第16話
さて、囚人である我が師匠を牢屋の外に出すには、それなりの理由と、監視と拘束が必要なのである。
それなりの理由については、『聖女の魔法の指導と、護衛にあたる』ということですんなり通った。
護衛云々は私から特に求めたわけではないが、殿下の要望を受け、師匠が請け負ってくれた形だ。
うん、この城の中にバージルさんを止められる存在など、いなかったものね。この人国内最強だものね。なんという安心感。
ところが、監視と拘束。これが、ちょっともめた。これに関する議論が、王国中あっちこっちを巻き込んで1週間近く続いた。
誰がどうやってこの囚人を適切に管理できるのかと。牢の外に出して良いのかと。
いや、もう、それ言ったら地下牢の中にいるままでも、大して意味はないのだけどさ。師匠ってば、自力で出て来て城の庭園で優雅なお茶会をセッティングして見せたくらいだし。囚人として適切な管理、とは。
けれどもまあ、市民感情や他の囚人との兼ね合いを考えれば、意味はなくとも最大限の努力をしないわけにはいかないわけで。
でも、どんな努力をしたところで、まず無駄になるわけで。だって、師匠は国内最強だから。
師匠の魔力を封じるために国宝を持ち出すだの、聖女の護衛にあたっている人員をすべて師匠の監視に回すだの、それでも到底足りないから魔王対応にあたっている部隊を再編制するだのなんだのかんだの、色々な意見が出たそうな。
師匠から出た『護衛として働く以上、いざという時に国宝を壊さない自信がない。別に監視を増やしてくれても俺はかまわないが、任務にあたる人員それぞれに事前に尋ねてみてくれ。全員でかかれば、俺を止められる自信があるか? と』との意見を受け、全却下と相成った。
どうあがいても無意味。損失が増えるだけ。という結論が出たそうだ。
師匠に対する監視が増えると、弟子の私も息が詰まりそうだったので、正直助かった。
それでもまだ形式上だけでもなにかしなきゃ……、みたいな空気がくすぶっていたので、キレた私が師匠の監視と拘束を行うと主張してみた。
我、聖女ぞ? なんか知らんけど、魔王の攻撃すらも跳ね返すバリアとか張れるらしいぞ? 国内最強を相手取るくらいは、余裕なはずでは? 師匠を封じることのできる、唯一無二の存在では?
それとも、チチェスター王国は、聖女の能力を信用することができないと? たった1人の囚人に後れを取ると考えていると? 不敬では? 我、聖女ぞ?
要約すれば、まあだいたいこんな感じに。
最後ちょっぴり脅しちゃったような気がしないでもないけど、(だって、1週間近く議論が堂々巡りしていたのだもの!)みんな納得してくれた。
そんなわけで、師匠が私の師匠となることが認められ、ついでに聖女に対する不敬云々は師弟関係であれば良いだろうとされ、ようやく師匠を娑婆に出すことに成功したのだった……!
昨日から、師匠は元々城の、といっても私が住んでいる区画からはかなり離れた仕事場的機能が集中した辺りにだが、一応は城の一画に部屋を与えられていたそうで、そちらに戻っている。
そして今日から、私の住む区画へと通ってくれて、私の指導にあたってくれる、はずだったのだが。
動きやすい服装に着替え、私に与えられた区画の庭の内魔法の練習ができるくらい少し開けた場所、師匠が待つ場に私がウキウキで出てきたところで。
「ちょっと待てリア。お前、やつれたままじゃないか? 指導の前に、お前がここでどんな生活をしているのかから知りたい。この1ヶ月ちょっと、なにがあったかできるだけ詳細に語れ」
開口一番、師匠はそんなことを言ってきた。
「え、いや、やつれて、ますか……? 師匠の事を、心配していたからでしょうか。この一週間けっこう食べていたはずですし、その前からもちゃんと皆さんよくしてくれている気がするんですけど……」
あまりに心当たりがない。
そう率直に打ち明けたのに、師匠は不可解そうな表情で問い詰めてくる。
「なら、どうしてこの場に、メイドの1人もいない? 昼間の庭だし護衛はここが見える範囲には控えているしでまあ変なことができるわけでもするつもりもないが、お前の身の回りの世話をする同性がいなければ不便だろ」
「あ、私が全部断ったんですよ。というのも、私元の世界では至って庶民だったのもあって、誰かが傍にいると落ち着かなくて、ストレスが溜まってしまう質なので……」
「城のメイドなら、気配を消すくらいはできる。いや、気配までも主人にとって心地の良い物に変えられる、か? とにかく、リアを委縮させるような下手なことはしないはずなんだが……。よくわからないな。やっぱり、最初から順を追って全部聞かせてくれ」
「はあ……。えっと、最初からって、師匠に召喚されたすぐ後、師匠は裁判までは一旦ということで留置場に、私は王女様に付き添われて王族の方々が住まう区画に、それぞれ向かってから全部、ってことですか?」
「ああそこから始めろ。もう全部だ全部。洗いざらい話せ」
師匠は、とても力強くそう断言した。
全部かぁ……。本当によくしてもらったんだけどなぁ。
まあ、師匠が気になるというなら、別に隠しておきたいようなことはないし、特に問題がないことをわかってもらうためにも、あったこと全部を話してみようか。
――――
こちらの世界に召喚されたあの日、私はマライア王女の馬車に同席させてもらって王都へと向かった。
バージルさんとは残念なことに違う馬車で、あちらは他の魔法使いさんと騎士の一部に付き添われ、留置場に向かうらしい。どうか無事で、と、祈ることしかできない。
王都を囲う立派な城壁にある大きな門を抜ける際にも、都市内でまたも現れた城壁っぽいものの門を抜ける際にも、お城そのものの城壁の門を抜ける際すらも、見た感じ本来は厳格なセキュリティーチェックがあるようなのだが、これらすべてを華麗にスルー。
(2度目の門は、後から聞いたらこちらは旧城壁でその中は今は王侯貴族の屋敷や国の重要な施設ばかりがある区画とのことだった)
なにものにも阻まれることなくスルスルと、本当に良いのかなと思う程スムーズにたどり着いたお城。それも、本来ここもセキュリティーチェックがあるゾーンなのではという部分をスルーして越え、城の敷地に入ってからもかなり馬車で移動した上でたどり着いた、奥まった区画。
城内には使途の違いでかいくつかの棟があったが、人の出入りはさほどないらしく物静かではあるがどう見ても一段豪華な一棟が、どうやら目的地のようであった。
「聖女様、お手をどうぞ」
馬車を先に降りたマライア王女殿下はそう言って優雅に手を差し出し、『本職のお姫様からお姫様扱いを受けている……』と私は震えた。
「えと、ありがとうございます……?」
なんか違くない? これで合っているのか? そう思うあまり疑問符がついてしまったもののそう返して王女様の手に手を重ね、彼女が導いてくれるままに馬車を降りて歩みを進める。
進行方向の先で、タイミングよく、重厚で巨大な両開きのドアがすっと音もなく開けられた。
屋内の奥に、なーんか王女様によく似た風格ある人々が勢ぞろいしているなぁ。あの人たち、階段の下、玄関ホールっぽいとこになんて本来は出てこない人々なんじゃないかしら。
王冠っぽいものとかティアラっぽいものとかしているし。周りに護衛っぽい人たちいるし。
城の中でその仮装なんてしたらとても問題になるだろうとはわかるけれど、ワンチャン影武者だったりしないかな。あれ、本当に本物の王女様のお父様お母様ごきょうだいだったりします……? だとすると、本物の王と王妃と王子と王女ってことになるわけですが。
予想が外れてくれることを切に祈りながら、屋内に歩み入ってモスモスとした感触が若干歩きづらい絨毯の上を進む。
ヤメテ。その従者や護衛っぽい人たちならまだしも、推定ロイヤルファミリーが無言で頭を下げないで。
困惑しているうちに、どこか誇らしげに私の手を引いていた王女様が、黙礼の軍団から5歩くらい離れた所で止まって私の手を離し、しずしずと彼らと私の丁度中間あたりまで移動し頭を下げた。
これはあれか。さっきと同じパターンか。
私から許可出さないと話しかけることも顔上げることもできないやつ。
「あ、や、そんなそんな、皆さん、頭を上げてくださいよ。そういうの苦手なので、敬語とかもなしで、普通に話しかけてくれたら嬉しいなーなんて……、うっわヤッバロイヤルファミリー全員ヒク程顔が良い!!」
思わず、叫んでいた。私の要望を受けて推定王家の方々が徐々に顔を上げて、その顔がはっきりと見えた瞬間に。
いやだって、マライア王女殿下も大概だったのだけれども。
王様っぽい人も王妃様っぽい人も王子様3人も妹王女様も、びっくりするほど整った顔面をしていたのだもの!
揃って金髪碧眼であることも相まって、絵に描いたような美形揃いだ。いや、皆様よく見ると髪の色味は白っぽい茶に近いとそれぞれ若干異なってはいるし、瞳もアイスブルーから紺色、グレーがかった方と微妙に差異はあるようなのだけれど。
バージルさんがかけてくれた自動翻訳の魔法をもってしても私の発言の『うっわヤッバロイヤルファミリー全員ヒク程顔が良い』のあたりが理解しきれなかったらしく、コソコソと家族で話し合っているのさえ絵になる。
「聖女様のチチェスター王国へのご降臨、また城へのご来訪、誠にありがたく存じます。お疲れでしょうから手短に、私の家族を紹介させていただく栄誉と、国王らからの挨拶が遅れた謝罪の機会を賜れればと……」
「いや、謝罪はいりません! なにせ急なことだったわけですし、マライア王女には、とても丁寧な対応をしていただいてますから。み、皆さんも忙しいでしょうし、さくっとご紹介だけいただいて、ささっと解散しましょ! ね!」
いち早くスルーすることに決めたらしいマライア王女様が話を進めてくれたので、私はそれにすかさず飛びついた。
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