第8話 突然の別れ(回想最終話)

”ピピーーーーー!!!!”


 (終わった……。)

 

 疲れた脳で言葉として終わりを認識した。その瞬間、バタンッと派手に倒れて動けなくなった。この習慣はよくないな。眠り引き込まれる感覚は、水の底へ沈んでいくのと似ていることをよく覚えている。


※※※※

  

 気絶して目を覚ましたら、翌日だった……。見慣れている自分の部屋の紫を基調とした部屋のベッドで横になっている。(紫は小田切コーチの趣味である。)

 

 え???


「はぁー???」


 意味が分かんな過ぎて思わず素っ頓狂な声を出してしまった。記憶が混在してどこに目をやっていいのか分からずキョロキョロ部屋じゅうを見渡した。


「うるっさいな。」

 

 苦言を呈する声に導かれてバッと顔を真横にむけた。すると、目の前には小田切コーチがいた。表情は……うん、気分は悪そうだ。デビュー戦は夢なのではないかと勘違いしそうになるぐらい小田切コーチの俺に向ける表情は気だるそうである。失礼な人だ。

 

「おはよう。思ったより元気そうだな。」

 

 小田切コーチはきっと心配して損したとでも言いたいのだろうに、ため息をついきながら頭をかいている。大きなお世話だ。俺は思いっきりムスッと顔を顰めると、コーチはすぐに表情を緩めた。どうやら労って欲しい気持ちが伝わったようだ。

 

「昨日はよく頑張ったな。」

「ありがとう。」


 仏頂面で返すと、小田切コーチは苦笑していた。


「せっかく晴れ舞台だったのに湿気たヅラすんなよ。」

「……できなかった。」

「なんてった?」


 小田切コーチは耳をこちらに寄せた。俺は不貞腐れて布団の中に潜り込んで小田切コーチに背を向けてからもう一度言った。

  

「俺、みんなで喜べなかった。サポーターへの挨拶も行ってない。」

 

 毛がモフモフした毛布に顔を埋めて愚痴る。地味に胸が痛い後悔を恥ずかしく思いながら話した。すると、コーチ大声で笑い始めた。それはそれは長く、哀れみもくそもないらしい。笑いすぎじゃない?ひどくない?悲しんでる人の前で盛大に笑って……。

 

「お前らしいデビュー戦だったな。」

 

 コーチの無慈悲な言葉に、思わず大きく溜息を吐いた。なんだろう。哀しみより虚しくなってきた。どっしりとまた肩に疲れがのしかかる。サッと顔を小田切コーチに向けた。このとき見たコーチはにっこにこの満面の笑みだった。心做しかキラキラした背景が見えるような見えないような。俺よりも俺のデビュー戦を嬉しそうで上機嫌である。

 

「まあ、来年スタメンで出て、優勝して、みんなで喜べばいんじゃない?」


 またそんな適当な……。

 

「そんな上手くいくもんか。」

「でも、あるかもしれないじゃん。」

 

 コーチが楽しそうに夢を語る姿を見るのはいつも理想が強くて現実味がない。俺は無意識に口角をあげていた。それを聞いてると、自分は色々悲しんでたのがどうでも良くなってしまう。


「それも悪くないかもね。」


 だからそれに乗っかって、俺も同調してみる。

 俺は小田切コーチと目を合わせた。いつもの満面な笑みは悪魔のようだと思っている。それ程俺の心を揺らされてしまうから。

 俺は上半身を起こしてコーチを思いっきり抱きしめた。すると、コーチは抱きしめ返してくれる。

 

「おめでとう。良く頑張ったな。」

 

 改めて、デビュー戦をお祝いの言葉を掛けられる。嬉しさが脳に埋め尽くされる。幸せが体中に広がってくすぐったい。

 

「どうも。」

 

 気恥しくでぶっきらぼうに答えた。過眠症で練習にも出られなくてこんなにも悔しいことはなかった。なのに、小田切コーチのおかげで、小田切コーチがいなかったら試合に出れていなかった。今夜は監督の手料理だ。男飯すぎる豪華な食卓と長年の想いが包まれて二人で盛大にお祝いした。こんなに嬉しいことはなかった。


 こうして今シーズンは終わった訳である。これで今年の大きなイベントはおしまい。そんなはずがなかった。 


――――――……


 一週間後に伝えられた。


「か、い、がい?」


 言葉を失って立ち尽くす。何故なら小田切コーチの海外行きが決定したからだ。

 聞いてない。同じ家に住んでるというのに、一度も俺には話してくれた事がない。何も聞いてない。現実を受け止めきれずに呆然と遠くで監督と話す小田切コーチをじっと見つめた。まるで、目の前が黒く塗りつぶされていくような感覚を覚える。

 

 俺はそもそも俺の専属コーチになった理由を忘れていた。小田切コーチは選手の道を諦めてコーチとして海外に行くという夢があった。夢を叶えるために俺の世話をしていたのにどうして忘れていたのだろう。それでも、言ったじゃないか。

 

「俺も一緒に海外に連れてってくれる、て約束したじゃん。」

 

 裏切った。ずっとこのまま一緒にいてくれるのだと思っていた。目の前がぼやけていく。頬に水がつたっていき、手で触ってみればそれが自分の涙なのだとようやく気がういた。我ながら子供のよう、赤子のように……。

 遠くで小田切コーチが全体に対するメッセージを送っている。


「自分の夢を叶えられたのはみなさんのおかげです……。」


 しかし、複雑な感情と自分の心の声が邪魔をして何も聞こえない。違う、聞こえないのでは無い。聞きたくない。キャプテンも他のコーチも、監督も小田切コーチに詰め寄って楽しそうに会話をしている。自分はそれを眺めながら呆然と涙がダラダラとでていた。小田切コーチは楽しそうな会話を終えてこちらへ詰め寄った。そして、

 

「今までありがとう。」

 

 だなんて俺は認めない……。俺は横に力なく首を振って拒否する。

 

「いや……いや……いやだ。」

 

 認めてない。裏切った。酷い。

 

 だから、俺は子どもなんだ。知ってる。もう二十二歳なのに、来年で二十三歳なのに。本当の年齢程、俺は大人じゃないんだ。酷いよ……。小田切コーチがこの場から去ってもしばらく動けなかった。自分の心はぐちゃぐちゃで三十分ほど立ち尽くしていた。


※※※※


 それからどうやって家に帰り、日々を過ごし、小田切コーチを海外まで見送ったのか全く覚えていない。最後まで大した会話なんてできなかった。上の空の毎日が果てしなく続いていったのだった……。


※※※※

 

 小田切コーチが家に姿を見せなくなり、元々だだっ広く持て余した家がもっと寂しくなった。空虚な心が支配して家にいるだけでもう辛い。


「俺はなんのためにサッカーすればいいの?」


 訊いてみた。誰にとは言わずとも、小田切コーチが気づいたのか遠くからこちらに顔を向けた。目がバチッと合いホッと安心した自分を殴りたい。


 なぜなら、小田切コーチは微笑んでいたからだ。


 それが、自分の涙を増やす要因となる。気持ちが高ぶって更に涙を零していった。コーチは何か言っているように口を動かしているのが見える。

 

(何?なんて言ってるの?)

 

 遠くにいるからじゃない。今の自分の立っている場所が夢の中のようで、コーチの声は何も聞こえなかった。


———違う……ここは本当に夢の中だ。———


 今までのことは全て夢だったんだ。期待を胸に膨らませて重い瞼をこじ開け、布団から無理やり自分の体を引きはがした。リビングや小田切コーチの部屋に足を運ぶ。しかし、そこには小田切コーチの姿はあるはずもなく、小田切コーチの私物でさえも置かれていない。元々自分は孤独だったのに、今更この状況を認められないなんて……。


 自分のサポート役の人もいないのに、年を明けて初練習に持病である自分が参加できるわけがなかった。相変わらず家で時間を潰すかのように眠りこける毎日だ。それでも、監督は自分を諦めていなかったようで、わざわざ家まで足を運んでインターフォンを何度も押された。めんどくさいなと思いながら玄関を開ければいつも通りの監督がいた。怒るわけでもなく、哀れむわけでもなく、本当に淡々と言われたのだ。


「明後日出発するよ。連れてってやるから今準備しなさい。」

(何言ってんだ。こいつ。)


 なぜか監督はにっこりしている。心の中でだいぶ失礼なことをおもったが、監督には逆らえない。というか、逆らう気力もない。これが俺が沖縄キャンプに素直に出向いた理由であった。

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