#26 缶ビールを煽りながら



「秋山先輩には、本当に申し訳ないことしたと思ってます。

 あの時、きちんとケジメを付けずに一方的に別れるような真似をして、すみませんでした。


 あの頃はそれを全然理解出来て無くて、彼氏と別れて別の人と付き合うのに、結局結果は同じなんだから別れるのが少しくらい後回しになっても大したことじゃないって勘違いしてて、周りから責められて漸く自分が酷いことをしたんだって気付いて、でももう謝ることもやり直すことも出来ないし、ずっと一人で反省するしか出来なくて…。


 何が悪かったのか、どうすれば良かったのかってずっと考えてて、最近漸く、『今の自分は、その反省を忘れてはいけない』って強く思える様になりました。

 それは、キチンと筋を通すべき、相手の気持ちを軽く考えてはいけない、後は…、好きで付き合うことにしたのだから、別れるのは最後まで自分で出来る限りの努力をしてもダメだった時で、それまでは自分から別れるのはダメだとか、そういうのを忘れたり蔑ろにしては、また同じことを繰り返すって考えてられるようになりました。


 秋山先輩に向かってこんな話しても、気分悪いだけでしょうけど…」



「だいたい分った。 まぁ、俺がエラソーなこというのもどうかと思うけど、ぶっちゃけると、山根さんがどう反省しようがまた繰り返そうが、どっちでも良いんだけどね。 だから、俺に気を使う必要もないよ」


「はい…」


「だけど、鈴木は友達だからさ、友達が暴走してるのを聞くと胸が痛むし、自分の恋人を苦しめていることに気付けていないのなら、友達としてなんとか気付かせて、止めたいって思う」


 山根ミドリの話を聞いて一番に思ったのが、『このままじゃ鈴木はストーカーにでもなっちまうんじゃないか?』

 俺自身がストーカーによる被害を受けていたことで、余計にその不安を強くさせていた。


 だから、鈴木にはストーカーみたいな真似はしてほしくないと率直に思う。


「はい…」


「どこまで役に立てるかは判んないけど、鈴木とは話してみるよ」


「すみません、ありがとございます!」


「それで、鈴木と話すにあたって2つほど確認なんだけど」


「はい」


「鈴木には、俺の所に山根さんが相談しに来たことは話すよ? 後、結果的に鈴木が別れることを選んだ場合は、受け入れて欲しい。 あ、別に鈴木に別れろって言うつもりじゃないから。 ただ、どういう話になるか分からないし、そういう結論を鈴木が選んでも、俺を恨まないでねって言いたいだけで」


「分かってます。 秋山先輩を恨むだなんてとんでも無いです」


「それで俺の役目としては、鈴木に「束縛しても相手を苦しめるだけで逆効果だぞ」って分かって貰うのと、「彼女とよく話し合って相手の気持ちをないがしろにするな」っていう方向で話せば良いかな?」


「はい、お願いします」


「了解」




 話合いは4~50分ほどで終わった。


 山根ミドリの希望は把握出来たし夜も遅いので、その場で解散して、俺はミキを自宅まで送り届けてから鈴木に電話して、今からアパートに行くことを伝えた。







 途中コンビニに寄り、缶ビールの6本セットと、お惣菜の唐揚げやサラダを購入してから、鈴木のアパートに直接向かった。


 鈴木のアパートに着き玄関前でインターホンを鳴らすと、昼間学校で会った時とは違うラフな部屋着姿で出迎えてくれた。



「急に悪いな」


「いや、大丈夫。 明日土曜だし今日は遅くまで起きてるつもりだったし」


 鈴木の部屋には1年の時から何度も来ているので勝手知ったる他人の部屋で、床に適当に座り、コンビニで買って来た物を鈴木の前に並べた。


「ちょっと相談したいことがあってさ、ビールでも飲みながら話聞いてよ」


「おっけおっけ。遠慮なく頂くな」


 缶ビールを鈴木に1本渡し、自分もプルタブを開けてから勢いよく一口飲む。


 俺が「ふぅ~」と一息吐くと、「今日もバイトだったんだろ? 遅くまでお疲れさん」と鈴木が言うので、雑談抜きで本題に入ることにした。



「そのバイト中にさ、山根ミドリが俺を訪ねて来た」


「はぁ!?ナニしに!?」


「鈴木のことで相談があるって」


「マジかよ…、何考えてんだよ」


「先に断っとくけど、俺は鈴木の味方だし、山根ミドリが来た時も元カレとしてじゃなく鈴木の友達として話聞くってしっかり断ってから話を聞いたから」


「そっか、なんかスマン」


「いや全然気にしないで。 それで相談って言うのがさ、「最近のリュウヘイくんが怖い」って。 彼女が言うには、別れたくないのに怖いから、どうして良いのか分からないんだって」


「……」


「怖がられるのに心当たりはある?」


「まぁ、その、一応は」


 鈴木は胡坐あぐらをかいたままで、ちょっとバツの悪そうな表情を浮かべた。


「余計なお節介だって思うだろうし、俺が昔の話を聞かせたせいなのに俺が言うのもどうなんだって自分でも思うけど、でも、自分を捨てた元カノである山根ミドリの相談なんて、本当は聞く義理なんて無いし、しかもその内容が今の彼氏のことでの相談とか正気の沙汰じゃないって思うけどさ、それでも俺はこうして鈴木に話しにきた訳で、鈴木が彼女と交際続けるって決めた以上はそれを応援するつもりだし、それなのに彼女が追い詰められてる状況聞いちゃったからほっとけない訳で…」


 緊張してるのか、話長くてナニ言ってるのか自分でもよく分からなくなってて、俺って説明下手だなぁって思いながら、缶ビールの二口目を煽った。


「それにさ、山根ミドリも昔のことで俺に嫌われてるの分かった上で、それでも事情知ってて鈴木のことも良く知ってるからって俺を頼って来たみたいでさ、そもそも鈴木と別れるつもりなら態々自分から俺の所になんて来る必要ないし、それくらい鈴木とは別れたく無いってわらにもすがる想いなんだろうなって分かっちゃったから」


「そっか…」


「彼女のこと信用出来ない気持ちは充分分るつもりだけど、追い詰めたところで信用出来る様にはならないと思うし、もっと冷静になるべきだと思う」


「ミドリは、なんて言ってた?」


「えーっと…、聞いた話そのまま正直に言うと、今日ドコ行ってただの誰と会ってただのニコニコ笑顔で聞かれると、体が強張こわばるのが分るくらい怖いんだってさ。 他にもメッセージくると直ぐに返信しないと直接通話掛かって来るのも怖いって」


「……」


「その話聞いて、俺も正直言って怖いなって思ったよ。 それに、鈴木らしくないとも思った。だから元の鈴木に戻って欲しくて、話しに来た」


「そっか…」


「鈴木も彼女とは別れたくないんだろ? 不信感や不安があるのなら正直に話してみたら?彼女も「別れたくないから何とかしたいけど、どうしたら良いのか分からない」って言ってた。 だから、お互いが冷静になって話合うしか無いと思う」


「はぁ…そうだな、秋山が言う通りだと思う」


 鈴木はそう言うと、手に持ってた缶ビールの残りを一気に煽り、空になった様なので、2本目を手渡した。


 2本目を受け取ると、鈴木はプルタブを開けずに缶ビールを手に持ったまま神妙な面持ちで話し始めた。



「俺の話も聞いてくれるか?」


「勿論、聞くよ」


「交際続けるって決めたのは良いけど、最近は自分でも気持ちがコントロール出来なくて、どうして良いのか分からなくなってた。 一人で居るとどうしてもミドリのことばっか考えちゃって、別の男と会ってるんじゃないかとか、俺のこと既に愛想つかしてるんじゃないかとか、そんなことばかり考えて不安で気が狂いそうで、もうそうなるとじっとしてられなくて、スマホでメッセージ送って問いただそうとしたり、押しかける様にして会いに行ったりして、自分でも『何やってるんだ俺は』って思うけど、気になりだすと本当に居ても立ってもいられなくて、自分で制御出来なくなってた」



 ぶっちゃけ、鈴木の話を聞いてて、やっぱり別れた方のがいいんじゃないのか?と思ったけど、山根ミドリとの約束もあるのでそれは言わないでおいた。


「それに、今の俺のこういう気持ちをミドリに知られたら、それこそ怖がられて、きっと捨てられるっていう恐怖もある。 信じたいのに信じれないし、嫌われたくないのに嫌われるようなことばかりしちゃうし、自分でもどうしたら良いのかマジで分かんなくて…」


「まぁ、正直に言わせてもらうと、やっぱりそういうのは怖いよ。 山根ミドリの肩を持つつもりは無いけど、彼女は鈴木の2つ年下のまだ19の女の子で、今年親元離れて一人暮らし1年目の不安を抱えてる新大学生で、折角年上の彼氏出来て頼りにしたいのに、その彼氏は束縛酷くて追い込まれちゃうまで溜め込んでって、流石の俺でも同情しちゃう」


「そうだな…、マジで俺酷いな」


「でもさ、幸いなことに、それでも彼女は鈴木とは別れたくないって言ってんだよ。 二股して捨てた元カレの俺に向かって「自分からは別れない」ってハッキリ言ってたんだよ。 俺からしてみたら、「俺の時は全然そんなんじゃなかったのに、なんだよソレ!」って文句言いたくなるぞ? だからもっと話し合ったら? 本心知られて嫌われるとかビビってても今のままじゃ良くはならないよ? 彼女も鈴木が何考えてるか分かんないから怖いと思うし、もっと弱い部分も晒してみたら?」


「わかった。頭冷やしてみる。 冷静になれたら彼女と話し合ってみるよ」


「うん。それが良いよ」


「悪かったな。 関わりたくないって言ってたのに、思いっきり巻き込んじゃって」


「いや、それはもう良いよ。 ぶっちゃけるけど、山根ミドリの話聞いてて、このままだと鈴木がストーカーになっちまう!ってすげぇ不安になってさ。 俺言ってなかったけど、最近正体不明のストーカーの被害受けててさ、他人ごとに思えなくて、鈴木にはそうなってほしくないって思ったんだよ」


「ちょっと待て。 お前ストーカーに付きまとわれてるのか?」


「付きまとわれているというか、留守中に部屋に忍びこまれて、パンツとか盗まれた」


「はぁ?」


「まぁ、俺のことはいいじゃん」


「いや、良くないだろ!なんでそんなに普通にしてられるんだ!?」


「それがさ、三島と山田には相談しててさ、鈴木は彼女のことで大変だったから相談しなかったんだけど、山田に「ストーカー捕まえようぜ!」とか言われて、授業サボって部屋で張り込んだりしたのよ」


「ああ、そういえば3人揃ってサボってたことあったな」


「そうそう、その時。 でも結局捕まえること出来なくて、張り込みも超疲れるし飽きちゃってね」


「なんだソレ」


「だから、しばらくストーカーは放置することにしたの」


「よく分かんないけど、お前も大変なんだな」


「そうだよ? だから鈴木も彼女のことであんまり俺に気苦労掛けさせないでよ?」


「なんていうか、秋山のストーカーの話聞いたら、俺の悩みが凄くちっぽけに感じるんだけど、とうの秋山本人がめっちゃ軽いから、物凄いジレンマを感じるぞ」





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