第14話

 俺はゆっくり目を覚ます。一瞬ここがどこだか分からず頭がボーッとしている。


「さっき、紅白戦やってたよね?……そっか。また倒れたのか。」


 大きく欠伸した。まあ、練習に出れただけ進歩だよねと思いながら嬉しさ半分、悲しさ半分複雑な気分だった。真っ白い布団越しに両手で足を抱きしめる。今何時なのかとか、影叶はどこにいるんだとかぐるぐる頭で考えたが全く働いてくれない。疲れが残ってる感じがして気持ち悪い。だからと言って二度寝したら次はいつ起きれるのか分かったものじゃない。


「起きるか。」


 と言いながらも体が動かない。一人でぐずぐずしてるとガチャッとドアが開く音がした。


「望月、大丈夫か?そろそろ夕飯だぞ。」


 影叶がジャージ姿で部屋に入って来た。寝ぼけ眼で影叶を見つめていると影叶は首を傾げる。


「おーい。望月、生きてるか~?」


 影叶は俺の顔の前でフリフリと手を振る。その手の動きが脳に刺激を受けたようでようやく頭が働いてくれた。ブンブンを頭を振ってから時差で答える。


「ご飯?行く。」


 自分の足で立って影叶を横切りドアに激突して意識が一瞬飛んで行った。俺は目をつぶったまま溜息を吐いた。我ながらシュールすぎる光景だなとくだらないことを考えた。


「望月、なんで練習はてきぱきしてるのに普段はこんなふにゃふにゃなんだ?」


 影叶は呆れながらも俺の腕を引っ張ってドアから体を剥がす。俺はヨロヨロともたつきながら影叶の横に並んだ。食堂までリードのように腕を引っ張られながら歩いて行ったのだった。


※※※※


 今夜は……というかキャンプの大体はビュッフェのようで、豪華な食卓に囲まれていた。大きな丸テーブルには自分も含めて若手の選手が集まっている。自分から、俺、山本影叶、FW渡辺わたなべわたる、MF東野ひがしの天音あまね、DF松本まつもとエンリ藍琉あいる、GKリードン・マーロンの6人である。


 全員で手を合わせて「いただきます。」と言うとみんな待ちきれなかったのか一斉に食べ始めた。それに対して俺はスマホを片手に試合動画を見ている。去年のFC宇宙ステーションの試合動画と開幕戦の対戦相手の試合動画を交互に見てたら目が離せなくなってしまった。すると上から手が伸びて来て……。


「ご飯中にスマホ持つな。だらしない。」


 スポッとスマホを抜かれてしまった。


「影叶、返して!俺のスマホ!」

「駄目だ。まずは食べなさい。」


 そんな俺らのやり取りを横の渡辺が「母親かな?」と突っ込んでいる。そんな様子をカメラを構える広報の佐々木さんが動画に収めながら噴出して笑っていた。


「いいコンビじゃないですか。」


 広報は面白おかしくコメントを残す。俺は隠されてしまったスマホを諦めて渋々フォークを手に取ってサラダをぶっさして口に入れた。


「影叶のバカ。」


 あまりにも子どもみたいな発言に周りの4人は唖然として固まっている。佐々木さんは笑いを堪えながらもそそくさとこの場を離れていた。


「望月くん、てこんな人だったっけ?」


 年下の天音が口を出した。俺はいつも通りのポーカーフェイスで言った。


「どういう意味?」


 すると、影叶がフォローしてくれた。


「望月は表情筋死んでるけど、中身は幼稚なんだぜ。」


 俺はムスッとして言った。


「ヒドイ。」


 プレートの上に乗っているパスタをすする。トマトソースとひき肉が絡められたボロネーゼは普通に美味しかった。次に社長が送ってくれたという高級なお肉を口に入れる。柔らかくて歯ごたえがあり舌に蕩けていく。肉ダレの甘めな味付けが肉のおいしさを引き立たせていた。文句なしに美味しい。少々、ワイワイ話すチームメイトから距離を置いて無言でパクパクと食べていると、リードンが影叶に話しかけていた。


「望月の面白い話他にないの?」


 俺は横目にジロッと影叶に目線を送る。しかし、影叶は全くこちらに気づかなかった。


「沢山あって困るな。」

「話さなくていいから。」


 すると、他3人が一斉に影叶の方を向いて注目した。何がそんなに興味をそそられるんだ?影叶は何か思い出したように話し始めた。


「昨日の練習でYo‐Yoテストしたじゃん。あれを夕方にこいつ(望月)とやったんだよ。」


 Yo-Yo 間欠性回復力テストとは激しい運動後の回復力を評価する測定方法である。それぞれの運動の間(5-15 秒)に10 秒間の休息がある。テストは2-15 分程度続き、反復回数は合計2回ゴールに間に合わなくなるまでだ。分かりやすく言えば20メートルシャトルランみたいなものだ。

 影叶は話を続けた。


「こいつ何回だと思う?」


 4人は顔を見合わせて考えるが、分からないと首を横に振る。影叶は答えを出した。


「60回。」

「30歳?」


 リードンに突っ込まれる。俺は天井を見上げてお手上げだと言わんばかりに口を開いた。


「うるさい。てか30歳に失礼。」


 ムスッとした顔していった。それがツボだったのか4人は爆笑し始めた。


「お前そんな分かりやすい表情できるんだ。」

「おもしれー。」


 などとはしゃぎながら笑われた。航なんてお腹抱えて大爆笑してるし、エンリなんて口元抑えて静かに笑っている。俺は小さく溜息をついた。


「影叶、人間やめてるでしょ。昼間の練習で100回超えてるのに、夕方70回走って。」


 俺は肩を落としてご飯を食べ進めたのだった。


※※※※


 夕食後の自由時間に自動販売機を求めてホテル内をうろついた。壁の向こうから楽しそうな話声や慌ただしい足音などが聴こえてくる。俺はとくに気にも留めずスタスタと歩いた。自販機を見つけるとお茶を買って自分の部屋に戻ろうと足を進める。すると、誰かに呼び止められた。


「望月。」


 振り向くと、どこか機嫌が悪そうな星也くんがいた。確か、29歳のベテラン側の選手だったはずなんだけど……?俺は星也くんの目を見る。星也くんは大阪人特有の軽快で明るく愉快な人だと思ってた。でも、俺がなにやら怒らせてしまったらしい。俺何かやったかな?いや、そもそも俺はそれほど星也くんと関わったことがない。


「えっと……こんばんは?」


 少し警戒しながらもあいさつをする。すると、星也くんは星也くんの部屋に連れていかれた。入ると、相部屋の人はいなかった。


「お邪魔します?」


 部屋に入ると椅子に座らされて星也くんの顔を見た。これはこっぴどく叱られるパターンだ。でも、俺は先輩に叱られたことなかったから不思議だなと呑気に思っていた。目の前のベッドに星也くんは座り、両腕を組む。やがて、声を発した。


「望月、影叶にお世話になっているようだな。」

「え?あ、はあ。まあ、ルームメイトだから。」


 全くの予想外の人の名前が出て来て頭にハテナが浮かぶ。確かに、星也くんと影叶は仲がいいみたいだけど……。星也は続けた。


「望月、影叶にも将来があるんだ。お前が足止めさせたら影叶が報われないだろ。」


 俺はますます意味が分からず呆然とした。俺は恐る恐る訊いてみる。


「えっと、結局何が言いたいの?」


 星也は溜息を大きくついて覚悟を決めたようにこちらを真っすぐ見た。怒りなのかなんなのか、よく分からないけど真剣に声を荒げていた。


「影叶にとっちゃお前、お荷物やで。コーチ一人抜けたぐらいでウジウジしとるぐらいやったら、さっさとチーム出ていったらどや?」


 星也くんは大阪人特有の関西弁が感情の勢いとともに出てきた。星也くんは鼻息を荒くしている。俺は目を伏せた。確かにその通りで、気持ちに整理がつかず中途半端にやっていればプロの世界から排除される。それは分かっている。でも、一つは言っておくべきことがあると思った。俺は立ち上がり、伏せていた目を星也くんに向けた。半開きで少し顎を上げて口を開いた。


「それは影叶が決めることだ。勘違いしているようだけど、俺は影叶に自らサポートしてとお願いした訳でもなんでもない。最初から最後まで影叶の意思だ。」


 俺は星也から背中を向けて立ち去った。後ろから、「おい!」と、引き留めるような声も聞えたけれど無視した。でも、星也の言っていることはよく分かる。その通りだ。その通りなんだ。胸に傷を負いながら、自分の部屋に戻って行ったのだった。

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