283話 先人の犠牲




 リーダーが控え室に戻ってきた。


 うろうろしていたガルージはぴたりと止まって、リーダーをじっと睨む。縄張りによその猫が入ってきたボス猫みたいな反応だ。



「……おめぇら、なんかいい匂いするな。香でも焚いたのか?」

「うん?特に何もしていないけれど……」

「いや、こりゃ食いもんの匂いか。なんか腹減ってきた」


 やっべ。


 俺たちはみんな、しゅっと顔を引き締めた。別に何も知りませんけど?という顔だ。


 やべえブツ、食べたら他の人にも香りがわかっちゃうみたいだ。食べた人からもお腹が空く匂いが漂ってしまうらしい。昼ごはんでガッツリ食べてきたのがあだになった。


 油断してたな……自分では匂いに気づけなかったぞ。こっそり王に渡せばいいと思ったけど、こんな形で露見しそうになるとは。


 やべえブツは、やっぱりやべえ。リーダーはたった今それを鞄から取り出して使用人に預けたところだから、余計に匂いがついちゃったのかも。


 今頃、使用人たちは頭を抱えてそうだ。

 すみませんね、うちのワヌくんが。



「……もうすぐ、君たちが呼ばれるんじゃないかい?確か一番最初だったね」

「うっ……」


 リーダーが微笑みながらうまく話を逸らした!


 いちばんなのか……それはプレッシャーがすごそうだ。俺よりやばいかも。


 ガルージは大きな体を縮こませて、少し情けない顔になってる。水に濡れたポメみたいにしおしおだ。



「な、なあシュザよ。おめぇはこういうの慣れてるだろ?俺の格好、変じゃねえか?王に笑われねえかな」

「大丈夫だよ。王は誰かを笑ったりしない。君はリーダーらしく堂々と振る舞えばいい。君のことを尊敬している子供たちの顔を思い浮かべるんだ」

「ああ……」

「あとで、彼らに話して聞かせるといいよ。いかに君が堂々と語って、どのように王から言葉を掛けられたかを」

「……おう!」


 リーダーはガルージの肩にポンと手を置いて励ました。シルハとアミーは平気そうなのにな。


 励まされて、ガルージは元の大きさに戻った。

 でかい。



「よし、おめぇの挨拶が霞むくれぇの素晴らしい挨拶をしてやるからよ」

「うん、がんばって」

「ボウズもがんばれよ!」


 ガルージは俺の頭を軽くぽんぽんした。

 最初と最後同士、がんばりましょう。



 しばらく待っていると、ついに案内の人がやってきて、ガルージたちを呼ぶ。


 ガルージは胸を張って、堂々と控え室から出ていった。右手と右足が同時に前に出ていたが、堂々としているので大丈夫です。シルハがため息をついて首を振っていたが。


 行っちゃったな。


 それからの時間は、次々と呼ばれては出ていくパーティーを見送っていた。


 全員一気にじゃなくて、基本的にパーティー単位で順番に謁見する。この待ち時間がじりじりするんだよな。ドキドキしてる人たちを見ると、俺もちょっとドキドキする。


 ガルージたちは、わりとすぐに謁見を終えて帰ってきた。


 おお、無事だったか。


 ガルージは放心して床に座り込んでる。アミーはちょっとテンションが高い。


 すぐに他の冒険者に囲まれて質問攻めにされてた。みんな、ガルージの犠牲を無駄にはしないつもりだ。


 ガルージのしどろもどろな説明によると、宴が行われている会場では、出席者はみんな音楽の演奏を聴きながらくつろいで料理を楽しんでいるようだ。


 同じようにくつろいでいる王の前で挨拶をして、それに対して王が褒め言葉を述べて、終わり。


 実に簡単だった。



「すごかったぜ……あれが王の宴……」


 ガルージ、だいぶ心が遠くに行っちゃってるな。


 次々とパーティーが呼ばれ、帰ってくる。


 謁見を終えて帰ってきたパーティーは、みんな放心したり、テンションが上がって頬が紅潮していたり、ガルージたちと変わらない反応だ。


 俺たちは最後だから、その様子を見ながら十分に心の準備ができた。


 『王の宴』は、その名の通り宴だ。聞いているかぎり堅苦しい雰囲気じゃなさそう。


 謁見から帰ってきた人たちの反応はさまざまだけど、誰も落ち込んでない。そのことからも、そんなに大変じゃないとわかった。


 そう、これは余興なんだ。


 宴にちょっと冒険者を呼んで、賑やかしにしようって算段なんだろう。考えてたほど、大袈裟なものじゃない。


 行ける気がしてきた。

 ドキドキはするけど。


 先人たちの貴重な犠牲に感謝!



「『ガト・シュザーク』の皆様、お越しください」


 案内人からアナウンスがあり、俺たちの番がきた。


 俺は深呼吸して身なりを整え、ご主人のそばに立った。


 ついに、ついにきたぞ。


 俺はおまけ、俺はおまけ……。


 考えるな、ただ王の健康を願え……。


 ポメ、ポメ、ポメ……。


 よし。


 元気が出る呪文をいくつか頭の中で唱えて、覚悟を決めた。


 それから会場に入ってからの手順をおさらいする。まずみんなと同じように礼をして膝をつく。自分の番の時に立ち上がって、なるべく大きな声で挨拶を述べ、それに対する王の返答に礼を返してから下がる。退室。


 以上だ。


 俺にとって、この謁見は王への挨拶だけじゃなくて、みんなに初めて声を聞かれる機会でもある。そして、ご主人が初めて俺に『命令』を使うのだ。


 でも、今はそのことは考えないようにしよう。


 俺は会場までの道のりで、挨拶の言葉を思い出しながらずっと王様のことだけを考えた。そしてこの国の豊穣について。心臓がドクドク鳴ってるのが聞こえる。大丈夫だ、この緊張はまだ制御できる。


 とうとう、威圧感のある大きな扉の前に来た。


 さあ、いよいよ謁見の時間だ。



 俺は大きく息を吸い込んだ。





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