第12話 ヒント

 

 窓から宝石のようにキラキラと輝く朝日が差し込む校舎の廊下。床を照らす光の雫を踏みつけながら早足に歩く。


 いつもどおり騒々しい2年D組に入る。

 すると、やはりいつもどおり女子たちが少し声量を落とした。

 はぶかれているみたいで少しショックだが、他意がないのは分かっている。

 前世でも男子がAV女優の話題で盛り上がっているところに女子がやってきたら、それまでの盛り上がりが嘘のように静まり返ったものだ。

 それと同じことが起きているのだろう。

 女子の化粧や制汗剤の匂いを掻き分けるように自分の席へ進んだ。


「やぁ、おはよう。ミッションは順調かい?」隣の席のローラが頬杖をついて目だけを僕に向ける。今日は緑の髪の毛をおさげに二つ結びにしている。なかなか可愛い。


「スタートラインにすら立てていないよ」事実だった。僕は嘘がつけない。

「あのねェ……。言っておくけど1年なんてあっという間だからね?」


 ローラが目を細める。

 朝から説教とは本当に鬱陶しい限りである。

 僕はローラの頭を抱き寄せ、おでこにキスをした。


「きゃァァアア」と周りの女子が叫ぶ。

 当のローラは一瞬遅れて、ガタタッと椅子から転げ落ちた。


「にょォオアアア?! なァ、ノァ、にゃ?! なななんでキス?! そういうシーンじゃないじゃん! イラッとして舌打ちとかするシーンじゃん!」ローラが真っ赤に茹で上がった。

「ムラッとして不意打ちするシーンだと思って」

「誰が上手いこと言えと!? てか全然上手くないし!」


 ローラが机を支えに立ち上がり、椅子に戻る。

 そして、椅子を引きずって少し僕から距離を取った。





「なぁローラ。お前、白金かな子って知ってる?」ロリっても神なのだから、全知全能であってもおかしくない。期待をかけて聞いてみる。


「知ってるよ。白金財閥のお嬢さんでしょ?」ローラが話したのは世間一般の公表されている事実だ。全く役にたたない。


「ガネっちがフラれて引きこもってんのは?」

「もちろん知ってるよ。神だからね。キミ達が白金さん家に押しかけて迷惑をかけたことも知ってる」

「迷惑をかけたのは栗栖だけだ」

「キミも大概だと思うけど……」


 僕は終始常識人だったはずだ。まったく失礼してしまう。

 それはともかくとして、ローラには全てがお見通しのようだった。

 ならば、話が早い。


「ガネっちをフッたやつって、誰なんだ?」



 それが一番知りたい情報だ。

 デリケートな問題だから、やたらめったら聞き込みをするわけにもいかない。

 少しズルいがロリ神チートを利用させてもらおう。



「言うわけないでしょ。白金さんが可哀想だよ」ロリ神が「ベー」っと舌をチロリと出す。

 僕はその舌をむんずと指でつまんだ。


「んァア?!」


「頼む、ローラ! この通りだ!」

どの通りろのろーり?! ちょ、やめてぇひょ、やめへぇ!」


 ローラはもがくが、暴れれば舌が引っ張られるため、大した抵抗はできない。僕の指はローラのヨダレでベトベトだが、舌だけは絶対に離さない。


「ローラ! 僕の『アンパ●マン覚悟』を見てくれ!」もう一方の人差し指で、アンパ●マンを書くようにローラの舌をなぞる。


「んぁああ?! だめぇえらめぇえ——んぁ❤︎」


 ローラは瞳を濡らせ、時折ピクピクと体が小さく跳ねる。余程アンパ●マンが好きらしい。やはり子供だ。


「やめ——んぁあん❤︎ やめ、やめてェやめへェ! 分かったわかっは! 分かったからァわかっははらァ!」


 ローラは屈した。僕はローラの舌を離し、ローラのワイシャツでヨダレを拭いた。

 ハァハァとローラが荒い息を整える。






「ハァ……もぅ。ホントはダメなんだけどなァ」どんよりと疲れた顔でローラが言う。

 未だ耳まで恥辱に染まり、顔をぱたぱたと両手で仰ぐローラをじっと見つめて言葉を待った。

 準備が整ったのかローラが口を開く。
















「あの子が恋したのは…………男子バスケ部。その中の誰かだよ」とローラが静かに言った。









 男バス、か。

 なるほど。









 …………………………。









「…………で?」

「『で?』って……これだけだよ?」









 コイツ使えねェー……。男バスが何人いると思ってんだよ。









「な、何だい、そのゴミを見るような目は!」

 ローラの抗議を無視してゴミを見る目を続けていると、不意に僕のスマホが振動した。

 メッセージの通知が画面にあがる。






『昼休みに寮に来なさい』






 桃香先輩からのお呼ばれだった。

 言い振り的に説教目的っぽいが、かまわん。

 接点をもつことが大切だ。

 これはミッション一歩前進と言えるのではないか。

 僕はポケットから飴玉を取り出してローラの机に置いた。


「なになに? くれるの? やったァ。なんだかんだでちゃんとボクに感謝してるんじゃん。素直じゃないなァ」ローラが嬉しそうに飴の袋を開けて美味しそうに頬張る。

「別にそれは感謝じゃない」

「またまたァ〜。そういうのツンデレって言うんだよ? かっわい〜」ローラがこれまでになく調子に乗っている。ウザい。


 教室の前方の扉がガラガラと開いた。


「よーし、授業始めるぞ〜」


 国語教諭のマリコだ。厳しく説教が長いことで有名な若手の教師である。

 授業が始まり、静まり返る教室に黒板をチョークで打つ音とマリコ先生の大きく張った声だけが響く。


(そろそろ頃合いか)


 僕は唐突に立ち上がりながら挙手して叫んだ。




「先生ェ! ローラさんが飴玉舐めながら授業受けていまァーす!」


 マリコ先生の抜き身のナイフのような視線がローラに突き刺さる。




 ローラは『図ったな……!』とでも言うようにあんぐりと口を開けて見開いた目で僕を睨む。

 ローラの開いた口から飴玉が落ちてカッと机に打ち付けられた。証拠が露呈した瞬間である。





「ローラさん、廊下に立ってなさい」





 ローラは涙目でトボトボと廊下に出て行った。




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