5

 その日は椚木先輩が用事があるというので、いつもみたいにファミレスで集まってから解散という流れにはならず、現地でバラバラになった後、幸子と斉藤さんの三人でカフェで一時間ほど過ごした。

 実は高校時代に幸子も斉藤さんも男子から告白された経験があると知って驚かされたが、よく考えると私もつい最近、よく分からない男性から同じようなことを言われたのだと思い出す。

 アパートのドアを開けて昼下がりの陽が差し込むリビングに戻ると、きょう子もキョウコも横並びで眠っていた。いつもなら騒がしいのに、逆にこんな風だと何かあったんじゃないかと戸惑ったくらいだ。

 冷蔵庫の中を確認して妙なものが増えていないかどうかを見る。

 あの宮内翔太郎が現れて以来、時々奇妙なことが起こっているから神経質になっていた。


「大丈夫」


 わざわざ口に出して安堵すると、部屋に戻り、出されている課題に手をつけようと思ってノートに手を伸ばす。

 課題の殆どはレポートで、図書館で借りてきた資料が山積みになっていたが、読むだけでもなかなか骨が折れた。

 そういえば斉藤さんが一緒にレポート課題とかやりたいと言っていたことを思い出し、携帯電話を手に取る。

 着信記録があった。

 それも友だちや大学の知人からではない。

 岩根雪雄。私の今の父親だ。


「かけないの、電話?」


 ――え?


 後ろから声がして、でもそれがきょう子のものでもキョウコのものでもなかったから、私は振り返ることができずにそのまま声を返す。


「だれ?」

「誰じゃないでしょう? こっちを見れば分かる。それとも……また逃げ出す?」


 背中を嫌な汗が流れ落ちていった。

 心臓は強く早く脈打ち、私は呼吸がうまくできない。


「ま、私のことはいいから、電話してみたら?」


 それでも一度だけ、顔を少しだけ回して思い切り目線だけを後ろに飛ばす。

 そこには赤い眼鏡を掛けたもう一人の私が、右手を腰にやってじっと立っていた。


「嘘……」


 彼女は笑う。


「そんな……そんなはず」


 呼吸が苦しい。

 視界がちらついて、私は体を開いて後ろを見ると、支えようとした右手から体勢を崩して半分寝たような格好になる。

 彼女はそんな私を見下ろしながら近づいてきて、すっと手を伸ばした。


「大丈夫? 岩根今日子さん?」

「あなたは……」

「私はね、岩根明日子いわねあすこ。二十歳の学生よ」

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