第16話 6日目
〈山本影叶〉
6日目の朝に柳井の姿はなかった。きっと、今朝も太陽さんと(GK三輪和希)和希さんの部屋にお泊りしているのだろう。ここ二日、望月はずっと太陽さんと一緒に行動しているらしい。これでは、監督の意向である望月のサポート役が務まらない。このことを監督は知ってか知らずか口出しはされなかった。
「今日も帰ってこないか。」
支度を終わらせても、望月が部屋に戻ってくることはなかった。部屋の中が殺風景で寒々しい。荷物を持ってこの部屋から出ようとドアを開けて外に出た。なんだか、心がぽっかり穴が開いた気分だった。
※※※※
練習場へ足を運んでスパイクを履いて芝生に足を押し付ける。曇りがかった空の下、もう既に体を動かしている人は何人かいた。自分も仲間の輪に入っていった。
少ししたら、ミーティングが始まり、準備体操をしながら辺りを見渡してみる。今日もまた、望月は太陽さんの近くにいた。望月の体力と練習量を比較してみれば、かなり体力を消耗しているはずなのに、今は全然平気そうに体を動かしていた。それがなんだかやっぱり自分は必要ないだなと言われてる気がして胸が苦しくなる。なんでだ?どうしてだ?何に対して苦しくなっているのかがまるで分らない。望月なんて、ついこの間まで、よく知らない存在だったはずなのに。そもそも、どうして自分は今日誰とも話す気力がわかないのだろうか。
そんなことを、ズルズルと思考しながら、体を伸ばしていた。
今日は大学の部活との練習試合だった。ピッチ外からその試合を見ていると、栗林コーチに声を掛けられた。
「影叶くん、今日は調子が悪い?」
はっきり言ってかなり悪い。でも、そんなこと馬鹿正直にいうやつなんていない。
「いいえ。大丈夫です。」
「本当かあ?まあ、君がそう言うならいいけど。」
と、これ以上詮索されなかった。そうやって、外から見ているとなにやら違和感があった。考えすぎか?でも、星也くんがプレーしている先に見ているのはボールとか周りの人より望月に目を奪われているように見えた。星也くんは望月との関りが今までであっただろうか。いや、知らないな。
そんなことを考えていたのも束の間、周りがザワザワし出した。何事かと、フィールドを除けば後ろの方で一人で勝手に倒れている人がいた。
「影叶、勝手に倒れたんだ。」
ゴールキーパーでいつも冷静な空知でさえ、表情はポーカーフェイスを保っていたが声が震えていた。
「大丈夫。眠っているだけだ。手を貸せ。俺が担ぐ。」
空知は望月を持ち上げた。それを俺は背中で受け止めて立ち上がった。すると、コーチや監督が近づいて来た。
「影叶、救護班が連れてくからお前は練習に戻れ。」
栗林コーチが言う。俺は首を横に振って返した。
「いや、俺がホテルまで連れて行く。監督、いいですよね?」
と言って、監督と向き合った。すると、監督は首を縦に振って言った。
「ああ、望月をよろしく頼む。」
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げて、この場から離れたのだった。
※※※※
望月をベッドの上で横にならせた。全身が汗で布団が濡れるだろうけれど、それは仕方がないと割り切る。タオルで顔面を拭てあげた。顔は熱でもあるんじゃないかってぐらい赤いけれど、冷風を当てたら徐々にそれも収まっていた。服を脱がせると、筋肉質な体が明るみになる。想像以上に鍛え上げられた上半身に度肝抜かれながらも、タオルで汗を拭ってやってからまた薄い生地の服を着せた。次に靴下を脱がせて、ハーフパンツを脱がせて防寒のためのスパッツ脱がせてまたゆったりとしたズボンを履かせた。布団を望月に被せて彼自身、なんともなさそうで安心する。
「どうして、お前は俺を避けたんだ?」
話しかけても答えない。寝てるんだから、そりゃ答えないだろう。俺が望月に何かしたか?望月は俺を嫌いになったか?無視された相手が望月意外だったとしたら、きっと俺はなんとも思わなかった。なのに、どうして自分の中にお前が居座るんだ?
自分もジャージに着替えてから、もう一度望月の横に座った。すると、ベッドに突っ伏して寝落ちてしまったのだった。
※※※※
スッと目を覚ますと、目の前の望月はまだ寝息を立てて眠っていた。顔色は元に戻って血色の良い黄色い肌に戻っていた。
コンコンコン
ドアをノックする音がして、よろよろと立ち上がった。ドアを開けてみるとそこには星也くんがいて驚いた。
「どうした?」
星也くんは気まずそうに訊いた。
「望月は?体調は大丈夫なんか?」
「まあ、眠ってるだけだから。」
俺は部屋に星也くんを上げた。星也は神妙な顔つきになって俺に言った。
「すまん。俺のせいや。」
と。俺は星也の言葉に混乱した。いきなり、部屋に来たかと思えば何を暴露されているのかと。
「どういうことだ?」
すると、星也は語り始めた。
※※※※
〈安岡星也(回想)〉
最近、影叶の付き合い悪いなと、キャンプが始まると思っていた。夜になると肌寒い中外に出るもんだから、どこの馬の骨が影叶を連れ出しているのかと考えると、無性に腹が立つようになった。そんな中で、練習に久々に顔を出した望月と影叶の関係性に酷く驚いた。望月は基本的に練習に参加する日数が極端に少ないだけではなく、仲間との会話しているところ自体見たことがなかった。俺もちょくちょくと望月に話しかけることはあっても基本的に不愛想で素っ気ない。冷たくて人との関りを自ら捨てるような人だと思っていた。それだけじゃい。望月は感情表現が少ないくせせに拗ねたり、泣いたり、弱さを隠そうともしない姿にいい印象は元から抱いていなかった。そんな望月が影叶と関わっていたら、影叶の努力が報われないと勝手に思っていた。俺は影叶の真面目に努力する姿を誰よりも知っているはずだと信じて疑わなかった。だから、望月に厳しく言ったのだ。でも予想外だった。
「それは影叶が決めることだ。勘違いしているようだけど、俺は影叶に自らサポートしてとお願いした訳でもなんでもない。最初から最後まで影叶の意思だ。」
望月は予想外に芯のあるはっきりとした口調でそう反論したのだ。まんまと呆気に取られてしまった。
※※※※
〈山本影叶(回想終了)〉
「影叶、本当にすまん。」
俺は唾を飲み込んだ。だから、望月は一人でなんとかしようとしたのか。なんだ、そういう事か。何故か自分は心の底から安心感を覚えていた。
「分かったから。望月が起きたら本人に謝ってあげて。」
「そうするつもりだ。」
※※※※
〈柳井望月〉
目を覚ますと、そこは影叶との部屋だった。頭が回らないままボーッと辺りを見回せば、左には影叶が座ってこちらをジッと見ていた。俺は驚いて目を合わしたまま沈黙を貫いていた。
「望月、体調は?大丈夫か?」
俺は静かに頷いた。久々の自分の部屋は思ったよりも居心地が良かった。三日間、一人でなんとかしようとはりきってみたけれど結局上手くいかなかったみたいだ。しょぼんと気持ちが沈む。そういえば影叶に訊きたい事があったことを思い出した。
「影叶。」
影叶は俺の声を遮って聞いた。
「なあ、なんで無視したんだ?何も言わず……酷いじゃんか。」
影叶は俺の目を見て訴えている。至って真剣に……そして、傷ついたと言わんばかりに顔を歪めていた。俺は下を向いた。俺が影叶をきづ付けたんだ。でも、なぜか悪い気はしないなと我ながら人が悪い。
「なんで嬉しそうなんだ?」
「俺、嬉しそうにしてた?」
ジッと影叶の目を見つめていると、影叶はそっと目を背けていた。沈黙が流れた。気まずい空気が流れていても、俺は理由は分かっていなかった。だから、気にせず訊いた。
「影叶、どうして、俺を心配してくれるの?」
「それは……。」
言いよどむ影叶に俺は首を傾げる。影叶は迷いから目を泳がせ、手の汗をズボンで拭っていた。俺はじっと影叶が話だすのを待っている。影叶は迷いながらも言葉を続けた。
「俺は実は……自分の立ち位置に不安があったんだ。俺はこのチームがJ2からJ1昇格した年から今年は4年目だけど、当たり前だけど年々経験があるFWの選手が加入してくるから競争力も激しくなってくる。」
俺は静かに影叶の話を聞いていた。影叶は俺よりもプロ人生が長く、俺は大学2年がから3年に上がるタイミングでプロ入りして3年に対して、影叶は18歳のユース時代から早7年目だ。そりゃ色々な事があっただろう。影叶は続けた。
「俺はFWとして得点をしなきゃならない。監督の意向に従わなきゃならない。でも、俺よりもそんなのできるやつがいる。俺だって成長が滞っている感覚がする。本当は他のクラブで再スタートしようと思ってたんだ。でも、お前を見たら……スゲーなって。」
何故か最後に濁すから、俺はまた首を傾げた。スゲーなって、何が何だろうか?俺はなんもしてないのに……。
「どういうこと?」
聞き返すと、影叶は頭を掻きながら言った。
「自分がどんな状態でも、状況でも、それを言い訳にしない姿。俺とは大違いだ。環境のせいにして、周囲の人のせいにして、俺は何やってたんだろうって。見習ってみたくなった。」
俺は大きく目を見開いた。そんなこと、考えてたんだ。俺は無意識に布団を掴む手を握りしめていた。俺は下を向いて言った。こんなときに思い出したのが、影叶の怒った顔だった。初めて会話した日の事だ。
「でも、俺……辞めるって言っちゃった。それで怒ってた理由今分かった。ごめん。無責任だった。」
今度は影叶が目を丸くした。
「お前って本当に素直だな。俺も悪かった。あのときはお前のことを決めつけてただけだ。」
俺はその言葉にフッと笑みをこぼしたのだった。影叶も安心したように胸を撫でおろしていたようだった。
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