228話 故郷の味
皿にこんもりと盛りつけたチャーハンもどき、それから野菜の酢漬けとか燻製とか添えて、盆に乗せた。
冷めないように蓋をして、外に出て厩舎のほうを目指す。
ヤクシ、いるかな。
外はいつのまにか薄暗くなってた。夕飯には早いか?でもほぼ夜だし。
と、歩いていたら。
庭の方からエルミが来るのが見えた。
……なんか、鍋みたいなの抱えてないか。
「あれ、アウル?」
俺を見てびっくりするエルミ。
俺もびっくりなのだが。
「なんだ?お前ら庭に集まって」
今度はヤクシが厩舎のほうからやってきた。
……なんかでっかい串焼きみたいなの持ってないか。
そして盆を抱える俺。
料理を手にした3人が、拠点の庭でばったりと出会った。
なんだこれは。
「ほら、みんな朝早く出かけてアウルが1人みたいだから、ごはんを分けようと思って……」
「俺は、今の時期に安く串焼きを買えたからジャミユたちのところに持って行こうと」
俺は、作りすぎちゃったのでヤクシにお裾分けしようかと。
なんということだ。
そんなことある?
なんか、よくわからないけど輪ができた……!お裾分けの循環だ。
しばらく3人とも固まっていた。
ふふふ、とエルミが脱力したように笑った。
「こんなぴったり顔を合わせること、あるんだね。もう、みんなで一緒に食べちゃおうよ」
「そうするか」
俺も、なんかおかしくなった。
ヤクシも少し笑ってる。
ご近所さんって、いいものだな。
俺が拠点を指差すと、2人はうなずいてくれた。拠点は広いから、みんなで食べるにはいいと思います。
俺は家主じゃないが、ノーヴェの魔法で拠点に入れるメンバーがちょうどこの面子とジャミユとマーナだ。勝手に入れても怒られないと思う。
俺は急いで拠点に戻った。エルミは拠点の中に鍋を置いてから、ジャミユとマーナを呼びに行ってる。
さて、どうしよう。
俺は脳細胞を高速回転させた。
俺が食卓を整えなきゃいけないよな。いちおう、この家の留守を預かる身だし。
人数分の食器、スプーンを揃えて、あっ椅子は足りるか?足りるな。ランプもつけなきゃ。
各自が取り皿に取る形式でいいか。
ヤクシの買ってきた串焼きは串を抜いて大きい皿に盛る。野菜もついてるでっかい串焼きだ。
俺のチャーハンもどきも、各自で皿に盛る感じで。
エルミの持ってきた鍋は真ん中に置いて、お玉を添えておく。うわ、おいしそうなスープだ。スープ用のお椀がいるぞ。
みんな、ちょっとずつ持ち寄った料理だけと、ずいぶん豪華になった。
ちょっと足りない気がしたから、厨房からパンを切り分けて持ってきた。スープに浸したらおいしいはず。それに、昨日の宴会の残りのおかずもある。
うーん。
宴会だな。
「わ〜、すご〜い!」
「お邪魔するわね」
エルミがマーナとジャミユを連れてやってきた。なんか籠を抱えてるぞ。果物っぽい。この一瞬で用意して持ってきたの?すごいな。
一気に賑やかになった。
ひとりで寂しく、あわよくばヤクシとふたりで食べるつもりだったから、こんなふうに賑やかなごはんになるとは思わなかったな。
こうして、豪勢な夕食会が始まってしまったのだった。
俺はただチャーハンを食べたかっただけなのに、なぜだ。
全員席について、なぜかヤクシが「あいつらの無事を祈って」とか何とかごにょごにょ音頭をとり、みんな食べ始めた。
俺はヤクシの隣、対面にはジャミユたち親子3人が座る。
この構図、なんか緊張する。
みんなは、まるで気にしない様子で生き生きと料理を取り分けているが。
「わたしたちまで呼んでくれてありがとうね」
「このお肉おいし〜!」
「でも、面白いね。みんな分けようって思ってたなんて」
「お前、料理できたのか」
わいわいと賑やかな食卓で、俺は静かにいろんな料理を食べた。
エルミの持ってきてくれたスープ、後から少し足して増えたそれは、温まる味だった。ほんのり甘いのはコーンか何かだろうか、それとも他の野菜?おいしいなあ。
ヤクシの串焼き肉も、タレが絶妙でおいしい。安いって言ってたけど、絶対高かったはず。
それから、俺のチャーハン。
チャーハンと向き合う時が来た。
実は、まだちゃんと味見していない。ひどい味だったらどうしようってちょっと思ってたから、他の料理に紛れてくれて良かった。
じーっと取り分けたチャーハンと睨み合っていると、エルミが目の前でさっさとすくってパクッと食べてしまった。
あー!
「あ、これおいしいよ。米ってこんなふうに料理できるんだ。これは卵?へえ、いいね」
「本当ね、美味しいわ。卵は炒ったものが一番だと思っていたけど、こんな炒り方もいいわね」
「マーニャね、卵は薄く焼いたのが好きだよ」
「俺は巻いたやつ」
みんな俺のチャーハンを味見しながら、卵談義を始めたぞ。
味は、みんなの反応を見る限り悪くないようだ。先に味見してからみんなに出したかったが、もう遅い。
俺も食べよう。
意を決して、チャーハンをすくったスプーンを口に運んだ。
最初に感じたのは、魚醤の風味と鶏ガラの香り。それから胡椒と唐辛子のピリッとした味、ネギの風味。焼き色がついた米の味。
それがすべて合わさって、鼻腔を突き抜けて、チャーハンの味になった。
ああこれ、チャーハンだ。
俺の記憶の中だけにある味。
たとえ完全再現しても、この身体の味覚では記憶と合致させるのは無理だと思ってた。新しく感じるだろうって。
でも、違った。
材料は何もかもが微妙に違う。それなのに、確信を持って『チャーハン』だと言い切れる懐かしい味だった。
記憶の中にしか存在しない味を、こちらの世界に持ってこれた。この身体が『チャーハン』を認識したんだ。
俺は、いつのまにか涙を流していた。
「アウル、どうしたの〜?からいの?」
マーナがいち早く気づいて、俺に声を掛ける。その声でみんな俺のほうを見て、泣いてることがバレてしまった。
だけど、涙はなかなか止められなかった。
「どうしたの?やっぱり、みんながいないと寂しかったのかな」
「……もしかして、この米料理はあなたが初めて作った料理なのかしら」
「ええー!?そうなの?」
ジャミユは俺の表情を的確に読み取った。俺がうなずくと、エルミたちは驚いた。
恥ずかしながら、そうです。
「……お前の、故郷の料理か」
ヤクシが正解を言い当てる。
恥ずかしい……!
自分で作った料理で泣くとか。
ちょっと馬鹿みたいじゃん。
うつむいていると、ヤクシがポンと俺の頭に手を置いた。いつも乱暴にくしゃくしゃするのに、今日はそうっと置くだけだ。
「俺も、ずいぶん長く食べてないから、いま故郷の料理食べたら泣くかも」
「故郷か。2人とも、王都出身じゃないんだったね。いいなあ、故郷の味があるって」
エルミが明るい声で言った。
変な雰囲気にしちゃったから、すごくありがたい。俺は呼吸を整えて、食事の続きをした。
マーナが立ち上がって俺の横に来た。
それから、ハンカチみたいな布で俺の顔を拭いてくれた。……年下にお世話されちゃったよ。
マーナは俺の顔をのぞきこんで、にっこりした。まぶしい。
「ごはんが塩の味になっちゃうね」
それは……いけない。せっかくの料理を味わえないのは良くないな。
俺はどうにかマーナに笑い返した。
みんなの優しさに、ジーンとする。
また泣いちゃいそう。
ダメダメ、せっかく再現できたんだから、塩の味にするのはダメ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます