復讐のリストカット

猫屋敷 鏡風

特殊能力

大丈夫?ときかれて我に返る。目の前に居るクラスメイトの十神は心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。


「え、ああ、ごめんなさい!えーと…」


そうだ。私は今十神と2人で学級委員の仕事をしていたのだ。私とした事がすっかり上の空で彼の話を全く聞いていなかった。

私が戸惑っていると、


「無理しなくていいよ。三枝さん、好きで学級委員になった訳じゃないもんね。」


と苦笑いの十神に言われた。


「それを言うなら十神くんだって…」


そう。私も彼も自ら進んでこの役割を引き受けた訳では無い。私はこのクラスの女子グループに、十神は男子グループに無理矢理押し付けられたに過ぎないのだ。


「まあ、俺の場合は暇だからさ。でも、三枝さんは…何て言うか…すげぇ嫌々やらされてるっぽかったし…。本当、嫌だったら俺一人で大丈夫だからね?」


私に気を使ってくれる十神。でもここで彼一人に任せたら私もあいつらと同じになってしまう。私はそんなに気を使わないでと答えた。


「そっか。じゃあ続きしよっか。えっと、このプリントを班ごとに分けるんだ。」


机上には膨大な量のプリント。前に受けた英語の小テスト3回分。これを仕分けるだけの単純作業。私と十神はまずプリントを半分ずつに分け、作業に入った。気が遠くなる作業。視界に入る嫌いな人間達の名前。

私はふと思いついた。そうだ…今こそあの力を使うチャンスなのではないだろうか?私が幼少期から持つ特殊能力を…。


「ねぇ、十神くん…」


思いつくや否や私はプリントの束を置き、十神に問いかけた。


「今から私がすることは…見なかったことにしてくれますか?」


突然意味のわからない事を言われ、当然十神は固まっていた。


「見なかったことにする?え、何を?」


少し困った表情で十神は私に聞き返した。しかし、説明するより実行する方が早いと分かっている私はペンケースからカッターナイフを取り出した。


「十神くん、このクラスで一番憎い人間は誰ですか?」


私の問いかけに戸惑う様子の彼。しかし、カッターナイフの刃を見るなり慌てた様子で机上のプリントを手で覆った。


「いや、三枝さん…気持ちはわからなくもないけど…プリントズタズタにするとかダメだよ?」


「そんな事はしません。」


私は即答した。そしてプリントの束から1枚選んで取りだした。


「他のプリントそっちに除けて下さい」


訳が分からないまま私の指示に従う十神。物が無くなった机に私は選んだ1枚を置いた。他のプリントと変わらない何の変哲もない紙切れ1枚。私はそのプリントの上に手を乗せカッターナイフで思いっきり手首を切った。じわじわと溢れ出る血液。それをカッターナイフで掬い取ると、名前の欄に擦り付けた。プリントの持ち主の名前が私の鮮血で赤く染った。


「…な、何して…」


我に返ったであろう十神が目を見開いて私の顔と手首を交互に見ている。


「何をしたかは明日になれば分かります。他のでもやりましょうか?」


無言で首を振る十神。仕方ない。今日は1人にするか。私は血塗れの手首を洗いに教室を出た。


ーーー


翌日朝礼が始まると担任は開口一番に1人のクラスメイトの訃報を告げた。死んだのは私が昨日名前を血塗れにしたプリントの持ち主。トラックに撥ねられ即死だったそうだ。

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