第28話 決戦(2) / 発火
数分前、全ての最終投票結果が出揃った時、結果を見た生流琉は胸を撫で下ろした。
(よ、良かった。多分合っていましたわね──)
青月ではなく影木が『まる』であること、その影木と自分の位置をスイッチして投票すること。土壇場でその二つを把握し整理し実行することは、生流琉の立場にしてみれば決して容易なことでは無かった。何せ認識が、前提から全て引っ繰り返ったのだから。
額の汗を拭う生流琉に、更に《能力ガチャ(改)》による抽選の結果が通知される。
ところで、生流琉を含む参加者には知る由もないことだが、《能力ガチャ(改)》で手に入る能力は、プラとマイナの両名が頑張って考えたにも拘らず没になってしまった、彼女たちのプランAやプランBで登場するはずだった能力の中からランダムに選ばれる、という仕組みである。従って、その中身は玉石混合。手が回らず、バランスなどは一切考慮されていない。
《能力ガチャ(改)》
能力名:ワンダフル・ライフ
優先度:⑱
能力内容:犬と会話ができる。
「ハ、ハズレですわ!」
そう叫ぶのと同時、生流琉は戦場へと転送された。
そして現在、生流琉はその時を超える声量でベクトル定まらない感情を爆発させていた。
「まるさんが薔薇咲先生? ど、どういうことですの!? 一体! え、わ、私のブログ見ていてくださったのですか!? あれ、この反応合ってますの? 御見苦しいものをすみませんでした? ???? あ、握手──」
「まあま、一旦落ち着いてね?」
(幸い──私が自分の作品のファンサイトの常連をやっていた痛い作者だってことは、まだ気付かれていないみたいね)
影木の額を冷たい汗が伝う。彼女は感情を表に出ないだけで、決して感情に乏しい訳ではない。いつも余裕そうに見えるのは、あくまでも外側だけなのだ。
その時、苛立たし気にタルトが声を上げた。
「途中から聞いていたのには気付いていたし、襲い掛かってきたら返り討ちにしてたケド」
タルトはいくつか忍具を手に握り、生流琉を睨む。
「まさか正面から来るとはね。もういいわ。聞きたいコトは聞けた──ムカつく真相だったケド。さっさと勝って終わらせる」
「え!? な、何ですかその武器? 能力!?」
「それが持ち込み、実家が忍者だそうよ」
「ま、そんなに間違ってはいないケド」
毒づきながら、タルトは生流琉への攻撃の機会を伺う。タルトと影木とは近い位置にいたが、生流琉との間には少し距離があった。それでも手裏剣の投擲による攻撃ならば届く距離だったが、狙ってか射線を遮るように立つ、影木が邪魔になっていた。
「に、忍者!? 脅威ですわね。ですが、私の勝ちですわ!」
生流琉がそう告げた途端である。その場から少し離れた場所で二回、爆発が起こった。
(何!?)
反射的にタルトは《自在防御壁》を展開する。
音もなく出現した透明な壁は、影木もタルトにも認識できていない様だった。
「私の能力は《焱劦品》、『一度でも手で触れたものを、三回まで好きなタイミングで発火できる』というものですわ」
「──発火?」
(いや今の、どう見ても爆発じゃん!?)
しかしタルトは舌に広がる苦味から、その言葉が嘘ではないことを知る。
「ふっ──その割には規模が大きいとお思いですわね? 回数制限や素手で触れるといった面倒な条件がある能力は、その代わりに威力や効果が大きくなる傾向がありますの! 原作を注意深く読み解けば気付ける裏設定ですわ!」
(そう言えば最初はこんなテンションだったわね、このオタク女)
だが、生流琉は話してはならない情報を話してしまった。能力の威力は確かに驚異的だったが、素手で触れるという条件に、回数の制限まで語ってしまったのだ。
そして今、二回の爆発があった。つまり残る回数は一回。
(──なんて、また騙されるのは御免だっての)
語っている言葉が全て真実であったとしても、間違った回答へ誘導されることがある。タルトはその事を先ほど、心底に実感した直後だった。
「ねえ、あんた今発火は三回って言ってたケド──例えばもしケーキか何かに触れた後、それをボロボロに散らしたとするじゃん。それを発火しようとした場合、どうなるワケ?」
そもそも能力を使えないのか、散らしたピースのどれかが発火するのか──それとも、全てのピースが同時に発火するのか。タルトにそれを確認する術は無かったが、少なくともそこには何らかのルールは存在するはずだ。
そして勝ち誇る生流琉の言動と合わせてタルトは結論を出す。答えは三つ目だ。
「あんたは今、嘘を吐いていなかった。ケド三回発火できると言っただけで、今の爆発で能力を二回分使ったとは言ってない。つまりブラフ。私が何らかの方法であんたの攻撃を防いで油断したとこで、三回目の出番ってワケでしょ」
敵は無策ではないだろう、しかし今度こそ看破した。
タルトは確かな手ごたえを覚えた。自然と武器を握る手に力が入る。
「いえ、確かに私の《焱劦品》は、発火させる対象がどれだけ原型から遠ざかっても、発火させることが可能ですわ」
しかし、生流琉は首を振った。
「ですが、発火させられる物のサイズには制限があるようでしたの。それに、形がどれだけ変わっても発火させることはできる様です。ですが、バラバラにした場合は、元の物を構成していたピース同士がある程度近くになければ発火させられない、そういうルールがあるみたいでしたわ。つまり先程の爆発は、正真正銘、二回分能力を使用しましたの」
生流琉は影木越しにタルトへ、ビシッと指を向けた。
「そしてその上で、私の勝ちですわ!」
生流琉の言葉は、その宣言を含めて、真実の苦味をタルトに与えた。
(何? どういうコト?)
「なるほど──自分の作品の設定の話だし、私にも今、理解出来たわ」
混乱するタルトに、影木が解説をする。
「例えば《罰》の能力内容には『能力内容を知っている相手に対し』、とあった。あの条件は、◎で内容を公開する事でも達成可能でしょう? 多くの能力はヴァルハラで使用することはできない。けれど──能力の発動条件自体は、ヴァルハラでも満たせるケースがある」
「ええ、その通りですわ。《焱劦品》の私が一度でも手で触れたものという条件は、◎で触れたものでも構わないのです」
「は──!?」
瞬間、タルトは大急ぎで記憶の風呂敷を引っ繰り返した。
(もしかして私のそばに今、このオタク女が触れたものが何かあるんじゃ?)
──生流琉「へ、返事してくれませんと勝手に食べちゃいますわよ」
──タルト「最悪、手汗でちょっと塩辛いんですケド」
影木の《ラグナ記録》から音声が流れた。瞬間、タルトの中で引っ繰り返した記憶の中から、該当する記憶が鮮やかに蘇る。
(げ、私、オタク女の触れたクッキーを食べて──!?)
「ま、まさかあんた、最初からそのつもりで?」
「ええ。何度も妄想しましたもの、自分が『ネオ・ラグナロク』に参加したらどうしようかって! ──◯は、正直ちょっと、ちょーっと! 難しかったですけれど!」
生流琉が触れていたのはクッキーだけでは無かった。
気絶している青月には介抱する際に触れ、影木の肩には一度ポンと手を置いている。そして雄々原には一度受け取った眼鏡を突き返していた。赤糸にだけは触れる隙がなかったが、生流琉は事前に、決戦で戦える布石を打っていたのである。
「私は、今この瞬間にでも、あなたのお腹の中にあるクッキーだったものを発火させられる、その感覚がある。そして今の私は──勝つためなら、やりますわ」
《焱劦品》の威力は先ほど証明されたばかりである。タルトの《自在防御壁》では、体外の攻撃は防げても、胃の中から発生する攻撃は防げない。攻撃される前に生流琉を即死させるしか勝ち目は無かったが、それをするには影木が邪魔だった。
そしてタルトが妙な真似をすれば、生流琉は本当に実行するだろう。
『勝つためなら、やりますわ』という言葉の味は──苦かったのだ。
「リタイアをお勧めしますわ」
「あら、リタイア? 出来るのね、そんなの」
「ええ、『質問箱』で尋ねました。決戦でリタイアと宣言すれば、受理されるそうですわ」
(──詰み、か)
「あーあ、リタイア」
意を決したタルトはついにその言葉を口にした、武器を降ろして両手を上げる。
「もう良いわ。頭使って疲れたし。さっきからあんた達、ずっと本当のこと言うし。口の中が最悪だってーの──。あーあ、はやく甘いモノ食べたい」
べーっと、タルトは舌を出した。瞬間、彼女の姿はその場で薄れ、どこかへと消え去った。
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