第五幕 主なき神獣は居場所を得る

主なき神獣は居場所を得る(1)

 時は少し遡り、夏目がヨルムンガンドの暴走を止めようとしている頃、燐は皮膚を硬化させる権能を持つ使徒と対峙していた。


「まさか、ヨルムンガンドが暴走するとは予想外だ……」


 そう呟き、想定外の出来事だが夏目とフェンリルが動き救おうとしていることを知っている。


「ならば、わたしは目の前の使徒を倒すことに専念しよう」


 不敵な笑みを作り、右手に生み出した炎を剣に形成し構えた。皮膚を硬化させた男一は、イノシシの如く燐に向かって突進。姿勢を低く、地面を蹴り押し潰しにくる。


 一直線の突進かと思いきや、躱す寸前に急な方向転換で男一の手に服を掴まれ、勢いが速く振り解けず大木に背中を強打する燐は肺の空気を吐き出す。


「がはっ!? いっ、うぐっ……!」


 血を吐くまでとはいかないが、空気を吐き出され呼吸が苦しい。大木に押しつけられ、身動きが取れない。その背後で、メキメキと音が鳴り木が耐えられそうにない。


「つっ……、こ、このっ……!」


 燐は、男一の下を向く顔面へ膝蹴りを見舞いその反動で掴む手が緩んだ隙きに離れることに成功。しかし、膝蹴りを入れた顔の皮膚も硬化させ効果を打ち消し無傷。


 ポキポキ、と首を左右に軽く傾け骨を鳴らしながらニヤリと笑みを浮かべる。そうして、また馬鹿みたいにまたしても突進と同じ手を繰り返す。


「少し面倒だな……」


 掴まれば面倒だと判断し、距離を取る燐だが男一の動きに変化が生じた。真っ直ぐ向かって襲うのではなく、姿が突如として消え目で追えなくなってしまう。


「なにっ……!?」


 驚き周囲へ目を配らせ警戒するが男一の姿を捉えられない。そんな燐の背後に、音も気配もなく現れ裏拳を繰り出す。


「っ……!?」


 ――ヒュンッ。


 風を切る音を耳元でかろうじて聞き取り左腕で頭を護り防御。ボゴッ、と鈍い音と痛みが腕全体に伝わる。重い一撃に、歯を食いしばり耐えた。

 と、思ったが裏拳の衝撃を受け止めきれず燐の体は吹き飛び地面に転がり、受け身を取り体勢と息を整える。左腕は、先程の一撃で痺れすぐには動かせない。


「……っ。一撃でこれか」


 相手の姿はまた消え捉えきれない。気配も感じられず、背筋に冷や汗が流れていく。

 男一の権能は皮膚の硬化であり、姿が目で追えないのは使徒の身体能力の賜物だろう。

 そう思考する燐は、スーッと息を吸い込み動かせない左腕は肩から力を抜き目を閉じた。


 目で捉えるのではなく、小さな音も聞き逃さず拾い、直接肌で感じられるように聴覚と触覚を研ぎ澄ませる。カサカサと草木が微かに揺れる音、大地を踏みしめる足音、男の息遣い、こちらを狙い殺意を向けられる感覚。


 男一が高く跳躍し、燐の頭上から腕を伸ばし拳を叩きつける。


 ――ドォオオオンッ!


 轟かせ、地面に大穴を空ける男の一発を五十センチほどずれて躱す。


「なに⁉ 避けただと!?」


 今度は男一が驚き声を上げた。次の攻撃に移ろうとし拳を引き抜こうと腕を引くが、深く地面に埋もれて引き抜けない隙きに燐は既に動いていた。

 男の脇腹へ、炎の剣で貫く。次いで、引き抜かず横へ斬り裂き血飛沫が舞う。その動作に掛かったのは僅か数秒。


「ごぶっ、ぁがはっ……」


 口から大量の血反吐が吐き出される。炎はいとも簡単に、使徒の体でさえ貫き裂く。そのことに驚愕し膝から崩れ落ちる男一へ、燐の攻撃は終わらない。


 動けないよう、太ももに炎の剣を突き刺し右手首を捻り、回し肉を抉ってからゆっくりと引き抜き、顎下へ回し蹴りをぶち込み脳を揺らし脳震盪を引き起こさせ意識を奪う。


 無力化し、その場に倒れ込むのを見届けてから息を吐く。


「ふっー……。わたしの方は終わったが……」


 桜へ視線を向ける燐の視界に映るのは、濃霧に包まれた光景だ。


「ああ、もう! 何も見えないじゃない!」


 怒る桜の声。辺りは濃霧に包まれ、視界が悪いどころではない。一歩先も見えない状況。


 身動きを封じられ何もできない桜。彼女の能力は戦闘向けではない、護りに特化した力だ。故に、燐のように戦って使徒を倒すことは不可能。

 地団駄を踏む桜の元へ燐が駆けつけてくれる。


「桜!」

「燐!」

「無事か?」

「ええ。今のところはね」


 濃霧は未だに晴れる様子はなく視界は悪いまま。そこへ、燐が桜へ提案。


「桜。結界をわたしたち二人いるこの場を中心とし、張り広げてこの濃霧を霧散できるか試してみないか?」

「結界を張る間、あたしは無防備になるんだけど? 誰がその間、護ってくれるの?」


 燐に言えば、彼女は笑って胸を張り宣言。


「心配するな。桜は、わたしが全力で護る」

「燐ってば、ほんと男前よね」


 親友の言葉に肩を竦めつつも笑ってしまう。提案に乗り、結界を二人いるこの場を中心とし張る。最初は、二人を囲む程度の大きさが徐々に広がっていく。

 それに気づいた男二が、より一層に濃霧を両手から生み出す。


「小娘が調子に乗るな!」


 などと叫び声が聞こえ、桜と燐は顔を見合わせ笑い合う。


「あたしとあんた、どっちの力が強いか試してやるわ!」

「その意気だ、桜。蹴散らしてしまえ!」


 桜も結界の維持と範囲を広げるのに力を込め踏ん張り、その隣にいる燐は親友を応援。


 結界は周囲の濃霧を、押し返し霧散しようと。

 濃霧はその結界を、覆い被さり効果を消そうと。

 結界と濃霧による押し競べの地味な戦いが始まった。


「この程度だと思わないでよね!」


 叫び、両腕を伸ばし更に力を結界へ流し込む、張る力に勢いが増し、濃霧を確実に晴らし視界が徐々にクリアへ。

 使徒の男二も負けじと濃霧を生み出すが既に、力を使い過ぎ限界が近い。肩で息をし、汗が吹き出し呼吸が荒く、目眩と立ち眩みが襲う。


「な、なんでっ……小娘の方が、余裕なんだよっ……!」


 苦しげに言う。体力も、気力もなくなり立っているのがやっという状態にまで追い込まれる男二。


「濃霧が弱まった?」

「桜、畳み掛けてしまえ!」

「ええ!」


 濃霧が弱まったことに畳み掛ける。結界は、桜の意思で膨れ上がり全ての濃霧を霧散させるため弾ける。


 ――パァアアアンッ!


 という風船が割れる音が森林に鳴り響くと同時に、濃霧が消え去り視界は元に戻り桜と燐は笑顔でハイタッチ。


「やったわ、燐!」

「やったな、桜!」


 使徒の男二は、限界を迎えその場に倒れ込み意識を失っていた。残るは夏目とフェンリル、そしてヨルムンガンドだ。


 まだ戦っているであろう方へ視線を向ける燐と桜。







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