第三話「憂鬱からの出会い」
西暦1995年7月 アルスタリア高等学院――
「――まず魔法を使うには、君達の身体を流れる魔力が必要なんだ。そして特に遺伝による影響が大きい。魔力量や相性の良い属性から何もかもが個人差で左右されるからね。でも、これから教える基礎魔術はマニュアル通りやれば誰でも使えるようになるから安心して!」
「「……」」
窓から暖色の光の筋が教室を照らし、暖める中、周りがカリカリとノートを睨みながら鉛筆を持つ手を進める。その一方で私――涼宮凪沙はただぼーっと太陽の光に反射して輝く先生の頭部を眺めていた。蒼乃とは違うクラスのため、この時間は話し相手すらいなくて暇なのだ。
「放つコツとしては、脳内でその魔術の形状や構成をイメージして、指先まで全意識を集中させると大方の魔術は生成できる。
ちょっとしたイメージでもいいよ。例えば炎の魔術を放つ際には、炎のイメージを浮かばせる。じゃあ炎といえば熱かったり赤かったり……てね」
(むぅ……授業暇だなぁ。まともに授業受けても覚えられる気がしないなぁ……眠いよぉ……)
私はこの魔術の講義をまともに受けるつもりは微塵も無い。そもそも座学が嫌いだってのもあるけど。
(それに、私は生まれてからずっと魔術の才能が無いんだよねぇ……ろくに基礎の土台すらも出来ないくらいにね)
これまで何度か魔術の講義を受けてきた。炎や氷、風や土といった自然元素を用いた魔術から治癒魔術、そして自分の身体強化を行う魔術……いわゆるバフを使うものまで
でも出来なかった。それも私だけ出来なかった。詠唱から何から一部始終手順通りに行った。筆記テストだって学年順位トップ10に入るくらいの好成績を残した。放課後も今目の前で講義をしている先生に忙しい中付き合ってもらい、目の前で何度も何度も魔術を唱えた。それでも出来なくて、最初は懸命に指導してくださった先生も、やがて頭を抱える事しか出来なかった。
本当に悔しくて、辛くて、自分が情けなくて……まるで自分だけ魔術を使えない呪いにかかってるんじゃないかって今も本気で思っている。だからこそ、魔術の講義はちゃんと受ける気など更々無い。
「もうな〜んにも頭に入りましぇ〜ん……」
窓から差し込む暖かい光に身を任せ、私は机に突っ伏して眠った。体感五分でチャイムが鳴る音と生徒達が号令と共に一斉に椅子を引く音が無理矢理私を叩き起こした。
「はっ……!」
急いで立ち上がり、周りに合わせて礼をする。頭を上げた時にふと見えた時計は午後十七時を指していた。待ちに待った講義という名の退屈からの釈放だ。
「やった! 放課後だー!! あおっちぃぃぃ
!!!!」
あまりの嬉しさに私は教室のドアを勢いよく開けたその時、突如目の前に現れた担任の先生の大きな胸に顔面が衝突する。
「うぷっ――!!?」
「おっと……な、何してるのかな凪沙ちゃん。まだホームルーム終わってないよ?」
「ふぇ……み、ミアちゃん先生!? あ、その……えっと……ごめんなさい」
辺りを見渡すと、着席している生徒全員からの気まずい視線が私に向けられていた。唐突に面白く無い事を大声で言って注目だけ浴びているような、完全にやらかした雰囲気が教室内に漂う。めちゃくちゃ気まずくなり、素直に謝って速歩きで自席に着いてすぐまた突っ伏した。恥ずかしすぎてもう今日は顔を上げたくない。
(もう最悪ぅぅ!! 一人で勝手に放課後気分になって舞い上がっちゃってるとこ皆に見られてマジで恥ずかしいし気まずいんですけど!! あーもう早く帰りたぁぁい!!!)
今日と言う日は間違いなく、私の中で一つ黒歴史となるだろう。ただずっと落ち込んでる中、帰りのホームルームが始まった――
◇
放課後――
「はぁ……もう最悪だよ今日って日は!」
ようやく気まずさから解放されたのは良いものの、今日はとにかく嫌なことだらけだった。肝心なあおっちこと蒼乃も委員会の仕事で遅くなるらしく、帰りは一人寂しく朱色に染まった空の下を歩く事になった。
「……私、何でネフティスの試験受かったのかなぁ……」
一人だからか、脳内からネガティブ発言が量産されていく。普段から明るく振る舞ってる反動が来たのかもしれない。それとも逆にほっとしたからこうやって素直な気持ちを吐き出せるのかもしれない。
「――こんなの私らしくない、明日も普段通り頑張ろうって普段なら自分に言い聞かせてるんだけどなぁ……でも、今はそんな気も一切起きないや」
校舎から歩き始めて約二分経った今、寮が私の視界に姿を現す。でも今の私は寮に帰る気も起こらず、自然と目の前にあるベンチに腰を下ろそうとした刹那、私が座ろうとしていた場所にふと人影が映りだした。
「ひゃっ……!?」
「……?」
座ろうと突き出したお尻を引っ込め、私は驚きで腰が抜ける。よく見てみると、そのベンチに座っていたのは明らかにこの学園の人では無い。短い金髪にあまりに大きい白のTシャツ一枚だけの少年の姿がそこにあった。外見だけ見ると本当に小学生くらいだ。背も低く、顔も幼い。でも何でこの学園の敷地内にいるんだろうか。
(……迷子、なのかな。いやこんなとこで迷子なんて起きるわけないよねぇ……一応ここ関係者以外立ち入り禁止だし)
何やら事情があるのかもしれない……そう思いつつ、私は首を傾げる少年に声をかけた。
「――ねぇボク、ここで何してるのかな?」
この頃の私は知る由もなかった。この出会いが今後この学園を……やがて世界をも変える起点になるなんて事を。
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