第22話 2ー春2 過ぎ去りし後

 伊藤 春いとうはるは中学のブレザーを棚引かせて、自転車に乗っている。

 父である他クラス担任の伊藤 秋継いとうあきつぐの命令により、炭酸飲料と経口補水液、お菓子を前籠と後籠、ハンドルに荷物をに入れて運んでいる。

 血縁が中学の担任をする事はルール上駄目だが、同じ学校に通うのは問題なかったようだ。

 だが、秋継は3クラス分の食べ物の買い出しを頼んだ。春一人に……。


「伊藤先生は私に当たりがキツすぎるわ! 」


 心臓破りの坂を登って行く。自転車から降りず、立ち漕ぎしている。

 登りきると末摘花が自転車に乗って待っていた。

 正確には彼女の名前は末摘花ではないが、後で説明する。


ひかる!部の皆。あんた居ないと話が進まないよ!特に若紫が何も言わないけど動かないわ……」


 春が玉のような汗を拭いながら、ブレザーを脱いで満杯の前籠に乗せた。


「光って呼ばないで……」


 春の息がキレている。


「役割に納得してない?そんなの春だけだわ。皆、セリフ憶え始めてる」


「朗読劇だからセリフを覚える必要ある?」


「無いけどね。でも、感情を込めないで朗読は淡々としいて、面白いわね。良く文芸部顧問が演劇顧問に相談して思いついたわ」


「末摘花何て一部分だけしか出てこないじゃない……。光源氏なんて毎回毎回出てくるのよ……」


「だから、演劇部顧問が第一部のワンシーンだけの戯曲にしたじゃないの。展開を女性ごとに変えて、まあ、朗読だけど……」


 春が光源氏の箇所を朗読する為に、役名で呼び合っているのである。末摘花と呼ばれる彼女も春と同じクラスメイトだ。きちんとした名前はある。


「私があの長いセリフ覚えられる訳ないでしょ?光源氏よ。古典教師だから嫌がらせだわ。まだ戯曲を直しているのも嫌だわ。読み間違えそう……」


「文芸部に入ったんだから、諦めな」


「末摘花がさそったのでしょう……が……」


「必ず部活に入る事。我が校の決め事でしょうが……。伊藤先生も体育会系の顧問でしょ? 」


「伊藤先生の話はいいの! 」


 父の名前を出されるのは弱い春。絶対に学校ではパパとは呼ばない。


「伊藤先生、繋がりで悪いけど晴先生。又、女の子に告白されてたよ。共学なのに流石のルックスだわ。27歳なのに衰えない。あんたの父親の伊藤先生も結婚して娘のあんたが居るのに、先生の人気も凄いわね。伊藤家の血筋はモテるのかしら……。あんたも男子にモテてるわよ。顔は可愛いからね」


「悪かったわね。性格が歪んでて……」


 末摘花が春の自転車ハンドルの荷物を取り外し、前籠に詰め込んだ。それだけで、籠が一杯になる。

 二人は学校近くの細い脇道で連なって自転車を押し始めた。


「晴先生に、又告白して空蝉が玉砕してたわよ。あの子も懲りないわね。晴先生は恋人居るって公言してるのに……」


 春が渇いた笑いをした。


 秋継が父。節が母。晴が秋継の兄の息子、春にとって叔父。晴の恋人と言うのは時宮 紅ときみやこう。その上、紅とは春の想い人である。


 晴も紅も男性同士だ。だが、同棲していても誰も何も言わない時代になった。


 彼らは春が幼い時は家に良く遊びに来た。だが、春が4歳になる頃、彼らが中学を卒業する頃に紅は春に合わなくなった。幼い春は泣いて父を困らせた。晴が「これは仕方がない事なのだよ」と言って良く遊んでくれた。だが幼い春には理解が出来なくて、当たり散らした記憶がある。


 彼女は紅が父に惚れているとは知らなかったのだ。成長した今なら分かる。紅の瞳の色に情熱が有る事を……。そして、春も未だに紅を忘れられない事を……。


「晴先生も伊藤先生も関係ないわよ。私は私なのだから……」


「まあ、そうね。」


 学校に着くと文化祭の準備に忙しくなく動いている生徒達が見えた。


「担任に渡して早く部活に戻るわよ。光源氏!」


 末摘花が叫んだ。






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