第5話 キックオフ

「望月、お前はベンチだ。」


 監督の声にゼッケンを渡された俺は、なんとなく両手で掴んだ。それが白だと気づいて、思わず二度見する。 控え組は赤色だ。これはスタメンが着るゼッケンである。


「予定通りに試合が進行すれば、後半から交代させる。」


 言葉が頭に届く。疑問が頭に付着して思考してる分返答に少し間が空いた。ゼッケンと監督を交互に目線を送る。


「……最終節ですよ?」


 疑問というより確認に近い。眉を八の字にしながら監督を見ると、周りの空気が急にひんやりした気がした。


 チームメイトたちが黙ったまま俺を見つめている。 理由は分かっている。練習にもろくに出ていなかった俺が試合前こんなギリギリな場面で出番を告げられたからだ。思わず小さく息を吐く。


「望月。」


 監督が近寄り、肩に手を置く。その力は思った以上に強かった。


「クラブの存続はお前にかかってる。」

「飛躍しすぎ。そんなクラブが消滅するみたいな。」


 少々呆れた表情を見せた。すると、なにやら背後からベンチだったセンターバックの視線を感じた。彼の顔には戸惑いと苛立ちが混ざっている。 横目で小田切コーチを見ると、なにやら自分事のように嬉しそうにニコニコしている。俺がゼッケンを着る様子に何か意味でも見出しているのだろうか。


 安岡の顔が目に入った。驚きと困惑が隠せない表情だったが、俺は何も気づかない振りをして横を通り過ぎた。



※※※※


 当日のお昼過ぎ。

 FC宇宙ステーションのホームグラウンドまで行くバスでは、いつものように意識が薄く半分寝ている状態であった。現地に到着すれば……。


バシッガッゴッ……


 鳴るはずのない音が響く。刺激が頭や身体に渡り、衝撃よりも驚きで飛び跳ねるように起きる。車中をぼんやりとした目で見渡す。バスの中にはもう既に誰も乗車しておらず、残ったのは俺らだけだった。


「起きたか?」


 小田切コーチはいつものように笑みを浮かべていた。しかし、今日は特別に機嫌が良かった。ベンチ入りして出場を約束されたのは俺であって小田切コーチではないのに。俺は思わずフッと笑みを浮かべた。


※※※※


 そしてまた時間が過ぎていきホームグラウンドでのウォーミングアップを済ませた。控室で初めてユニフォームを着る。


「かっこいいじゃん。」


 小田切コーチが冷やかしたいのか軽口を叩く。それはそれは子どもを可愛がる親みたいで...。


「やめてよ。恥ずかしい。」


 俺は思いっきり頬を膨らませてムスッとする。このやり取りは日常そのもの。それが緊張を和らげてくれる。顎を引いて自分のユニフォームを見てみると、スポンサー企業のカッコいいロゴと黒に近い藍色のシンプルなデザインに目を奪われる。ユニフォームがかっこいいのは否定できない。俺は本番こそ冷静になって物事をいつもより考えられるような性格だった。だから、ただ今は楽しみだという一人で子供みたいにワクワクしていた。


「かっこいい...。」


 周りのチームメイトには聴こえないような小さな声で本音を漏らしたのだった。


※※※※


 しばらくすると監督が中に入って来た。そろそろ出場時間らしい。ピリピリした空気を読み取り、みんなで円になって監督の方へ体を向ける。


「今日はね、結構厳しい立場としてプレッシャーがかかるタイミングだけど、練習場でも言ったけど、リラックスして、自分のやるべきことをしっかりと行う。手を抜くな。スピードを緩めるな。みんなで最後まで一丸となって戦い抜く。いい?今日勝てれば今まで苦しかった分も還元される。最後まで戦い抜こう。はい、キャプテン。」


 今度は顔だけキャプテン、水野太陽選手の方へ顔を向けた。真剣さもある。けれど、いつもの安心感を漂わせてくれる水野という人柄がリラックスする環境を提供してくれる。


「今日は、監督も言ったように厳しい環境ではあるけれど、最終節、勝っていい気持ちで締めくくりましょう。」


 語尾を強めに言い終えると、全員で「はい!」と低い声で気合十分な雰囲気をさらに高める。円陣を組んでキャプテンが「行くぞ!」と言うと、全員で「オー!」と一段階盛り上がったのだった。


※※※※


 選手紹介が行われ、選手たちは子どもたちと共にフィールドに入場した。そして、スターティングメンバ―はフィールド場で円陣を組む。その様子をフィールド外でウォーミングアップをしながら眺めていた。いつもサポーターに紛れて上から見る景色とはまた違う視点で覗き込む。当たり前だが平坦で選手同士が重なって見えるときがあるから見づらい。それでも動きながらも目を凝らして見守ることしかできない。

 FC宇宙ステーションのフォーメーションは4‐4‐2だ。よくある守備型の形だ。相手のフォーメンションは3‐4‐2‐1である。


 それぞれがポジションについてキックオフ。つまり、試合開始だ。


 出だしは順調だった。FC宇宙ステーションがボールを保持して(通称、宇宙ボール)いきなりシュートまでボールが回され会場全体が盛り上がる。そして、なんと五分ちょっと経ったところで先制点が生まれた。ゴールしたのは山本のヘディング。得意なコーナーキックからのファー側からのアプローチだ。まさか、こんなに早く点が取れるなんて…選手、監督、コーチ陣、サポーターと喜びを交わしあった。自分も喜びたい気持ちはある。でも、ベンチではその場の空気に馴染めず気持ちの行き場がなかった。ハイタッチする相手も見つからずにいたが、隣のゴールキーパーに強く抱きしめられた。内心嬉しくて照れていたけれど、ゴールキーパーはキャプテン同様、ベテランの大人の余裕と温かさが身に染みる。


「やったー!最高!」


 ひたすら喜びを連呼するゴールキーパーの元、俺はその場の感情を分かち合おうとしていた。普段、感情を表に出すのが得意じゃないから、こうやって精一杯喜びを伝えようとするのは少しぎこちない。それでも、「良かった。良かった。」と落ち着いた口調で繰り返すうちに、自分の顔が自然と微笑んでいることに気づかなかった。喜びというよりも、どこかほっとした気持ちが大きかったのかもしれない。途中交代が決まっている自分にとって、良い雰囲気で試合が進んでいることはとても安心できる。


 先制点をしてもまだ試合は続く。喜んだのはこの瞬間のみで、その後は見ていて厳しいものがあった。俺は試合展開に一喜一憂しながら自分の出番のことも含めて冷静に視線をフィールドへ向けていた。現在1‐0で勝ってはいるものの相手のターンが続く。明らかにフリーでカウンターができそうな瞬間でも相手の明らかなセンターフォワードの技術不足により助かっている状況だ。必ずその敵のセンターフォワードとキーパーとの一対一まで追い詰められる。でも、キーパーの卓越した反射神経により何とか凌いでいられている。それでも、宇宙が攻めてもDFの動きが思ったよりもフィジカルが強くて裏が取れそうにもない。つまりシュートまでもいけない状況だった。だからと言って時間稼ぎするのにもまだ前半の中盤である。そんなことしてたらひっくり返されて得点されるのがオチである。横目で監督を見つけると口調を荒げて選手たちに訴えている。宇宙のサポーター達の反応もいいものではないのは当たり前だ。


 そんな状況を俺はベンチとしてフィールド外で動きながらもよく見て考えていた。俺、個人として冷静に様々なパターンの戦術をシュミレーションができていた。自分が出るからには最大限の力を引き出さなくては。少なくとも自分がでる時までは1-0でいて欲しい。そうすれば自分がこの状況を打開できる確信がある。だから俺は前半でなんとか逃げ切ることができるのをひたすら拝んでいた。


※※※※


 やがて願いが叶い逃げ切る形で前半四十五分が経ちハーフタイムへ突入する。俺はゼッケンを脱いで控室へ入った。このままでは流れを良い方向へ持っていかなければ点を取られてしまうかもしれない。そんなタイミングで自分は起用されることになる。


 俺はチームメイトの視界から隠れるように分析コーチを務める宇佐美コーチまで駆け寄った。すると、デバイス(ルナ・アナリシス・システムを使用するための装置)を腕に取り付けられた。宇佐美コーチは余計なことを話さず背中を三度叩く。そして、「行ってこい。」と短く言ってチームメイトの元へ駆け寄らせた。


「宮田と柳井交代。できるな。」


 告げる監督はいつもと変わらぬ真剣さを感じる。俺は特に不安を語るわけでもない。俺は頷いて質問を付け足して監督に確認を求めた。


「はい。でも、監督が俺を信じていいんですか?」


 これは確認だ。俺はフィールドに立つ以上自分の役割を全うするだけで、最悪逆転したら心の中では監督のせいにしようと決めていた。今更出場間近となって自分が信頼される理由を聞いたって仕方がない。それでも、一応監督の意思を受けっ取っておきたかった。。

 監督は俺の期待を裏切ることなく強いまなざしをしてしっかりと頷く。


「任せた。」


 そして背中を強く叩かれた。そして今度は小田切コーチの方を見る。他のコーチにも目線を送るが、それぞれ躊躇なく真剣な顔をしてしっかりと頷いてくれた。小田切コーチは親のように一番傍で見守ってくれた人だ。俺の過去の苦しさも悲しさも全部知ってる。だから、きっと俺の今の気持ちも分かってくれているだろう。それほどのコーチからの信頼を一身に受け取った。俺はは目尻を伏せる。


「そう。」


 もう多くは語らない。自分の中で覚悟が決まり、練習時から本番時の自分自身のモードが切り替わる音がした。


「分かりました。」


 先ほどの先制点した喜ばしい瞬間が胸を一層強く引き締める。前半の上手くいっていた瞬間と上手くいかなかった流れ、相手チームの情報処理が一気に頭の中で処理されていく。

 俺は着ていた黄緑色のゼッケンを脱ぎ去ったのだった。

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