#06 兄妹の仲




「兄ちゃん、ミドリちゃんのことだけど…」


「ぶほっ!?」


「だ、大丈夫!?」


 ヒトミがそう言って、グラスに入ったお茶を渡してくれて、せながらもなんとかお茶を飲んで、落ち着くことが出来た。


「ごめん、助かった」


「私こそ、急にごめん」


「いや…、それでミドリがどうしたの?」



 ヒトミが言うミドリちゃんとは、俺が高校時代に付き合っていた元カノの『山根ミドリ』のことだ。

 俺と同じ高校(ヒトミも同じ高校)で、ミドリはヒトミの友達で俺から見て1つ下の後輩になる。

 友達であるヒトミの兄貴ということで俺の事を知り、俺が2年生の8月にミドリの方から告白されて付き合うことになったが、翌年の11月に一方的に別れを告げられ、1年ちょいの交際で終わった。


「うん、あの子もコッチの大学に進学したよ」


「ふ~ん、そうなんだ」


「……やっぱり今でも怒ってる?」


「いーや、怒ってないよ。 もう興味無いだけ」


「そっか…。 そう言えば、洗面台に歯ブラシが2本に化粧水とかも置いてあったけど、今、お付き合いしてる人が居るの?」


「ななな、なにを!? だから勝手に見るなと言ったのに…」


 ミドリの事は、今日名前を聞くまですっかり忘れていた。

 コッチの大学に進学していると聞いても、どうでも良いと思えた。

 そんなことよりも、今の彼女であるミキの事を聞かれたことの方が動揺した。


「ねえ?どんな人なの? 同じ大学の人?」


「教えないし! 妹と面と向かって恋愛話するとか、どんな拷問なんだよ!」


「うーん、じゃあミドリちゃんの情報もっと教えてあげるから、今の彼女さんのこと話してよ」


「だから興味無いって言ってるでしょ!」


「えっとね、ミドリちゃん、兄ちゃんと別れた頃にね、実は――――」


「俺のことよりお前はどうなんだよ! 受験からようやく解放されてはっちゃけ過ぎて変な男に引っかかったりしてんじゃないのか!?一人暮らしだからって男連れ込んだりしてないだろーな?」


「はぁ?兄ちゃんがソレ言うの?自分は散々彼女連れ込んでるクセに」


「しまった…ブーメランだったか…」


「兄ちゃん…、バカ過ぎる」



 まだお互い遠慮してる部分も若干あるけど、こんな風に砕けて話をするのは中学とか小学校の頃以来じゃないかと思う。 そのことが、なんだか二人の間にあったわだかまりが無くなったみたいで、やはり嬉しかった。

 だが、例え仲直り出来た実感を感じようとも、ヒトミにはミキのことは教えてやらない。

 何故なら、恥ずかしいから。



 その後も、俺の居ない間の実家のことや、今の大学やバイト先の話なんかを話してくれて、「そろそろバイトに行く準備しないとな」と思い始めた頃に、高校時代にお互いの間に壁が出来てしまった頃の話を吐露してくれた。



「あの頃、兄ちゃんのことが嫌いだったとか、そういうのじゃないの」


「俺もそうだな」


「だって私、何も聞いてなかったんだよ?兄ちゃんからもミドリちゃんからも。いつの間にか友達と兄弟が付き合い始めてて、どんな顔すればいいのよ!って気不味くなるじゃん」


「ああ、分かる」


 俺もヒトミと同じように、妹の友達と付き合うことになったはいいが、妹に彼女の話題なんて恥ずかしくて出来なかったし、どんな態度でどんな顔すれば良いのか分からなくて、妹に何か尋ねられるのを恐れて避けてしまうようになっていた。


「だから、兄ちゃんにもミドリちゃんにも「絶対コッチからは聞いてやらない」とか思ってた。 そしたら、兄ちゃんとは全然会話無くなっちゃったし、ミドリちゃんとは会話はするけど、なんかすごい警戒されてる感じになって、周りの友達とかにも腫物はれもの扱いされちゃうし」


「そっか…、色々ごめんな」 


「ううん。 今にして思えば、二人の間のことだもんね。 結局私は部外者で、私がしてたのはただの八つ当たりみたいなもんだし、私の方こそ、ごめんなさい」


「いや、こうして仲直り出来て嬉しいし、ヒトミが謝る必要はないよ」


「分かった。ありがと」


「ミドリの方とも仲直りは出来たの?」


「うーん、それが、なんと言うか…、ビンタしちゃって、喧嘩別れ?」


「はぁ!?なんでそーなるの!?」


「女子同士だと色々あるの。その話はまた今度ね。 っていうか兄ちゃん、夕方バイトって言ってなかった?」


「あ!そーだった!」


 慌てて立ち上がり、室内に干してあったバイトで着るYシャツを取って、ベッドの上で畳みバッグに仕舞った。


「じゃあ私帰るね」


「おう、気を付けて帰れよ。荷物ありがとうな」


 俺がバイトの準備を始めると、ヒトミも立ち上がってリュックを背負い玄関の方に向かったので、俺は準備をしながらその場で顔だけ向けて声を掛けた。


「いえいえ、今度は彼女さん居る時に遊びに来るね。 妹として「兄のこと、よろしくお願いします」って挨拶しなくっちゃいけないし」


「だからお前には会わせないっつーの」


「ふふふ、じゃあまた来るね」


「あいよ」



 と、ヒトミが来た時の状況はこんな感じだったのだが、この日のことを思い返していて気が付いた。

 この時は、俺とヒトミで例のグラスを1つづつ使ってて、その日の夜にお皿とかと一緒にグラスを2つ洗ったことを思い出した。 つまり、月曜日にはまだグラスは2つ揃ってたし、ヒトミは犯人じゃない可能性が高い。


 それと歯ブラシについても。

 毎日使っている物なので、無くなったことに気が付いた昨日とそれ以前のことを思い出してみたが、その歯ブラシで最後に歯磨きしたのが金曜の朝で、歯ブラシが無くなっているのに気が付いたのが金曜のバイトから帰ってシャワーを浴びた後に、歯磨きをしようとした時だ。

 ただし、朝は寝ぼけてたので歯ブラシが一本無くなってても気づかずにミキの歯ブラシで歯磨きした可能性も否定できず、金曜朝は歯ブラシはまだあったとは言い切れないが、コレも月曜日に来ていたヒトミとは無関係だろう。


 だが、それはあくまでグラスや歯ブラシに限った話であって、例えば俺が料理してる間とかに帽子やTシャツなどをリュックに仕舞い込むことは可能だったし、帰り際も俺は玄関まで見送ったりしなかったので、俺の眼を盗んでジョギングシューズや傘を持ち出せる状況だったと思う。

 ただしヒトミの犯行の可能性は今週に限った話であり、5月に紛失したトランクスについては無関係と判断出来る。



 まぁミキと同じで、状況的にはって話だけで、ヒトミが帽子やTシャツを気に入って本当に欲しくなったのなら、あの日の俺たちの仲なら「コレ頂戴」とか言いそうだし、コソコソ隠れて持ち帰ってた場合、ソコには何か悪意がありそうで、折角兄妹仲が修復出来つつある今は、ヒトミが俺に対して悪意を抱いているとは思いたくないというのが本音だ。






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