3 錬金術師は地球へ転移する

「あれが大熊座で、あれが春の大三角ね……」


 辺りを見渡せば草木。此処は森林に囲まれれながらも拓けた草原の中心の様だ。

 大地は回り、風で雲は流れ、雲で覆われていた空いつのまにか濃紺の空と淡く光る星々で埋め尽くす宙になっていた。ノルンには此処が何処なのか大凡見当はついていた。


 ノルンは星を観測し眺め、前世で暮らしていた故郷の空気を味わっていた。


「おねえちゃん、ぜんぜん熊にみえない」

「まあそうねえ……クーちゃんはあの月の模様はウサギにみえる?」

「ウサギ……?ウサギってあの生意気なキラーラビットみたいな?」

「そうそう」


 ノルンは前世時代、月の模様はウサギに見えなかった。


「ちょっと眩しい〜けど……ん〜、蟹の魔獣に見えるかなぁ」

「やっぱりそうよね!クーちゃんわかってる〜」

「えへへ、おね〜ちゃんの妹だしね」


(クーちゃんかわいい!クーちゃんかわいい!)


 よしよし――

 ノルンは妹を撫でながらも不可解な面持ちで空を宙を見上げていた。


「それにしても変ね……」

「どうしたの?」


 見上げた先、満天とも言える星空には違和感がある。星空が明るすぎるし星が見えすぎなのだ。月がこんなにも煌めいているならば、暗い星はこんなにも光を燈さないはずだ。

 それに、記憶にある地球の文明は夜も光り、宙を燈し星が見える等級にも限りがあった。日本の首都圏であれば星なんて条件が揃った山奥でもないとみえなかった筈――となれば、星がよく観えすぎる此処はそういった条件と、なにかしらの付加された条件がある筈だ。ノルンは頬に手をあて仮説を深堀りしうーんと唸る。


 真っ先に思い浮かんだ事があった――

 しかしノルンはその仮説に蓋をした。そして他の「かもしれない」を重ね、別の仮説を構築した――

 が、蓋をした可能性を誤魔化す為に立てた仮説は現実ではないと、わずかに首を横に振る。蓋をした仮説、その「真っ先に思い浮かんだ事」とは――


「この惑星の文明滅んじゃった……?」

「…………おねえちゃん、私がいればどこでも都っていってたでしょ?」

 姉の物憂げな表情を見上げたクーフィーは気遣う。


(クーちゃん……!クーちゃんがいればどこでも生きて往ける!)


 少しだけ靄がかりそうだったノルンの心は一瞬で晴れ渡る。


「そうね〜クーちゃんがいないと文明わたしが滅んじゃうからずっと一緒にいてね」

「むふふ、いるよ〜」


 傍からみれば微笑ましい姉妹の光景だ。

 此処に来る前には憧れの姉妹愛として囁かれいた。

 彼女達もそんな噂にも満更では無かった。

 かけがいのない家族なのだから


 前世の彼女達は――

 さてさてそんな事はさておきと


「クーちゃんそろそろおやすみしよっか?」

「うん、そろそろ眠いかも」

「じゃあお家を出すからちょっとまってて〜」


 ――よっこらせっと


 なんてことはない、異空間収納から家を取り出した。

 錬金術を極める為には色んなことを習得しなければいけない。このくらい今どきは基本中の基本だ。この技術も長い年月をかけ錬金術を発展させたノルンの成果で、魔法ギフト持ちの空間魔法「アイテムボックス」に相当する。それを錬金術で再現した技術だ。


「おねえちゃん、あの女神、なんか言ってることおかしかったし一応家とか必要なもの退避させてて良かったね」

「そうね〜、でも置いて来ちゃったし怒ってるかな……?帰ってきたら住む家なくなってるわけでしょ?」


「しかたないよ、それにおね〜ちゃんそういうところあるから、飛ばされる瞬間にちゃんと事情含めて連絡しといたよ〜……あとはがなんとかしてこっち来るんじゃない?……多分」


(出来る妹!本当にクーちゃんがいないとダメね!でも、そういところ……?)


 クーフィーがいう事情――

 それはノルン達が元々住んでいた惑星からこの地球に転移してきたことの顛末だ。



 ――遡ること体感5時間前


 惑星ノエルのとある大陸、とある辺境の地で彼女達は暮らしていた。

 最近では連日、各国の首脳や担当を、ステータスやギフトに頼らない文明の発展をテーマに講義をしていた。漸くそれも終わり、クーフィーと「裏にある山」を散歩していたところに物語は動く――


 度々、不老不死の姉妹は【自称女神】に話かけられていた。

 神託などといえば聴こえはいい、だが目的がいまいちよくわからない。ノルン達は塩対応をしていた、というよりは無視していた。まるで悪霊よ、気づいたフリしちゃダメよ!みたいな感じだ。

 鬱陶しいなコイツ、彼女達はとうとう【自称女神】からのコンタクト出来ない様に所謂いわゆる結界を張りブロックした。


 ブロックしたこともあって油断していた姉妹は、いつもの【自称女神】とは違う誰かに話かけられ、ビクっとする。ノルンはオバケ!?と鳥肌が立ったくらいだ。


『もうノルンさん!!どうしてノエル様を無視するんですか〜!!』


(うわ……!)


「え〜と……誰?」


『あ!申し遅れました!この惑星を担当女神してますアンナと申します!』


――担当女神?


「あ、そう……じゃあ私に不老不死をくれたのも貴女なの?それに女神ノエルがスキルを配ってるんじゃなかったの?担当?」


『あ、そ、そうですね〜私がランダムで選んで錬金術を付与しました!不老不死はノ、ノエル様が勝手に!』


 デュアルスキルは女神ノエルの気まぐれなのだろうか?そんなことを考えたが今更なノルンにはどうでもよかったし、それに――


(悪霊の類じゃなかった……)


「そう……で、なんの用?」


 問いただしたノルンだが、視界に入ったクーフィーが気になった。


(あ!クーちゃん元気なさそう!お姉ちゃん心配!)

『話せば長くなるのですが……』

「おねえちゃん、お腹空いちゃった……」

(いけない!おやつの時間じゃない!?)


 ノルンは素材を取り出しテーブルと食器、異空間収納からノルン特製ミルクレープを取り出した。ノルンが前世時代に好きだったドテールのミルクレープ、その味を再現したものをベースに甘くも優しい味わいに改良したスペシャルミルクレープだ。


「要件は手短にね?」

『あの……なにしてるんですか?』

「なにって……おやつタイムよ?」

『話をしっかり聞いてほしいのですが』


(クーちゃんとのおやつタイムを邪魔する気かしら?やるか?おぉ〜ん?)


 ノルンは自身にコンタクトしてきている魔力をたどり、その奥へ奥へ……意外と深いわね……などと考えながら、そこへデコピンだとこんな感じの痛みかな?といったをぶつけた。


『痛い!いだだだだだだ…………!つ〜〜ってなんでコッチ側に入ってこれるんですか!?』


「其処が何処かわからないけどセキュリティがザルよ。それに今はおやつタイムよ!クーちゃんは~い!」


「もぐもぐもぐ、おねえちゃんこのミルクレープおいしい〜」


(そう、良かった!昨日作り置きした甲斐あった〜!)


『まあ色々とツッコみたいのですが話を聞いてください……美味しそうですねそれ』


「わかったわ、聞くから話してちょうだい、クーちゃんこっちはイチゴも挟んだミルクレープよ〜」


「わ〜!おいしそう〜!」


(でしょ?でしょ?ケーキを頬張るクーちゃんかわいい〜!)

 ――カシャカシャカシャ!※錬金術式的カメラシャッター音


『うう……おいしそう……ではノエル様からの言伝です。貴女達には永いこと、この惑星の発展に努めていただいたこと感謝します。寿命、社会インフラ、文明、これら全ての発展は私には出来ないことです。不老不死を授けて良かったです。なんでも【願い事】を聞くからしっかり考えておいてね、だそうです』



(願い事……ね…………なんか胡散臭いわね……)


 ノルンは永い人生経験の中で培った教訓を振り返った。

「なんでも願い事を聞く」、耳障りの良いそれは何かしらの対価を求めてくるパターンも多い。しかも相手は事象女神だ――

 ――でも願い事もまあなにかしら叶えてくれるならば。貰えるものは貰っておこうという気持ちもあった。


 念には念を……と考えたノルンは自宅へ戻り、自宅と家庭菜園を異空間へ収納した。なにかしらの精神汚染対策をして、なにかしらの攻撃を受けないようにプロテクトをかけた。

 この神経質な性分は元来のものでもあるが、非力な彼女がこの世界を生き抜く為に獲得、昇華してきたものだ。


 ステータス上は力10しかなく……女児より弱い!


 クーフィーは誰かに連絡とってる。きっとあの子……アーニャだろう。

 クーフィーは優秀なので任せておけば安泰だろう。

 ノルンそう考えた後に、ふと『願い事』に思考を切り替えた



――……叶うならば……前世のあの時、あの時代へ……地球へ戻ってみたいな、そして――


 な〜んて彼女はふと考えてしまった


『ふっふっふ、予想通りの理力波動を感知――ノエル様より言伝です。ヨッシャー!思ったとおり!承認した!そうです……ごめんなさいボソ』

 

 担当女神アンナの声が聴こえた。


 その直後、見たこともない術式紋が頭上に現れ、幾億にも重なり光となる――

 見上げた時に対策虚しくも彼女達はソレに呑み込まれた。


 ――そして冒頭に戻る


「クーちゃんごめんね……私がそう願ったから此処【地球】に来ちゃったかもしれないの」

「おねえちゃんがいるなら、どこいっても大丈夫」


(ハゥ……!!なんなの……もう!なんでこんなに良い子に育ってしまったの!?私に似たのかしら!きっとそうね!)


 こんな姉バカではしゃいでるノルンだが、やはり腑に落ちていなかった。

 ノルンが願ったのはあの時代のあの時の地球だ。薄っすらと日本も意識していたし、それが叶えられたのならば、ここは西暦20xx年5月8日の日本のどこかであるはずだ。東京などの都会であれば夜も街は灯りを燈しこんなにも星は見えないだろう。


(田舎なのかな?)


 思考が点と点で繋がらず線を描かない。思いついては宙に浮かび消えていく。やはり滅びたのかな?とも思うが自分が描いた『願い事』を考えれば――やはり同じく仮説は宙へと消えて行く


 ノルンはもう一つ、不可解だと、考えることをやめない――彼女が述べた通りあの月の煌めきと、宙の星の輝きは異質だ。

 眩しいほどに煌めく月。それでも周りの星はしっかりと輝いている。本来であれば月の光がここまで眩いと、星はクッキリと見えないはずだ。

 辺りの魔力の基となる素粒子「魔素フラッピングエーテル」の濃度は前にいた惑星と同じ程度だ。違うのは質で水に例えると軟水か硬水かの違い、地球は前者だ。

 惑星ノエルでは魔素フラッピングエーテルの濃度により衛星の反射や星の輝きに影響があり、今見える空、宙と同じ状況になる事が解明されていた。ということは、記憶にある地球では魔素フラッピングエーテルは存在しなかった事になる。

 現に今、魔素フラッピングエーテルを観測し、それが月や星の光の波長に影響を与えている。


「つまり?ここは西暦20xx年5月8日またはそれ以降の日本であるのだろうけど……私の知る地球ではないか、もしくは5月8月以降になにかしらが起こったことも考えられる……ブツブツ」


 ノルンは世界に浸る――それはブツブツと呟く姿で一目瞭然だ


『ノルンさんはそこまでわかっちゃいますか〜、その……、ノエル様は貴女の願いを叶えただけだそうでして……わ、私はなにもしてないです!メッセンジャーなだけですし……!』

「まあ……来ちゃったしいいけど……ここはちゃんと人間ひとは居るの?」

『いますよ〜!それは貴女の目で確かめてください!では……』


――逃がすか〜!!!


『いだだだだだだだだ!ってあれ?プロセスアウト出来ないんですけど!?あれ?私、惑星ノエルで神託の仕事あるんですけど!?』


「逃がすわけないでしょ!上司?の責任とってナビゲーター枠で当分一緒にいなさいよね!」


 一応、役には立ってもらわないとね。彼女は女神相手にそんなこと考えていた。


『はぁ……まあ仕方ないですよね……私もいきなり転移させたのは、あ、いやノエル様はどうかと思いますし罪悪感は感じてますし一応、私の写し身に仕事させますのでそこだけはさせてください。』

「写し身?」


「おねえちゃん、この人うるさくて寝れない」


(いけない!クーちゃんの眠りを妨げるものは敵!!)


「クーちゃん、いま夜間モードでミュートするから待っててね〜」


『あ、ノルンさ……』ブツ!


 ――突然、巻き込まれたりもして不安な気持ちもあった、せっかく地球へ戻って来たんだ。


「クーちゃんおやすみ」

「ん、おねえちゃんおやすみ」


 ――いまこの地球でなにが起きているのか調べてみよう。

 

 地球の状況に考えると不安もあるが、やはり故郷は良いところ。

 懐かしい空気の匂いに心地よさを感じ、彼女達は眠りについた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくださりありがとうございます!


ノルンとクーフィーの活躍をもっと見たいぞ!


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