#45 性癖の目覚め




 2階に上がり廊下を歩き、お隣の飯塚さんの部屋の前を通る。


 ふと立ち止まり、玄関の扉を見つめた。



 飯塚さんが3月末に引っ越して来てから偶然顔を会わせることは頻繁にあったと思うけど、会話らしい会話をしたことは数えるほどしか無い。 それに会話と言っても、先ほどの様に偶然顔を会わせた時に、挨拶したついでに一言二言何か俺の方から話しかける程度で、何話したか覚えてない程些細な物だ。


 そんな俺に対して、ストーカー行為なんてするのか?



「どうしたの?暑いし部屋に入ろ?」


「うん」



 自分の部屋に上がり、キッチンで買ってきた食材を冷蔵庫などに収納作業を始める。


 ミキはリモコンでクーラーを点けると、キッチンに来て俺が作業している横から手を伸ばして冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、グラス2つに注いだ。



「日が落ちても暑かったね。ヒロくんも休憩したら?」


「うん、これだけ片付ける」


 ミキはテーブルのイスに腰掛け、会話を続けた。



「お隣さん、飯塚シズカさんだっけ? 何か他に知ってることとかないの?」


「うーん…あ、地元が近いわ。出身校がG校って言ってたっけ。B県のG市にあるんだけど地元でも有名な公立の進学校で、俺やヒトミが通ってた高校より偏差値高いよ。しかもE市の隣だから俺も練習試合とかで行った事ある高校なのよ」


「へー、高校の頃に会ったことは?」


「ないない。 そりゃ田舎だし高校生が集まる様な人気スポット少ないから、そういう場所で偶然すれ違ったことくらいはあったかもしれないけど、そんな人たちの顔なんて一々憶えられるわけ無いし」


「流石にそれくらいは私でも分かるよ。そうじゃなくて、例えば部活の練習試合で対戦したチームに居たとか」


「いや、俺、男子バスケ部だし」



 食材の片付けが終わったのでミキの対面に腰掛け、ミキが用意してくれたお茶を飲みながら会話を続ける。


「男子の運動部でもマネージャーとか、あとは、試合が有れば女子のバスケ部が応援に来てたり…」


「そんなの覚えてないって。 そりゃアイドル並みの美少女とか一目惚れするほど可愛い子が居たら記憶に残ったりするだろうけど、そんな子に会ったこと無かったし、お隣さんもそこまで可愛いとは思わないし」


「そっか、そうだよね。 あと気になるのは……C大で何年生なの?」


「今年入学の1年って言ってた。ヒトミと同じ歳だよ」


「へー、C大現役なんだ。頭良いんだね」


 あれ?そう言えば


「現役入学とは言ってなかったな…、もしかしたら浪人してるかも?」


「むむ? だったら私たちと歳同じか上の可能性もあるんだ」


「そうだね。 でもまぁ浪人してたとしても、それはストーカー行為に関係はないでしょ」


「分からないよぉ?年齢一緒っていうだけで親近感沸いて勘違いとかして拗らせたりするかもだし?そこから何か思うことがあったのかもよ?」


「彼女とは年齢に関する会話したことないし、彼女から見て俺が幾つかなんて知らないと思うよ」


「そっか。でもそれこそ、よく知らない隣の住人に対してなんでこんなことするんだろうね?」


「うーん、全く分からない。 っていうか、飯塚さんがストーカーだって決まったわけじゃないし、さっき「決めつけは良くない」って自分で言ってたのに、お隣さんのこと妙に食いつくね?」


「そうなんだけど、警戒するのに色々把握しておいた方がいいでしょ?」


「確かにそうだね。 どんな性格かとか、普段は何してるのかとか、どんな人が出入りしてるのかとかは把握出来たら警戒しやすくなるだろうね」


「いっその事、コッチから突撃してみる?」


「いや、なんでそうなるの。それこそ相手の神経逆撫ででもしたら」


「例えば、オカズ作り過ぎちゃったんで~とか、実家から沢山送って貰ったんで~とか言って切っ掛けつくって上がり込むとか」


「それだと、精々玄関で物受け渡して少し会話して終わりじゃない?」


「うーん…」


「とりあえずは積極的に接触するよりも情報集めるとかして様子見ようよ。 今までノーマーク過ぎたし、これからは隣室の人の出入りとか、在宅の時間を把握するとか、バイトしてるのならドコでしてるのかとか。 あとはヒトミにも協力して貰えたら学校での情報とか」


「やっぱり、それくらいしか出来ないかなぁ…」



 元々面倒見が良い性格だからなのか、それとも昨夜仲直り出来たことで何か思うことでもあるのか、今夜のミキは以前ヒトミが泊まりに来た頃に比べ積極的にストーカー問題に関わろうとしている様に見えた。


「前にも言ったけど、ミキを危険な目に合わせる訳にはいかないし、首突っ込むのもほどほどにね?」


「そんなこと言ったって、ヒロくんに何かあったら困るもん。私だって凄く反省してヒロくんのこと一番に考える様にしようってすっごく考えてるし、留守中に忍び込んで掃除するとか気味悪くてさっさと解決して安心だってしたいし、兎に角、ヒロくんが大切なの!ストーカーのことが許せないって気持ちもあるの!」


「そう思って貰えるのは凄く嬉しいけど、本当に困ったら警察行くし、無茶なことだけは止めようね?」


「そうだね。わかった」



 休憩がてらの相談を終えると、ミキが夕食にザルうどんとポテトサラダを作ってくれたので食事を済ませ、一緒にシャワーを浴びて少し早い時間だったけど、部屋の照明を落としてイチャイチャタイムに突入した。



 今朝も致したが、この夜のミキはいつにも増して積極的で激しく、最中は嬌声が隣近所に聞こえてしまうのではと焦り、ずっと唇で塞ぎながら致していた。


 流石に近所に聞こえるのは困るので、一戦終えた後にそのことで苦言を呈した。



「今日のミキさん、激し過ぎですよ。声がお隣さんに聞こえちゃいますよ。 っていうか、マジで聞こえてたと思う。ココのマンション壁薄いし」


「そうなの? でもお隣の声とか音はコッチには全然聞こえないよ?」


「いや、今のお隣さんは凄く静かにしてくれてるからだよ。 去年までは五月蠅くていつも変な音楽とか聞こえてたじゃん。憶えてない?」


「そうだっけ?」


「去年は4年の男だったからね。こっちが1年だったから遠慮なしだった感じ」


「ふーん。  あ、そだ!良いこと思いついた!わざといっぱい聞かせちゃおうか?ヒロくんとラブラブなのいっぱい聞かせればストーカーするのも諦めてくれないかな?」


「なんでそうなるの…そんな簡単な話じゃないでしょ」


「そう?いい案だと思うけどなぁ。 なんだったらベランダでしちゃう?思いっきり見せつけちゃえば心折れてくれないかな?」


「ナニ言い出してんの?バカなの?それともそういう性癖なの?見られると興奮しちゃうの?臭いフェチに続いて新しい性癖に目覚めちゃったの?」


「うーん、そうかも? ちょっと出てみよっと」



 ミキはそう言って勢いよくベッドから起き上がると、俺が止める間も無く窓を開けてベランダに出てしまった。

 全裸のまま。



 ミキと付き合い出してセックスするようになったばかりの時期から、ミキは恥じらうことなく俺の前でも裸で堂々としていた。

 シャワーなどで一緒に入ることにも拒否や抵抗するような態度を見せたことは無く、寧ろ当たり前な態度でバスルームに入って来てはイチャイチャしていた。

 俺に裸を見せるのがなんで平気なのかその理由を尋ねたことがあるけど、「高校までは部活の後で毎日の様に学校でシャワー浴びてたし、そのたんびに部員みんなで全裸になってたから、見られるのは結構平気。シャワールームとかホントみんなスッポンポンでウロウロしてたからね」と聞いたことがあった。

 勿論、俺と恋人であり信頼できる関係であることや、同性でも見惚れてしまう程の長身で鍛えられたスタイルに自信があること等も見られても平気と思う要因だったのだろうけど、つい最近まで恋愛経験が無くバージンだった女性としては、かなりレアなタイプなんじゃないかと思った記憶がある。


 夜のベランダなら全裸のまま出ることに一切の躊躇ちゅうちょを見せないのは、だからなのか?



 ミキはベランダに出ると、お隣さんのベランダを覗き込むように顔を覗かせている様だった。

 そんな後ろ姿を月の灯りが照らしていた。


 窓は開けはなれたままで、真夏の夜の生暖かい外気が部屋に流れ込む中、俺は唖然としたままベッドの上でベランダを眺めていた。


 ベランダで無防備にお尻をこちらに向けているミキから目が離せなかった。

 ミキの綺麗な背中と引き締まったお尻が、まるで俺の欲情を誘っているかの様で早くも自分の一物が充血してくるのが分る。


 室内の照明は落としたままだが既に暗闇に目が慣れベランダのが月明りで明るいせいでの錯覚なのか、ミキの後ろ姿がなんだか神々しくもあり、いつもとは違うエロティシズムも感じた。



 ミキは振り返り俺に向けて悪戯っ子の様な笑顔を見せると、体を隠そうともせずに「ヒロくんもおいで」と手招きした。


 俺もベッドから起き上がると、惹き寄せられるように全裸のままベランダに出た。


 ベランダはエアコンの室外機の音と熱風で落ち着ける様な環境では無かったが、そんなことを気に留める余裕などなく、ミキだけを見つめていた。



 俺がベランダに出てくると、ミキは俺に抱き着く様にして目の前で視線を合わせ、小声で「お隣さん、寝てるみたいだよ」と囁き、キスをしてきた。


 そこから俺の方が止まらなくなってしまい、お互い声を殺しながらもその場で激しく求め合った。





 ____________


 補足情報


 B県 ヒロキやヒトミ、鈴木、山根ミドリ、飯塚の出身県


 E市 ヒロキやヒトミ、山根ミドリの母校がある市

 F町 ヒロキとヒトミの実家がある町でE市に隣接

 G市 E市に隣接しており、F町とは反対側

 G高校 県下でもトップクラスの進学校でヒロキ達の母校よりも偏差値が高いがF町からは遠い為、ヒトミはそこには進学せずにヒロキと同じ高校へ進んだ。 ヒロキが下の妹のマユミに勧めたのもこの高校。





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