第10話
「貴族王族の皆様が、自ら戦うおつもりなので……?」
「王族や貴族は、魔力が豊富な者たちで婚姻を繰り返してきておりますので、魔法使いとして一流の者も多いのです。ザヴィアー卿ではありませんが、力のある者が臆病風を吹かせ逃げるわけにはいきませんから」
「こんな風に死ぬ覚悟をしていた奴らを救ってやるんだから、ほっといても向こうからリアに恩義を感じて惚れこんでくるだろうな。聖女サマの地位と権力と財産狙いの奴も沸くだろう。あまりにモテ過ぎて困るかもな?」
私の問いに、王女様は誇り高く、バージルさんはどこかからかうような口調でそう言った。
王女様はじろりと咎めるような視線をバージルさんにぶつけたが、彼は『事実だろ』と言わんばかりに涼しい表情のままだ。
「……まあ、確かに、この世代は人数からそもそも多いですしね。全員生き残るなどとは想定せずに親世代が励みましたもので、継ぐ爵位のない子息も多く……。そういった者が、聖女様の恩恵に縋ろうと強引に迫る危険性もあります。警護は万全を期しますが、警戒はしていただいておいた方が良いかもしれません」
ひえ。
苦い表情で王女様が認めた事実に、震えあがってしまう。
万全に周囲をガードしてもらったとしても、私が自分からしょうもない男に引っ掛かったり騙されたりしたらどうしょうもないもんなぁ。
警戒、しなきゃ。
「リア、顔で簡単に騙されそうなんだよな……。マライア王女殿下を見ればわかるだろうが、ここの王族は揃ってキラッキラの顔面しているし、中身も悪くはない。なにより身元が確かだ。変なのにひっかからないうちに、そこら辺と恋仲になっておいた方が良いんじゃないか?」
「聖女様は、年上と年下でしたら、どちらがお好みでしょう? どちらかと言えば頭脳派なのが長兄、身体能力が優れているのは弟、そのどちらもそこそこなのが次兄、それぞれ22、15、19歳なのですが、今の段階で会ってみたい者はおりますか? 顔については皆私と似たり寄ったりです」
軽すぎるくらいに軽く私にも王族にも失礼な提案をしてきたバージルさんに、こわいくらい真剣に王女様が続いた。
いや良いですけっこうです。「魔力は長兄が1番多く、ついでに妹はふわふわと愛らしい14歳の少女です」とかいう情報もいらないです。王女様によるセールストークが止まらない。セールしないであげて。
「本人のいない場で、勝手に勝手な売り込みをしないであげてくださいよ……」
どうにか止めようと試みたけれど、王女様は『いったいなんの問題が?』とばかりにきょとんと小首を傾げている。
「全員、よくやったと言ってくれるはずですわ。皆、聖女様に憧れておりますもの。それに、その神々しいお姿を一目見れば、その慈悲深き内面の一端にでも触れれば、恋をせずにはいられないでしょうから」
王女様は自信満々にそう言ったけれど。いやいやまさか。そんなわけが、あるわけないしあったら困るだろう。
「いや、一国の王子がそんなチョロかったら困りません……?」
「いえいえ、それほど聖女様が魅力的だというだけですわ。それに、ここは王都に近いですから。この場の浄化の褒賞としてだけだって、王の子の1人2人3人くらいは与えられて当然ですもの。なんの問題もございません」
私の率直な疑問に、王女様は晴れやかにそう述べた。
ああ、あの遠くに見えている街って、王都なんだ……。そりゃそうか。あそこから王女様が駆けつけてきたんだし。どういう街なんだろうなぁ……。
なんて、そんなどうでも良いことを考えてしまう。いやだって、褒賞に王族もらうのもらわないとか、正直考えたくもないし。
もうこれ以上聞かせないで欲しいのに、どこか誇らしげな笑顔で、どこまでも穏やかに、王女様は告げる。
「ですから、私のことだって、好きになさっていただいて良いのですよ。聖女様が今回のことの腹いせに私の首を刎ねてから城に向かったとしても、私の家族は私が役割を果たせたことを誇りに思い喜ぶでしょう」
こっっっっっわ。発想が怖い。
いらないよ、王女様の首も王族逆ハーレムも。
私の溜飲を下げるためだけに王女様だの王子様だのを差し出さないでよ……。
まあでも、命かけることまで覚悟しているなら、私に恋をすることくらいはたやすいよねなんて納得もする。そんなの全力で演技するじゃん。自己暗示もいけるかも。
ちがうな今考えるべきはこれじゃない。
「あの……、今回の浄化に関してのご褒美、そこまでなんでもありなのなら、バージルさんの死刑回避、とか、お願いしたいんですけど……」
王女様の首より王族逆ハーレムより、私はそれが良い。
王家にとっても、それらよりは罪人を1人見逃す方が良いだろう。
そんな思いでした提案を聞いた王女様は、難しい表情でうつむく。
「そうですね……。聖女様のお力を借りる以上、私どもがザヴィアーを裁くというのもおかしな話のような気がいたします。ただ、やはり他国との関係まで考えると、無罪放免というわけには……」
「それはそれ、これはこれでしょう。今後他の者に聖女召喚なんてことをさせないためにも、法に則り粛々と裁く。それが筋のはずです」
王女様はゆらぎつつあったようだが、バージルさんは厳しい声音でそう断じた。
しょんぼりしてしまった私と王女様をみたバージルさんは、はあ、と仕方なさそうにため息を吐く。
「……ただ、これは、裁判が始まったら主張しようと思っていたことなのですが。今は、魔王が出現せんとしている、緊急時。死刑の執行は魔王討伐完了まで留保し、その間俺に労働刑を科すべきではありませんか?」
「魔王討伐まで、あなたの力を利用しろというの……?」
バージルさんの提案を聞いた王女様は、ぐっと険しい表情で、慎重に問いかけた。
バージルさんは感情の揺らぎを見せずに、はっきりと頷く。
「ええそうです。誰が俺より早く【淀み】を感知できるのです? 誰が俺より確実に魔物を弑せるのです? 命乞いのつもりはありません。きちんと俺を利用しきってから殺せと、俺以外の王国の民のために言っております」
「ザヴィアー魔法伯……」
その覚悟と国を思う心に感激したように、だからこそ、どうして聖女召喚なんていう間違った手段を、国に相談もなしにとってしまったのかという悔しさがにじむ表情で。
王女様は、そっと、ただバージルさんの名を呼んだ。
かつて、何らかの偉業を成し遂げた誇り高き偉大な魔法使いに賞賛と共に送られたのだろう、魔法伯の称号を伴った家名を。
複雑な感情のにじむ王女様の視線からふいと顔を背け、バージルさんは口を開く。
「命乞いではない証に、この場で、魔王が倒された暁には同時に俺の命が終わる【誓約】を神に立てましょう。そうすれば、逃亡の可能性を心配することなく、俺を最前線に送って、ギリギリまで利用できるでしょう?」
「え、この世界の神様って、約束を強制的に守らせるとか、そういう感じに実力行使してくる系なんです?」
大変口を挟みづらいシリアスムードだったのだけれど、どうしても気になって。
私はそう尋ねていた。
バージルさんは、ふしぎそうに首をひねりながらもそれを認める。
「あたりまえだろ? ああ、そっちの世界では違うんだったか。この世界においては、神に立てた【誓約】は、人の干渉できる領域から離れ、条件が満ちれば絶対に当然に成る。瞬時に、自ずと、必ずそうなる」
なにそれこわい。良心に従うとか誓った相手に恥じる行動なんてできないとかそういうレベルじゃない。異世界だ……。
震える私を意に介さず、バージルさんは淡々と続ける。
「他者を巻き込むことはできない、不条理あるいは不合理なものは神に届かないなどいくつかの条件と作法があるが、さっき言ったのは有効に立てることができる範囲の【誓約】だ。聖女召喚を成した罪への償いとしてなら、俺の命までは誓いにのせられるだろう」
ヒュッと息を呑んだ私を、バージルさんは真っ直ぐに見据えた。
ぴたりと視線を合わせたまま、彼は断言する。
「聖女召喚の咎により、魔王と同時に、俺は死ぬ。誰が何をしなくとも、誰が何をしようとも。たとえ聖女だろうと、神との【誓約】で死に至った者を、現世に留めることはできない」
「ちょ、ちょっと待ってもらっていいです……?」
思わず、タイムを要求していた。
いやダメでしょ、その【誓約】とやら。このまま立てさせるわけにいかない。
仕方ないなと言いたげなため息を吐いて、私(の覚悟を?)待ってくれているバージルさんを、どうにか止めなくては。
考えろ! 考えろ!!
またもやバージルさん覚悟ガンギマリすぎるしこの世界の神様おっかなすぎるしで、正直吐きそうだけど吐いている場合じゃない。
そんなことしている間に、バージルさんの死刑が確定してしまう。
屁理屈で良いんだ。なにか、バージルさんの誓約をもうちょっと穏当な感じに軟着陸させることのできる理屈はないか。
「……あ、あの、バージルさんのことは、わ、私の手で、殺したい、です」
私がどうにか絞り出した言葉に、バージルさんはもちろんのこと、みんなの注目が集まった。
わかってるよ。私、みっともないくらいに震えているし。
さっきから私、バージルさんのこと助けたくて仕方ない感じ、我ながら全開にでちゃっているし。
本気で言っているのかって、疑われるのはわかる。そういう視線を無数に感じる。
でも、私は、この屁理屈を押し切る……!
聖女召喚は罪だという人たちや他国には『だから当然死刑ですけど?』と示しつつ、『ただし、その執行のタイミングと手段は聖女に委ねられました。最大の被害者なんだから当然ですよね?(それが100年後だろうとそれは私が決めて良いはずであり、私が絶対に永遠に死刑を執行するつもりがないだけ)』の()内だけないしょの感じで行きたい……!
「バージルさん、恨みを晴らさせてくれるんですよね? さっき言ってましたよね? 私が苦痛を与えたいなら受け入れるって! そんな、あっさりなんの苦しみもないまま自動的に死ぬなんて、ゆるせません。その誓約、私は認めません」
私が必死に畳みかけると、一応の理屈は通っていると思ってくれたらしいバージルさんはゆっくりと頷きながら口を開く。
「……なるほど。ならリアは、どういう誓約なら納得できるんだ?」
「私に素直に殺される、抵抗しない、とかで良いんじゃないでしょうか」
「はぁ? リア、お前さっき教えられたことを、もう忘れたのか? 聖女は、『どんな余裕のない状況だろうと、目の前で死にそうな者がいれば絶対に手を伸ばさずにはいられない。それがどんな極悪人だろうと、たとえ自分の敵だろうと生かそうとする』だろ。リアに、ちゃんと俺が殺せるのか?」
私の意見を、バージルさんはバッサリと切り捨てた。
ううっ。見透かされている。
なんでよ。見透かしたってのっかってくれれば良かったじゃないの。どうしてそうも死にたがるの。
王女様も、他の人たちも、私の意見に反対していないのに。
聖女召喚の成果であるところの聖女である私を利用すると決めた以上、やっぱり心理的にバージルさんのことを殺したくはないのだろう。
とんでもなく有能で、真に国や他者のことを思いやれるバージルさんの命が失われることを、惜しんでいるのだろう。
とりあえず時間稼ぎをさせてくれれば、この場にいる人以外も私が聖女として説得して周って、先代が決めた法をひっくり返すこともできるかもしれないのに。
だというのに、どうしてバージルさんだけが、むしろ死にたくて仕方ないとばかりに確実に自分を殺そうとしているのか……。
「ああ、でも、その方が良いか……。神に誓って抵抗ができなくなっていれば、きっと誰も傷つけることなく……」
どうしたものかと悩んでいると、ふいに小さな声で、バージルさんがそんなことを呟いた。
「わかった。俺はそれでかまわない。ただ、1つ付け加えた方が良い。『聖女リア・シキナの命を受けた者』も抵抗しない相手の範囲に含めると。そうすれば、殺せないことはないだろう」
なぜかなんだか急に納得してくれたらしいバージルさんは、あっさりとそう言った。
「国王の名代として、その誓約を認めましょう。聖女様のご意見とその誓約があれば、ザヴィアーの言った通り、魔王討伐完了まではザヴィアーの死刑の執行を留めることは可能だろうと思います」
すかさずそれを認めてくれた王女様は、ふっと皮肉気な笑みを浮かべ、バージルさんに言葉をかける。
「……それまでに死なないで欲しいものね、バージル・ザヴィアー。道半ばで勝手に死なれては、刑の執行もなにもなくなってしまうわ」
「聖女サマがいてくれるなら、魔王討伐のその時までは生きてみせますよ。【淀み】やなりかけ程度は、俺の敵ではございません」
こちらもシニカルに笑ってそう返したバージルさんの纏う空気が、次の瞬きの間に、ひどく真剣なものに切り替わった。
「さて、では、始めましょう。……神々よ、どうか聞き届けたまえ。俺、バージル・ザヴィアーは、聖女召喚を行った罪に対する償いとして、神々の下に【誓約】する!」
彼がそう告げた瞬間、ピンと、身震いするほどの緊張感が場を支配した。
本当に、神という絶対上位の存在が、この場を見守っているのだと確信せずにはいられない程の圧が、天から確かに感じられる。息が苦しい。
バージルさんの声が力を持って、その重苦しいような空気の中、天へとまっすぐに昇って行く。
「聖女リア・シキナ及び彼女の命を受けた者の一切の攻撃に対し、俺は防御も反撃も逃亡も回避も行わない。少しの抵抗もあってはならない。今この時より、俺のこの首この心臓この身この魂は聖女リア・シキナの所有物である。聖女リア・シキナの望む通りに、この命を終わらせると誓おう。以上、【誓約】は成った」
言い終えた瞬間、ピシャリと雷光、だと、現代日本人としては思いたいのだけれども。
光が、天を駆けた。
神に聞き届けられた、ということだろうか。たぶんそうなのだろう。
とんでもない誓約が成立してしまったものだ。私が、バージルさんの生殺与奪の権を握ってしまった……。
ああ、夕方にこちらに来たはずなのに、もうだいぶ日が沈んで、夜に差し掛かっているなぁ……。
それに気づいたら、なんだか急に疲れを感じる。
異世界に召喚されて、魔法使いのお兄さんと王女様(とそのお付きの人たち?)に出会って、色々説明を受けて、異世界人たちの覚悟ガンギマリっぷりに震えて、魔法使いのお兄さんにときめいて、彼の死刑回避のためにジタバタして……。
なんか、色々あったもんな……。
まあでも、とりあえず無事バージルさんの死刑執行の延期にまでは持ち込めた。
後は、延期して延期して延期して、その間にそもそもの根拠となっている、聖女召喚を禁止している法律をひっくり返せばいい。
その前に、みんなに話を聞いてもらえる立場になるためにも、魔王討伐とかそれに向けての修行とか、色々がんばらなきゃだな。
うん、全部がんばろう。
そんな安堵と決意と胃痛と共に、私の聖女としての異世界生活の第1日目は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
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