第206話 一万円貸す? アンカーリング

 あなたの親しいクラスメイト、あるいは職場の同僚が、


「悪いけど、一万円貸してくれない?」


 と頼んできたとします。


 さて、どうする? コマンド?


 いちまんえんを

 >かす

  かさない



「貸す」を選んだあなた。


 お財布に余裕があるのですね。いいなあ。今度私にも貸して下さい。


「貸さない」を選んだあなた。


 私がこれから語りたいテーマに合致しました。どうぞ読み進めて下さい。


 いきなり「一万円貸して」と言われても躊躇しますけど、最初にもっと高い条件を提示されていたら、どうでしょう。


「十万円貸してよ」


「うーん……」


「じゃあ、五万円」


「えーっと……」


「頼む、最後のお願い! 困ってるんだ、一万でいいから!」


「一万か……」


 ストレートに十万円貸すよりは、「一万円だったら、まあ、いいか」と思ってしまうのではないでしょうか。


 心理学でこれを「アンカーリング」といいます。


「アンカー」、つまり船のいかりを下ろすように、その場所で「固定する」こと。


 最初の「十万円」が印象として固定され、「基準」になってしまうと、そこから下げられた「一万円」は「安い」と感じてしまうのです。


 最初に大きな条件を提示し、そこから格差のある実際の条件を再提示することで、「ギャップ」から受け入れやすく感じる、というテクニック。


 例えば、あなたが近いうちに引っ越しを控えていて、友人にも荷物運びを手伝ってほしい、と考えたとします。


 数時間手伝ってくれれば大助かりなのですが、友人から断られてしまうかもしれない……そこで、「アンカーリング」を使って、ちょっと悪巧み。


「忙しいところ悪いんだけど、○月○日、引っ越しの手伝いに来てくれないかな? 丸一日かかるんだけど」

「丸一日かぁ……」

「無理言ってごめん、半日でもいいから」

「半日もちょっと……」

「じゃ、○時から○時まで、ほんの二時間くらいでいいから」

「それなら手伝えるよ。オッケー」


 こうして、まんまと了承の返事を引き出すことに成功しました。

 友人は、最初の「丸一日」という条件から考えると、「ほんの二時間程度」なら簡単に引き受けられる、と考えてしまったのです。

 最初から「二時間手伝って!」と頼んでいたら、イエスと言ってくれたかどうか。


 ちなみにこの「アンカーリング」、消費者として「仕掛けられないように」注意が肝心です。


 要注意なのは、店頭のワゴンセールなどで「○割引き」「○%オフ」と商品にシールが貼ってあった場合。


「元の値段から考えると、随分お得じゃん! 買っちゃおう!」


 と、大して欲しくもない商品をつい購入してしまうことがありますが(私はよくあります……)、比較対象が「元の値段」だからそれと比べて「お得感」があるだけで、シンプルに「財布から出て行く金額」を考えると、「元からこの値段だったら、自分はすぐに買っただろうか?」と一旦冷静になることが大事です。


 家に帰って我に返った時、後悔しないように!(経験者)

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