第三話 私とわたしたち

 楽しそうなきょう子・・・・たちの笑い声に、私はゆっくりと目を開く。

 また布団の上で飛び跳ねたり、好き勝手に押入れから物を引っ張り出してばらまいたりしているのだろう。

 そんな思いでぼんやりとした視界の中に何人かのシルエットを捕まえる。小さなのはきょう子・・・・だ。まだ五歳だった頃の私のIF、イマジナリーフレンド。他にもう一人、壁を背もたれに本を読んでいるキョウコ・・・・は十五歳の自分。彼女もまたIFだった。


「あれ?」


 私は三人目の存在を確認して、慌てて上半身を起こす。


「あ、起きた?」


 そう言って笑顔を見せたのは、もう一人の私ではなく、あいつ、宮内翔太郎みやうちしょうたろうだった。


「どうして家にあなたが入っているの?」

「覚えてない? 急に今日子が倒れたからここまでみんなで運んできたんだよ? ねえ」

「うん!」


 きょう子もキョウコも一様に頷いている。

 右のこめかみ辺りの痛みを手で押さえながら、意識が無くなる前のことを必死に思い出そうとするけれど、うまく考えられない。


「それは嘘よ。この子たちにはそんなことできないわ」


 IFは単なる私の幻想だ。

 不安そうに見つめている五歳の小さな私であるきょう子も、腕組みをして険しい目線を向けている十五歳の私であるキョウコも、どちらも私の想像上の友だちでしかない。だから彼女たちに私をどうこうする力はないのだ。


「今日子はさ、もうちょっと他人の言葉に耳を貸した方がいいよ」


 マッシュルームカットが実に馴れ馴れしく「今日子」と呼び、私に苦笑を向ける。


「他人の家に無断で上がり込むような失礼に、そんな説教してもらいたくないです。もう私は大丈夫なんで出て行ってもらっていいですか?」


 上半身を起こして彼をにらむようにする。握った右手を心の中では思い切り相手にぶつけていたが、流石にそこまでするほどの元気も勇気もない。


「緊急事態だから仕方なかったんだけどな」


 彼はそうぼやいて立ち上がると、玄関の方に向かって大きく一歩を踏み出す。だがその動きをすぐに止め、起き上がろうとする私に振り返った。


「出ていくけどさ、その前に一つだけ確認させてもらいたいんだ」

「何?」


 見上げた私に笑みを向けると、彼はわざわざ「岩根今日子いわねきょうこさん」と前置きをしてから、こう口にした。


「二十歳になったらボクと結婚をするという約束について、正式に返事が欲しいんです。できれば近日中に」


 その混じり気のない悪意に、私の目の前は再び暗がりを求めた。

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