発露
第10話 視えるの?
翌朝、朝食を済ませた蒼音は、休日をくつろぐ両親を家に残し、茜を連れて町内へ散歩に出かけた。
「ちょっと近所を探検してくるね。昼までには帰るから」
学校周辺の道を憶えるためと、そしてもう一つ、両親以外の他の誰かにも、本当に茜の姿は視えないのだろうか?
それを確かめるために。
今日は幸い土曜日であり、通学路に小学生の姿はほとんど見当たらなかった。
転校したての昨日の今日で、あまり学校の子供と遭遇したくはなかったのだ。
『蒼音、朝のさんぽ気持ちいい』
「うんそうだね」
『あたち、蒼音とさんぽたのちい』
茜は機嫌よく蒼音の後を、ふわふわ漂いながらついて来た。
蒼音はそんな様子を見て驚いていた。
(・・・ふうん、茜って幽霊のわりに朝日は平気なのか。
今朝ベッドで目が覚めた時も、僕のすぐ真横で茜が寝息をたてていたから、びっくりしちゃったよ。
幽霊も眠るんだって。
それに・・・
昨日の出来事はやっぱり夢じゃなかった。
そう改めて実感したから)
『?蒼音、今何考えてる?』
「ん?うん、なんだかおかしくって。
茜を連れて歩いていると、犬の散歩?
ううん、手乗りインコを飼っている気分なんだもん」
蒼音は時折すれ違う通行人に、怪しまれぬよう小声で答えた。
『インコ?それ可愛いの?』
「かわいいよとっても」
茜と二人たわいない話をしながら歩いていると、とうとう小学校まで来てしまった。
「・・・やっぱり誰にも茜の姿は視えなかったようだね。
こうやって歩いていても、誰一人として、宙に漂う和服姿の女の子を怪しむ人はいなかったね」
校門前に立ちすくみ、蒼音はうつろな瞳で学校を眺めていた。
休日の学校には独特の空気が漂っている。
昨日登校したばかりなのに、平日とは全く別の建物のように見えるのが不思議だ。
ひとけのない校舎では、子供達の想像も及ばぬ次元の扉が、そっと開かれているのではないか?
そんな禍々しい空想を掻き立てられるほどに、休日の校舎は妖しげで異様なオーラを醸している。
校舎同様、休日の中庭もまた、摩訶不思議な場であった。
ひっそりと佇む池の中のビオトープで、ゆったりと泳ぐ鯉やメダカの群れ。
無駄に閑散とした空間が、もったいなくもあり、それが清々しくもあり。
しかし初夏の今、運動場の様子は違うようだ。
土曜の校庭では、少年野球チームの子供達が、一生懸命に練習する姿があった。
溌剌と威勢よく掛け声をあげ、爽やかに走る姿は青春真っ只中だ。
太陽の下、仲間とたわむれ汗を流す同年代の子供達を見ていると、蒼音はたまらなく胸が締め付けられた。
転校を繰り返す蒼音に親友と呼べる友人は、この世のどこにもいなかった。
(もし・・・・
僕が孤独じゃなかったら、幽霊なんてとり憑く隙もなかったのかな?)
『蒼音どうちた?ぐあい悪いの?』
落ち込む蒼音を気づかい、周囲をぐるりと浮遊しながら、茜は心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん大丈夫・・・もう家に帰ろうか茜」
二人が学校を後にしようとしたその時、後ろから聞いたことのある声が飛んできた。
「園田君!」
振り返るとそこには琴音が立っていた。
「あ・・・えっと・・・・
桜井さん・・・・?」
「うん、同じクラスで隣の席の桜井琴音。
覚えていてくれたのね、あたしの名前。
せっかく転校してきたのに、土日を挟んじゃうなんてあんまりよね。
今日は?学校まで散歩?」
「うん、ちょっとね。
桜井さんこそ土曜日に学校?
それにその格好・・・・
えーと・・・・」
「うん、体育館で剣道をやってるのあたし。
驚いた?
よく言われるの。
琴音っていうくらいだから、お琴の教室にでも通ってるんじゃないか・・・
なんてね。
実はそんなにおしとやかじゃないのよ。
土曜日の午前中は稽古なの。
園田君、よかったら稽古体験してみる?
小学生から中学生まで、うちのお兄ちゃんとか同じ学年の子もいるよ」
「あ、ううん。
僕はいいよ。運動音痴だから」
剣道着の袴を着こなす琴音を目の前にして、蒼音はちょっとドギマギしていた。
結い上げた長い髪も昨日とはまるで別人に見えたからだ。
蒼音の心臓の音が、まさか琴音に聞こえたのだろうか?
彼女もまたもじもじと、落ち着かぬ様子で蒼音をじっと見ていた。
「・・・・・ねえ
・・・・ところで一つ聞いてもいい?」
「え・・・?」
「・・・・あの
・・・・・・・・あたしが教えちゃっていいのかな、こんなこと・・・
その・・・・・・
園田君はもう感づいているよね?
その様子ならそうだよね?」
「え、あの・・・何が・・・」
蒼音の脈拍が早まった。
「あの・・・・
後ろにいる可愛い女の子は、園田君の妹さん・・・・・・
なわけないよね。
だってふわふわ宙に浮いてるもんね・・・・
あは・・・・・」
何気ない琴音の一言で、蒼音は先ほどの気の迷いもふっとんでしまった。
「視えるの?!
・・・・・桜井さんには視えてるの?」
蒼音は琴音に食いつかんばかりに詰め寄った。
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