑って木皿を受け取った。

 よかった。


 これで準備はばっちり……いや、何か足りないな。


 そうだ、あたたかい汁物だ。


 スープは作るのが大変だから、お茶かな。


 俺はお茶の葉っぱとポットを取り出して、アチアチなお湯を出してお茶を淹れた。本当はお茶専用のコンロがあればよかったんだけど、俺は持ってないので魔法でアチアチにします。


 持ってたら、アディに淹れてもらえたのに。

 ここから出られたら、俺もお茶用のコンロを買おう。あれ、ちっちゃくて便利なんだよな。


 アディほど上手く出せないけど、なんとかお茶っぽい味がする飲み物を淹れた。


 お茶を渡すと、アディはとてもうれしそうな顔をした。味はあれなんで、すみません。


 よし、完成だ。


 牢屋の晩餐が始まった。



 目が覚めて、最初はまるでサンサの屋敷に戻ったみたいな気分だったけど、ぜんぜん違ったな。


 薄いスープを啜っていたあの頃より、今日のほうが食べ物がはるかに豪華だ。非常食だけなのにな……捕まってるのにな……。肉もあるし、ドライフルーツとかあるもんな。お茶で体があたたまってしあわせだ。


 それに、一緒に食べてくれる人がいる。


 すごいことだ。

 とても贅沢な気分になった。



 ……だがしかし堅焼きパンは固かったので、お湯でふやかしてお粥にして食べました。アディもおなじようにしてた。


 おいしかった。











 

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