第4話 気持ちの正体と決意
「こんなことってありえんだなぁ」
その日の昼休みの時間、目の前で昼食である焼きそばパンを頬張っていた簑島はボソッと呟いた。
僕の机を中心として前に簑島、横には紺色の長髪が後ろで一つに結ばれた女子が座っている。
「何がよ」
彼女の名は佐藤
現在進行形でこの簑島の彼女である女子だ。
僕が気兼ねなく話せる数少ない女子の一人である。
クラスの中心的存在の女子であり、簑島と三人でプライベートで会う日も稀ではあるが存在する。
「何がって……早見がクラスの二大美人に挟まれてるこの現状に決まってるだろ」
「二大美人? あたしは早見と席近くないんですけど?」
「お前は美人じゃないからな」
「なんですって!?」
「痛い痛い! ごめんごめん! 碧はどっちかって言うと可愛い系だろ!?」
「そ、そう……?」
佐藤さんは空いている手で簑島の耳を引っ張ったが、顔を若干赤くしてその手を離す。
相変わらず仲の良いカップルだ。
それにしても、簑島の言う通りこの現状はにわかには受け入れ難い。
あの後僕は皆と同じようにくじを引いた。
その結果僕は花蓮の隣の席の番号を引き、続く簑島は僕の前……さらに白銀さんは僕の右という、簑島の言う美人二人が僕を挟むというものだった。
花蓮はクラスメイトの女子複数に囲まれながら昼食を食べている。
昼休み開始後、僕と一緒にご飯を食べようとしたらしいが他のクラスメイトの誘いが一段階速かったらしくそれは叶わなかった。
一方の白銀さんは今まで通り一人でお弁当を食べていた。
「本当、先が思いやられるよ……」
「なんか言ったか? 早見」
「あ、いや。なんでもない」
「そっか」
僕は気持ちが言葉として漏れてしまうほどに、この展開に困惑していた。
一体どうしてこんな恋する男子を悩ませるような展開を作ったのだ……恋の神様!
☆☆
「――以上だ。じゃあ今日はこれで解散」
帰りのホームルームで担任がそう言うと同時にチャイムが鳴り響き、僕たちは放課後というフィーバータイムに突入する。
僕は大急ぎで帰る準備を済ませて席から立ち上がる。
「せいちゃん! 一緒にかえ……」
「ねえねえ花蓮ちゃん! この後予定あったりする?」
「あ、えっと……その……」
案の定花蓮は僕を一緒に帰ろうと誘おうとした……が、クラスの女子が花蓮を放課後の遊びに誘う。
昼休みと同じような状況が発生していた。
僕はそんな花蓮を救ったりはせずに、白銀さんに声をかける。
「ね、ねえ白銀さん……よかったら、その……一緒に帰らない?」
「え……?」
教科書を鞄にしまっていた白銀さんは驚いたのか一瞬フリーズしたかのようにその手を止める。
「い、いいけど……」
「よし。じゃあ帰ろう!」
半ば強引のような雰囲気もあるが、僕は白銀さんと二人きりで帰ることに成功した。
教室から出る際に背後から『せいちゃん!』と聞こえた気もしたが、たまたまだったと思うことにする。
僕と白銀さんが二人で下校するというのは、図書委員の活動がある日のみのイベントだった。
だからこうして何もない日に一緒に帰るというのは初めてである。
「でさぁ。今回の主人公が――」
僕はいつも通り共通の趣味であるラノベについて熱く語っていた。
本来ならそれに応じて白銀さんも色々と語ってくるはずなのだが、今日はどうにも様子が変だ。
何というか考え事をしていて、それでいてテンションも低いみたいな。
「白銀さん。元気ないように見えるけど、大丈夫?」
「え……? あ、大丈夫だよ……」
「そっか。ならよかった」
どうやら心配には及ばなかったらしい。
それならそれで安心だ。
そして次は何の話題を持ちかけようかと考えていた時だった。
「ねえ早見君……」
「ん? 何?」
今日初めて白銀さんから言葉を投げかけてきた。
「そ、その……金沢さんとはどういう関係なの?」
「……!?」
まったく予期していなかった質問だった。
確かに今日一日、普段は簑島か佐藤さんとくらいしか喋らない僕が、他のクラスメイトにとっては新キャラのような花蓮と喋る機会は多かった。
ていうか白銀さん……なんですか。その好きな相手に恋人がいるかもしれないと聞いて気になって仕方がないみたいな表情は。
「あ、ああ。花蓮とは幼馴染というか……昔家が隣で仲が良かったみたいなかんじかな」
「そ、そうなんだ……」
僕たちの間を静寂が包み込む。
「そ、その……早見君……」
「な、何?」
いつもの白銀さんと僕の分かれ道に差し掛かったところで、再び先に口を開いたのは白銀さんだった。
「わ、私ね……」
「う、うん……」
白銀さんが重要な何かを言わんとしているまさにその時だった。
「せいちゃぁぁん!」
背後から『せいちゃん』という叫びと共に、一人の女子がしがみついてきた。
背中にやわらかい感触が伝わってくる。
「く、苦しいよ花蓮。離して……」
「お、ごめんごめん」
そうして花蓮は僕から離れる。
「ていうかせいちゃん。なんで私のこと置いてくのよ。酷くない? てか誰? その女の子……」
「クラスメイトの白銀千鶴です」
白銀さんは一礼して花蓮に自己紹介をする。
「クラスメイト……あ! せいちゃんの隣の子か! よろしくね! 千鶴ちゃん!」
「う、うん……」
二人とも分け隔てなく会話しているように見える……だけど花蓮はこれをどう思っているのだろう。
顔は笑っているけど……。
「じゃあ帰ろっか。せいちゃん! またね! 千鶴ちゃん!」
「ま、また……」
そう言って花蓮は僕の腕を取り歩き始める。
「ま、またね! 白銀さん!」
僕は雑に白銀さんに別れを告げる。
『またね』というように手を振って返答された。
その後は特にイベントなど無く、家についた僕たちは各々自分の家に帰りいつも通りの時間を過ごした。
てっきり放課後の貴重な時間まで全て一緒にいなければならないのかと思っていたが、本人曰く『男子は一人の時間も大事』と配慮してくれた。
何か意味深な言い方だったがそれはありがたい。
☆☆
私、白銀千鶴はいつも通りの分かれ道から家までの帰路を重い足取りで歩いていた。
私には一緒にいると胸がドキドキしてしまう男の子がいる。
それは早見君だ。
この感情が『恋』というものなのかどうか……さっきまでは曖昧なものだった。
だから早見君にこのことを打ち明けて答えを得ようとした。
だけど、目の前で金沢さんが早見君に抱き着くのを見て、そんなこと問わなくてもその正体が恋であると確信した。
おそらくというか絶対に金沢さんは早見君のことが好きだ。
性格の明るさとか、コミュニケーション力なら圧倒的に彼女に劣っていることは分かる。
私は高校生になるまで、根暗でいわゆる陰キャのような見た目をしていた。
友達と呼べる人もゼロに等しい。
だから俗にいう高校デビューを試みて短かった髪は長く、眼鏡も外してコンタクトにした。
初めのうちはクラスの子も気さくに話しかけてくれたり、告白というものも何度かされたこともある。
でも人間はそう簡単に中身を変えられるものではない。
私と話したりして楽しいと思う子は一人もいなかったらしく、気づけば前と同じ状態になっていた。
そんな私の唯一の趣味は読書、中でもライトノベルは気楽に読めて好きだった。
だから図書委員に立候補して、そうして早見君と出会うことが出来た。
他愛のない会話を早見君とする時間は、いつしか私にとって大切なものへと変わっていた。
そう……だから早見君は渡したくない。今は素直にそう思う。
家に到着し、誰もいないリビングを横切り自分の部屋に向かう。
そして鞄を投げ捨てベッドに倒れ込み、枕に顔を押し付けた。
今のままなら金沢さんに勝つことは出来ない。
きっとこれがラブコメの世界なら、私の立ち位置は良くてサブヒロインだろう。
けれど、早見君に私を一人の女の子として見てもらう、そしてメインヒロインに成り上がるためには変わらなければならない。
過去の自分を捨てて、明日からは変わろうと決めた。
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