侯爵令嬢の華麗なる追放劇
文字塚
第1話 婚約破棄はテンプレです!
今から何が起きるのか、私自身よく理解していたはずだ。
それでも、
「本日、今日この場をもって婚約破棄を宣言する!」
まさしく高らかに宣言する婚約者、ラムダ・フィン・クラウザーの姿は目に焼きついて離れない。
「エルカ・ライン・アールブルト嬢。君は侯爵令嬢でありながら、婚約者の僕だけならず、多くの人間を傷つけ裏切った」
ここは王宮。玉座の間は私が立つ場所よりも高く、文字通り立つ場の違いを鮮明にしている。
私よりも一段高いその場所に、彼らがいる。こちら側には私だけ。
「多くの被害者を思えば、いくら婚約者の僕でも庇いようがない。いや、庇ってはいけないのだ」
ラムダは今年二十歳を迎える同じ侯爵家の生まれ。お互い、ライン王国においてそれなりの名門に生まれつき、婚約は親同士が決めたもの。それでも運命を感じ、共に胸を焦がしたと私は信じていた。
クラウザー侯爵家の跡取りと、アールブルトの侯爵令嬢。赤い何かがあるはずと。
「君の振る舞い、いや所業は度しがたい。皆々様、被害者についてお話ししてもよろしいでしょうか?」
眉目秀麗、黄金色の髪をなびかせ瞳は薄く透明な水色。けれど今、ラムダの振る舞いは大げさで苦渋の色が見て取れる。
王侯貴族の前で私を糾弾する。そこに一抹のやましさが残っているからだろうか。
「皆様、アリス嬢をご存知でしょうか?」
「もちろん知っているわ」
声を上げたのはミーシャ・シルバニア。私よりも一つ若い、十七歳の子爵令嬢。いかにも男性が好みそうなナチュラルメイクを決めにキメ、自信たっぷりこちらを見下ろしている。
シックなブラック調、高級なサテンドレスは今日の為にあつらえたのだろうか。貧相な胸が盛りに盛られ、気になって仕方ない。
特盛オーダーを受けた職人と、着替えに尽力した女中を思うと涙が溢れそうだ。
「アリスは私の友人でしてよ。男爵令嬢として、そこなエルカ・アールブルトの家に出入りしていましたわ」
そこな? いつからあなたは王族になったの?
ああ、いい婚約話が来たのかもしれない。それなら実に喜ばしい。話し方も自然、立場に応じ変えてゆかねばならないし。
「そうアリス、君は一体どんな被害を受けたんだい」
「私は……」
ラムダに水を向けられアリスが戸惑っている。人前に立つのも苦痛だろうに、よく出て来れたものだ。人の成長は早い。あの娘も十六歳になる。
「私はよく、一発芸をやれ、とか、王宮の壁に落書きして来い。とか言われました」
「なんて酷い。君のような可憐な少女に、なんという無茶振り。そもそも王宮の壁に落書きなんて、不敬にも程がある!」
ラムダは大仰に驚き嘆いてみせた。
小柄な身体を、生まれたての小鹿のように震わせるアリス。
沈痛の面持ちで話していたけれど……。
お前話盛ったな?
今話盛ったよな?
完全に盛ったよな? まあいいわ。
「ラムダ様、私もありましてよ」
「ミーシャ、君も被害者なのかい?」
ラムダは優しく語りかける。ミーシャの真の姿を目の当たりにしても、同じでいられるか甚だ疑わしい。
王侯貴族を背に、私を見下すミーシャ。軽蔑を越えた侮蔑の色濃く、それでもどこか清々しげである。
「あの人とは同じ貴族学院に通っていました。その時、あれを買って来いこれを買って来いと、何度も命じられました。なぜ私がそんなことを。同じ学友と、とても思えません」
今同じ人間を見る目ではないよね? 凄く見下しているわよね? いいけれど。
「子爵令嬢をパシりに。僕にはとても信じられない」
「私もですわ。同じ目に遭ったのは、私だけではありません。他の学友も次々とその手にかかりました」
人を連続殺人鬼みたいに言ってる。或いはジゴロかすけこまし。買い物を頼むと、こんな扱いを受けるのか。
ミーシャは続ける。
「校長用の墓石買って来いなんて、なぜ私がそんなことを」
「なんてことを。信じられない」
「教頭用の育毛剤を買いに行かされた時は、顔を赤くして涙が溢れそうでした」
「そんなことまで」
「担任を叩く鞭を買いに行かされた時は、もういっそ断ってしまいたかった」
「なぜ鞭を?」
「最近なってない。指導してやるとか、意味不明なことを言っていました」
「全くだ。意味が分からない」
「ロウソクまで用意させられて、私達は陰で泣くしかありません」
「酷すぎる」
ラムダは何度も調子を合わせている、これでもかと言わんばかり。ミーシャはその度顔を赤らめ、自信を深め滔々と私の行いを並べ立てた。
でもミーシャ……お前話盛ったな?
お前も盛ったよな?
その胸以上に盛ったな?
いいけれど。
「しかしラムダ君。性格が度しがたいのは理解したが、婚約破棄とはどういうことか」
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