251話 剣舞




 引っ張られたご主人、ついに舞台の下まで来た。


 俺の意図が伝わったのか、ご主人は困った顔になった。


 うーん、あれを人前で披露するのは、やはりダメなんだろうか。鑑賞に堪える仕上がりになってると思うが。


 無理なら仕方ないけど……。



「なんだ、兄ちゃんたち次に踊るのかぁ?」


 近くにいた人が、楽しげに言った。

 めちゃくちゃ酒臭い。



「いや、俺は……」

「いいぞいいぞ、踊れ踊れ!今日は祭りだ!下手でもなんでも、楽しけりゃいいからよぉ!」

「え?えっと」

「お、次はそこの青髪の兄さんか。ほら、上がりなよ、空いてるからさ。恥ずかしがらずに」

「ハァ……場も整ってないし、舞うだけならいいか」

「おおー!」


 押しに弱いご主人は、まわりの人に押されてついに舞台に上がった。


 やってくれるようです。よかった!

 渋々っぽいけども!


 毎朝の稽古の成果を見せる時が来たぜ。


 舞台に上がったご主人に対して、観客たちは好き勝手に声をかけながら盛り上がってる。



「……まったく。アウル、笛を頼んだぞ。あんまり魔力を込めすぎんなよ」


 そう言ってご主人は大きな剣を取り出した。


 いつも稽古に使ってるのとは違って、装飾がいっぱいついてる派手な大剣だ。どう見ても切れ味が悪そう……っていうか木製だな、あれ。


 何もないところから派手な剣を取り出したので、観客は歓声を上げて喜んだ。箸が転がっても盛り上がってくれそうだな、この人たち。


 舞台の真ん中で、ご主人はすっと剣を構えた。


 まとう空気がガラリと変わり、まわりは静かになった。


 俺はちょっと緊張しながら、笛に息を吹き込んだ。


 よくよく考えたら、ご主人の剣舞を見せるということは、俺の笛の演奏を見せるということでもある……すっかり忘れてました。三重和音を練習しておいてよかった……!


 だが、主役はご主人だ。俺は添え物にすぎない。


 無事に、最初の音が鳴った。


 音に合わせて、ご主人はゆっくりと動き始めた。


 長い服の裾が綺麗な弧を描く。いつもとちがう剣は、動きに合わせて飾りが規則正しく揺れる。


 特に意識していなかったけど、足運びが正確でないとどの動きも綺麗に見えない。


 ゆっくりとした動きで、剣は微塵もブレない。ご主人の筋力と精密な身体強化がなければできない芸当だ。


 全部の要素が噛み合い、それは目を奪う美しい剣舞になった。



 そう、すべてが計算されたかのよう。


 背筋がゾクゾクした。


 あれが完成すると、こうも化けるのか。

 稽古の時とぜんぜんちがうじゃん。



 この時初めて、毎朝見ているあれが特別なものだったのだと俺は知った。


 俺、やばいことしちゃったかもしれん……。

 だが、もう遅い。


 観客は酔いが覚めたように静まり返っている。


 俺を含め、誰もがご主人の一挙手一投足から目を離せないでいた。


 笛に魔力を込める段階になった時、誘われたかのように誰かが太鼓を鳴らし始めた。


 今日の行進で何度も聞いたリズムだ。この国の伝統的なリズムであるはずのそれは、不思議とこの旋律にぴたりと合っていた。


 曲が進むにつれ、次々と楽器が加わってくる。


 即興で曲の流れを理解して合わせられるのって、すごい技術なんじゃないのか。それとも、この曲が何か特別なんだろうか。


 わからない。


 ただ、不協和音は存在しなかった。


 笛の音が三重和音になった頃、誰かが舞台の上でご主人の舞いに加わっていることに気づいた。


 いつからいたんだろう。


 また背中に冷や汗が垂れる。


 その人はご主人とはまるで違う動きで、背中合わせのようにしてのびのびと舞っている。ご主人は気づいてない。


 そこかしこから、息を飲む気配がした。


 その人のことが見えてるのは、俺だけじゃないみたい。


 いつもよりいっそう荘厳な旋律となった曲が終わり、静止したご主人はドン!と台を踏み鳴らした。


 途端に、ブワッと軽い衝撃が伝わってきて、観客にどよめきが走る。


 一緒に舞った人は、後ろからご主人に何かを囁き、舞台を降りていった。


 ご主人は、「えっ……?」と言って顔を上げてまわりを見回したが、その人はもういない。


 曲が終わってしばらく呆けていた観客が、我に返ったようにワー!っと声を上げてご主人に駆け寄っていった。


 ほとんど熱狂といってもいい。


 なにせ、あの『聖人アダン』が現れたからだ。


 確かにあの人は、アダンだったと思う。中央区にそびえ立つ像と同じ見た目だったからな。


 祭りの時に現れて一緒に楽しむことがあるとは聞いてたけど、この目で見られるとはなあ。そりゃみんなも熱狂するよ。


 でも、たぶん俺にしか見えないものもあった。


 アダンらしき人がご主人に囁いた時、ご主人の背にまたいくつかの光が見えた。遺跡の魔物を倒した時に見えたやつ。今は7つしかないはずのそれ。


 その光が、1つ増えたのが見えた。

 つまり、また8つの光になった。


 一瞬だったから、確信は持てないが。


 魔力、補填された……?

 マジか。


 俺はとりあえず、ご主人を労おうと近くに行った。



 ……のだが。


 あれ、近づけないぞ。


 熱狂した観客が各々で踊り始め、楽器が掻き鳴らされ、ご主人はもみくちゃにされてる。


 うおー!人波にさらわれる!


 というか、こんなにたくさん人いたの!?


 ご主人にまるで近づけないまま、俺は押し流されてなんとか路地に駆け込んで脱出した。


 ……ご主人を元気づけるつもりが、大変な騒ぎになっちゃったよ。


 思ったよりすごかったもんな、ご主人の剣舞。


 もしかしたら、髪が長かったらもっと舞いに合っててすごかったのかも。今もまとめてないとけっこう長めだけど、昔はかなり長かったみたいだから。


 一緒に舞ってたアダンらしき人を見てそう思った。アダンも髪が長いからな。


 何とか無事に吹き終われた達成感と、見たもののすごさの余韻ですこしぼんやりする。


 ご主人はいつも想像を超えてびっくりさせてくれるなあ。


 すごい。


 やっぱり、祭りって特別な何かがある。


 元気になってくれただろうか。あれだけ人波に揉まれたら、逆に疲れちゃうかな。


 ご主人のところへ行くのは諦めて、俺は路地をとぼとぼと歩き始めた。


 ご主人の嗅覚があれば、俺は簡単に見つかる。だからはぐれる心配はない。見つけてもらえるまで、しばらく待とう。


 なんだか妙に静かなかんじの路地だ。通りからはまだ観客の声や音楽が聞こえてくる。


 路地の先にも屋台があった。


 やけに装飾が凝っている。祭りで出ている屋台の設備は、質素なかんじのものが多いんだけどな。


 お茶のお店だろうか。女性の店主がゆったりとした仕草でお茶を入れていた。客がひとり、設置された椅子に腰掛けている。


 髪の長いその人を見た瞬間、息が止まった。



「あなたは……」


 えっ。



 あれ?声が出たぞ……!


 思わず喉を抑えた。しかも、いつもよりかなり低い声だ。喉を抑えた手を見る。大きい。目線が高い。


 えっ、どうなってるんだ。


 声が出せる上に、大人になっちゃった……!?


 大人になる薬とか飲んでないが!



 先客の男性は、ゆるりと俺を見て微笑んだ。



「おや、君が来たか。あの子はやはり来なかったな」

「あれが求めるのは、人の姿をした主様ではありませぬゆえ、当然かと」


 えっ、何がどうなってる?


 俺は手招きされるがままに、屋台の椅子に腰掛けた。


 地面に足が届く。やっぱり大人の体だ。


 なぜだ。それに、ここはどこだ?

 路地を歩いていたはずだが?


 俺は混乱の極みにあった。



 ひとつだけ、わかること。


 それは、この客の男性が、先ほどご主人と舞っていた『聖人アダン』その人である、ということだけだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る