「暴力」「平和」とわたしたち

荒川馳夫

拳(こぶし)

あるボクサーが勝利後のインタビューに答えた。

彼は、ずる賢い戦法で戦う、評判の悪い男だった。

記者がこう質問した。


「あなたは、世間で卑怯なボクサーだともっぱらの噂です。そのことについて、どのようにお考えですか?」


彼は、その質問にこう答えた。


「確かに汚い戦い方をしているかもしれません。だけど、ルールを破ることはしていません。勝つために考え抜いた、私のスタイルだと思っていただきたいです」


「そうですか」と記者が淡々と相づちを打って、インタビューはそのまま終わるかと思われた。直後に、彼が付け加えた。


「このインタビューを見て、無数の見えない拳で殴り続けてくる。そんな方々の戦法が、私には卑怯者に思えてなりません」


彼はそう言い終えると、堂々とした態度で去っていった。

奴らの拳など効かない、と背中で表現しているようだった。

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