320話 路面凍結




 朝だ。


 昨日は、なんだかよくわからないうちに寝かしつけられていた。雪とかいろいろあって疲れてたからか、お風呂から上がってすぐ眠くなったみたいだ。


 目覚めはすっきり。

 最近、こういうのが多いな。


 建物を暖める暖房が作動してるから、昨日ほど寒くない。目を擦りながら起きる。


 あ、ロヴィくんがちゃんと家に戻ってる。

 ご主人がもどしてくれたのかな。


 おはよう。

 指から魔力を出してあげると、あむあむと口を動かして食べてた。かわいい。


 そのまま肩に乗せて居間へ向かった。



 楽器と外套を手に、外に出ようとしたら、長椅子の上でもこもこ動く物体がいた。


 またノーヴェが居間で寝たのか?

 と思っていたら、目が合う。


 ん?黒い髪に黒い目……。


 ヤクシ!?


 驚いてピョン!ってしちゃったぞ。

 なんでヤクシがここに。


 

「……よお」


 ヤクシはちょっと気まずそうに挨拶して、むくりと起き上がる。


 うちに泊まったのか。

 暖房が壊れたのかな。



「暖房が壊れたんで、邪魔してた」


 当たってた。

 暖房が壊れて隣に泊まる。なんか、聞き覚えのある言葉だな……。流行ってるのか?まあ、あったかく眠れてよかったんじゃないか。


 ヤクシはじっと俺の持ってる楽器を見て、それから肩に乗ってるロヴィくんを見た。


 あっ。

 やべ、見られちゃった。


 ……まあ、ロヴィくんは見た目は普通だから大丈夫かな。かわいいし。



「トカゲ飼ってんのか、物好きだな」


 じっと観察しながらそう言ってきた。

 

 ロヴィくんもヤクシをじっと見返してる。知らないお兄さんにビビってるかな?


 ヤクシは手を伸ばして、ロヴィくんの頭にちょん、と指を当てた。ロヴィくんは特に嫌がる様子もない。



「……尾が青い、ってことは幼体か。よく見つけてきたな、大事にしろよ」


 ヤクシは俺の頭もポン、とした。


 尻尾が青いのは幼体だからなのか?大きくなったら青いのが消えちゃうんだろうか。せっかく綺麗なのにな。


 俺はそのままテラスに出た。さむっ。


 うわ、つららがあるぞ。


 夜の間にまた雪が降ったらしく、うっすら白くなってる。林の木にもつららがたくさんぶらさがってて、なんだか林全体が風邪を引いてるみたいになってる。


 ご主人とリーダーは、この寒さでも平気な顔して剣を振ってた。


 俺に気づいて、手を振る。



「アウル止まれ、そこは──」


 ご主人が手を伸ばした瞬間。


 つるん。


 天地がひっくり返り、俺は宙を舞った。


 何がなんだかわからないまま、腰にドン!と衝撃が来た。すべって転んだのか、俺……。


 うっ、なんというドジを。


 咄嗟に体全部を身体強化したから、思ったより痛みはない。でも痛い。


 夜の間にテラスの一部分が凍ってたみたいだ。靴に滑り止めをつけてなかったな……迂闊だった。


 雪の次の日も、凍結に気をつけなきゃいけなかったのに。初歩的なミスだ。


 ああ、空が青いぜ……。


 ご主人がすぐに駆け寄ってきて、俺を起こした。

 リーダーも心配そうに俺を見ている。



「平気か?腰をぶつけたか……」

「大丈夫かい、アウル」


 平気だけど、俺はちょっと涙目になった。


 あと、転んだ時にロヴィくんと笛も一緒に宙を舞ったが、両方とも俺の腹に着地した。よかった、冷たい床の上に落ちなくて。楽器も壊れなくてよかった。


 半泣きでロヴィくんを手のひらで包みながら、ご主人に背中を押されて居間に戻った。


 ロヴィくんはびっくりしていたけど、おとなしく俺の手のひらの中に収まっていた。ごめんな、びっくりさせて。



「あーあー、派手にやったな」


 キセルみたいなのをふかしてるヤクシが、半笑いで俺たちを迎えた。


 家の中からは、テラスの様子がよく見える。


 つまり、俺がすっ転ぶ様子を、一部始終ばっちりヤクシに見られていました。めっちゃ恥ずかしい。


 ヤクシはキセルをテーブルに置いて俺を手招きした。



「見せろ。ダインはまだ起きねえだろ、回復してやる」

「できるのか?」

「人並みにな」


 俺は自分でも多少の回復はできるけど、ヤクシにお願いした。


 ヤクシは服の上から背中に手を当てて回復魔法をかけてくれた。あ、ちょっと痛みが引いたぞ。



「御者をやってたら、怪我はしょっちゅうだからな。軽いのは自分で治したほうが安上がりだ」

「お前、器用だな」

「ハルクほどじゃねえよ」


 ヤクシは俺の頭をよしよしして、顔をのぞき込んできた。



「咄嗟に身体強化してたな?いい『受身』だったぜ」

「そうなのか?だから頭を打たなかったのか。教えてないのに、偉いぞアウル」


 ご主人にもよしよしされてしまった。


 うん、頭を打たなくてよかったです。

 路面凍結こわい。


 身体強化は意識して発動したけど、体を丸める『受身』は無意識にちゃんとできてたみたい。運動神経がいまいちなこの体にしては上出来だ。


 まあ、防御はけっこう得意なほうかも。


 ヤクシはまた、キセルっぽいのをふかしはじめた。商人ラウハーヴァのやつと似てて、煙の匂いはしない。北のほうの習慣なのかな。



「冒険者やるなら、そのへんも教えとけよ」

「アウルは採集中心だから、まだいいかと思って……なんでヤクシが『受身』を知ってるんだ?」

「言っただろ、御者やってたら怪我はしょっちゅうだって。運送組合じゃ最初に教えられるぜ、馬車から落ちた時の体の使い方をな」

「そうなのか」


 そうなのか?


 ご主人は感心したように言ってるが、どうにもヤクシの声はご主人をからかってるみたいなかんじがする。


 俺のかわりにご主人がヤクシにお礼を言ってくれた。ヤクシは「飯と風呂と宿代の一部だ」と言って、何でもないように手を振る。


 ……自分の家みたいにくつろいでるけど、泊まらせてもらったという自覚はあるらしい。


 そのまま、みんなで一緒に朝食をとった。



 ヤクシはそのまま仕事へ向かった。


 次に馬車を使う時に乗車賃をまけてくれるって言ってた。律儀だ。


 今日の予定だが、ご主人は『古語研究同好会』の会合があるとかで、午後から出かけるらしい。


 他のみんなは拠点で用事をするようだ。


 俺はご主人にはついていかず、拠点に残ることになった。俺もお仕事がいくつかありますので。


 眠そうな顔のノーヴェ、ダインが起きてきていつもの朝が始まった。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る