第230話 解き放たれた意識
上昇を続けるグエルヤの悪意…魔力の塊を追って、ビトーが飛翔する。
目指す塊が、僅かに膨張するのを視認する。
『……間に合わない!』
全力の魔力を脚に篭めて跳んだビトーだったが、この飛翔速度では到達するより先に、塊が破裂すると予測した。
ビトーの高精度の魔力感知故、その塊が割れる寸前だと解ってしまうのだ。
『どうにかならないか!? 俺の持てる力を全て使って、なんとか…!』
どうしようもない。ビトーは鳥ではない。ここから羽撃いて速度を増す事など不可能だ。
それでも、諦められない。
『――ここは、俺の
ビトーの意識が、目指す一点に集中する。呼応するように、朧月夜が薄く輝いた。
「!?」
突然、目の前の景色が色褪せる。
モノトーンに近い灰色の視界。その中で、魔力の塊が急激に接近した。
いや、塊が接近したのではない。ビトーがすぐ手前まで到達したのだ。
だが、刀が振れない……というより、体が無い。
見ると、真下に自分の体がある。非常にゆっくりと、こちらに向けて跳んできている。
『俺は、俺を見ている…?』
まるで幽体離脱でもしたような、意識だけ体から抜け出して先に目的地に辿り着いてしまったような感覚。
しかし、その奇妙な刻も一瞬。
キュィィィィィィィィン!!
耳を劈くような高音が辺りに響き渡る。が、その音よりも速く、ビトーの体が残像を置いて移動し、ビトーの意識のある処まで追いついてきた。
心と体が、重なり再び一つとなる。
色彩の戻った視界には、グエルヤの放った魔力の塊が眼前にある。今度は、刀が振れる。
「龍頭割り・
その不可思議な現象について考えるよりも早く、ビトーは龍斬剣を渾身の力で真芯へ振り下ろしていた。
真技の強大な一閃を喰らい、塊が崩壊する。
それでも、魔力の欠片は残る。その欠片を逃さぬよう、更に剣を繰り出すビトー。
「龍鱗削ぎ・
龍斬剣最速の乱れ斬り、龍鱗削ぎ。
欠片が落下するより早く、散らばっていくよりも早く。
高速で連続する太刀で、里への脅威を斬り潰していく。
「ガルゥウァアアアアアア!!」
咆哮と共に、剣速が更に上がっていく。ビトーは、後先の事を思考から消して一心不乱に斬って、斬って斬りまくった。
「な、なんてやつだ…!」
地上から見上げるグエルヤは、見てはいけない恐ろしいものを見てしまったような顔をしていた。
あれはもう、常軌の範疇ではない。鬼神か何かだ。
『今もそうだが、それよりギオン砲に追いついた時だ…! なんで、追いつけた!?』
ビトーの意識だけが先に辿り着いた、などとは、グエルヤには分からない。
外からは、ビトーが空中で突如加速したようにしか見えなかったのだ。
『空を飛べるとでもいうのかよ!? いや、そういう法術があったとしても、あのスピードは尋常じゃない。』
音を置き去りにする速度。確かにあの一瞬、ビトーは人智を超えた速さを発揮したのだ。
そんな事で頭を悩ませている間に、ビトーは自らも落ちながら、落下する魔力の欠片を全て粉砕し終わっていた。
「チィッ!!」
グエルヤは、全速力でその場から走り出す。離脱出来る最後のチャンスだ。
走りゆく背後で、地面と追突したような大音が聴こえたが、振り返る暇など無かった。
「……俺の、
屈辱で顔を歪めながら、グエルヤは走り続けた。
― ◆ ―
「―――あぁ、逃げられたか。」
大の字になりながら空を見上げて、ビトーは呟いた。
追いたくても、もう立ち上がる気力も魔力もない。真技の連続使用もさることながら、空中での超移動により恐ろしく消耗していた。着地の寸前に防御する為の魔力が残っていただけでも、幸運だった。
「それにしても、あれは何だったんだろう。」
精神だけ飛び出していき、遅れて体がついて来るあの感覚。
自身がやるのは初めてだったが、何処かで似たような現象を見たことがあるような気もする。
もう一度やれと言われても、出来そうもないが。
「……お前が何かしてくれたのか? 朧月夜。」
ビトーは手にしている刀を繁々と眺めるが、朧月夜は喋って答えるような事はない。
只、洞窟で見せた夢にしろ、時折放つ淡い輝きにしろ、何かしらの意思が感じられた。
そして、ビトーは目覚める前、夢の終わりに、確かに朧月夜の願いを聞いたのだ。
「……大丈夫、リコなら、きっと。」
ビトーは微笑んで、瞳を閉じた。
― ◆ ―
◇
《リーバ、もう行くのか。》
《ああ、早く兄者をミツキ姐とルナの処に帰してやりたいからな。》
《そうか…今まで楽しかったよ。まさか僕が、ネコ科の獣人と仲良くやれるとは思ってなかった。》
《ハッハッハ、お互いいい経験になったな。お前も頑張れよ、ショウ。》
《うん。きっと村は立て直すから、いつか遊びに来いよ。》
《リーバ!》
《おお、ラウテも見送りに来たのか。身体、平気かよ。》
《ああ、なんとかね。それよりリーバ、明日には
《フン、人族のパレードに興味はねぇさ。お前らがしっかり祝われてこい。――そういやお前、ミラ達が作る道場に参加しねぇって本当か?》
《ああ。俺はもう、星閃剣を使えないからね。パレードが終わったら、アルマを故郷まで送って行こうと思ってる。》
《……ふーん。》
《な、なんだよ。》
《……今度は本当に、脈アリだと思うぜ。》
《バ! ち、違、そんなんじゃ……………なくもない。》
《ハッハハハ、ま、頑張れよ!》
《さて、帰るか。……ルナ、泣くだろうな。ミツキ姐は俺の前では泣かないだろうけど……一人でこっそり、泣くんだろうな。……兄者、アンタは皆を救った最高の男だけど…約束破って家族を泣かせるなんて、最低だぜ。俺は、そうはならねぇ。きっとな。》
◇
― ◆ ―
遠くで声が聞こえる。
幼子の泣き声だ。ひどく遠くに聞こえるのに、まるで耳元で泣かれているような気がする。
あ、そうか。俺が泣かせているのか。
いかんいかん。俺は最低の男ではないのだ。約束を破って子どもを泣かせるような男にはならないと、誓ったじゃないか、あの時。
だから―――もうちょっとだけ頑張って、目覚めるとするか。
「………ン………」
「じぃじ!? じぃじ〜〜!」
大粒の涙を零しながら縋り付くのは、ルナだった。
「わ〜ん、じぃじ〜!!」
「泣くなルナ。俺は、生きてる。」
……ン? 生きてる? なんで生きてるんだ、俺は。
そう気づいたリーバが目を開けると、覗き込む皆の顔が視界に飛び込んでくる。
ルナ姐にケネット、フラン、それに里の者たち。ルナはリーバの太い首に絡みついている。
「良かった、やっと目を醒ましたわね。」
ケネットがほぅと息を吐き、血の気の引いていた顔に生気が戻る。
ルナ姐も胸を撫で下ろしていた。
「まったく、いい歳して無茶ばかりして。リコに感謝しろよ?」
「リコ…嬢ちゃん?」
リーバが自分の身体の方に目を向けると、全身から放つ癒やしの法術の柔らかい光に包まれながら、治療を続けるリコがいた。
その魔力はあまりにも膨大で、リーバが驚く程だった。
「こりゃ、一体どういうことだ? 嬢ちゃんの法術は、そこまで強くないと思ってたんだがな。」
まだ深手ではあるものの、澱みなく喋ることが出来るレベルまで回復していることに、リーバ自身がまた驚く。
「はい、本当は私の治癒法術は弱いです。これは、ビトーの魔力を借りてるんです。」
リコが懸命に法術を続けつつも、リーバの疑問に真面目に答える。
「ビトーの魔力? あいつの魔力だって、こんなに大きくはないだろ。」
「ええ。でも、ここ何日か分、蓄えた魔力ですから。」
「……はあ?」
意味が分からない、といった表情のリーバに、周りの者達が意味ありげに顔を見合わせる。
代表して、ルナ姐が答えた。
「朧月夜が、返してくれたんだ。最近吸い取っていたビトーの魔力を、全部。」
「返した? あのじゃじゃ馬が? つーか、返せるのかよ吸い取った魔力を!――あ痛たたっ!」
驚きの新事実に思わず身体を起こしかけ、激痛で顔顰めるリーバであった。
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