第57話 混戦
少し離れた場所から、ビトーとフランのそれぞれの戦いを観るリコ。
彼女の目には、どちらもギリギリの接戦に見える。
「ル、ルカ君、本当に大丈夫? もう離した方が…」
「まだです! タイミングを見極めないと敵が増えるだけです。」
「でも、あんまり長い時間が経つと…」
リコとルカは、手を繋いでいた。ルカは戦況を見守り、機会を伺っている。しかし、接戦の二人を早く助けたいという思い以上に、リコは自分の召喚した竜がルカに危害を与えるのではないかと、気が気ではなかった。何せ、時間が経てば経つほど竜は強力に、凶悪になるのだ。
自分の力が必要とされた時、それは『竜の喚巫女』の力であるとは想像出来た。だが、実際に召喚する、しかも、ルカを利用してとなると、過去の記憶から、恐怖が心を埋め尽くしてしまう。
「大丈夫です! 僕は、脚速いですから!」
ちょっとだけ振り向いて笑顔を見せたルカ。
犠牲になるつもりはない。皆も、自分も生き残る。そのルカの想いが繋いだ手を通して伝わり、リコも覚悟を決めてそれ以上何も言わなかった。
手を離す機の見極めは、ルカに任せるしか無い。
その頃ティエーネは、新たな小瓶を取り出し、蓋を開けていた。
「ソルバ〜ン、次はどっち行こう?」
聞かれたソルバンは、目の前の戦況で判断する。
カデルは、ワイバーンとワームを利用して戦い、ビトーに対して優勢に見えた。
「――膠着しているゴッソーの方ですね。…とはいえ姐さん、魔力の使い過ぎには気をつけて下さいよ。」
「解ってる、切り札の分は残してるから。」
まだ余裕の笑みを絶やさず、血を自らの左手に撒くティエーネ。
新たに生まれた十八芒星から、光と共に竜が現れる。。
「グゥゥアァァ!!」
「あ、ドラゴネットじゃん。ラッキー!」
様々な命令に対応出来るドラゴネットが召喚された事を、素直に喜ぶ。混戦時にはその器用さが役に立つ。
しかもビトーに斬られた個体よりも、一回り大きい。特に、凶暴さの増した牙と鋭い爪が目立った。
吠えながらも、命令を待つようにその場に立つ。
「よーしいいコね。じゃあ、あっちの人の処に行って…」
「ココだ!」
ティエーネが竜に細かな指示を出すより速く、ルカはリコの手を離して一気に走り出す。
ビトー達の剣や体捌きの速さは目で追えなくても、地を駆ける速さでは誰にも負けるつもりはなかった。
「小僧、どういうつもりだ!」
ソルバンが、ティエーネを庇うように前に出る。いかにルカが速くても、真っ直ぐ向かってくるのではソルバンに止められるだろう。そんな事は百も承知の上だ。
「――てぇぇぇぃぃ!!」
「!?」
衝突する数m手前でルカがジャンプする。
そのスピードに乗った跳躍力は凄まじく、ソルバン、ドラゴネット、ティエーネを跳び越えていく。
「馬鹿な、なんてジャンプ力…そうか、獣人か!」
ソルバンは、弧を描いて跳ぶルカを警戒して目で追ってしまう。
ルカの動きに目が追いつかなかった分、正面を向いていたティエーネの方が先にそれに気づいた。
「前、前!止めて!!」
「な!?」
ルカの後を追って、巨体を誇る角竜・ホンサルスが突進してくる。ルカが手を離した事で、リコの力で召喚された竜だ。
動きの遅れたソルバンに代わって、命令と判断したドラゴネットがその突進を受け止める。
「グギャァァァ!」
ホンサルスを止めたものの、ドラゴネットの腹に2本の直線的な角が刺さり、貫いていた。下位竜であっても、単純な突撃のパワーはホンサルスの方が上だった。
「あ!ちょっと、何すんのよ!」
角竜は獲物のルカを追って、そのまま進もうとする。中位竜とはいえ致命傷を受けたドラゴネットは、もう押さえる力が残っていない。
角に深々と刺さった邪魔者を抜き払い、すぐにホンサルスは突進を再開する。
「姐さん、離れて!」
ソルバンはティエーネを抱えて地を転がる。残った走竜はホンサルスの突進に巻き込まれて躱しきれず、踏み潰されてしまった。
ルカは大きく旋回しながら走り、竜はそれを追っていく。
「あいつ、自分を囮にして! 私の真似して竜を使うなんて…!」
憎々しげに吐き捨てたティエーネは、離れた位置にいるリコを睨みつけた。
「いい子ちゃんのフリして、そっちだって竜の力を使ってんじゃない!」
『私は、いい子なんかじゃない! ビトーを、皆を助ける為なら、どんな力だって、なんだってする!』
例えそれが忌み嫌う力であったとしても。それを使う事を厭わない。
そのリコの覚悟を決めた意志が、言葉となってティエーネに届いた。
「なに? こんなに離れているのに、鮮明に聴こえた…?」
周りでは激しい戦闘が繰り広げられているのに、一番離れた場所同士のリコとティエーネに、お互いの声が聴こえる
しかしその事に対する疑問は、より強い自らの感情によって、ティエーネの中から掻き消える。
「たかが一匹竜を喚び出したくらいで、粋がって! 偉そうに『なんでもする』だって? だからキライなんだよ、何にも知らない、出来ない、お嬢ちゃんはよ!!」
ティエーネの美しい顔が、憎しみに歪む。と、それに呼応するように、彼女の左手の平が赤く輝き、その手に描かれた星から、ある物体が徐々に浮き上がっていく――
― ◆ ―
フランは、極限の闘いを続けていた。
闘いの中でフランは、ゴッソーは武術ではなく、攻撃魔法を主として闘うタイプであると読んでいた。そうでなければ、魔力量で大きく劣る自分が、ここまで保たせられる筈はない。
翻って言えば、一度でも離れて攻撃魔法を放たれれば、致命傷となるであろう。その為フランは、自らの体力の続く限り、間合いを詰めての剣戟を繰り返すしかなかった。
ゴッソーとしても、早くケリをつけてカデルに加勢したかった。だが、思った以上のキレで剣を振る敵に、動きを封じられていた。
魔人は兎角、人間を下に見がちである。そういった者ならば人間に押さえられているという状況だけで焦燥するが、ゴッソーは冷静だった。彼らには、打開するだけのチームワークがあるからだ。
今は膠着していても、すぐに召喚された竜が送り込まれてくる。…はずだった。
『あの角竜、どうなっている!?』
いつまで粘っても救援のないゴッソーが仲間の方を見ると、雪煙の中で走り回る角竜が視界に入る。明らかに、自分を助太刀する動きではない。
その戸惑った隙を逃すフランでは無かった。僅かなチャンスに、出せなかった法術を放つ。
「
指先から放たれた細く鋭い水流が、ゴッソーの肩口を捉え、魔装を貫く。
「ぐ、あ!」
「やはり、法術なら
すぐさま防御姿勢を取り戻すゴッソーだったが、そこに再びフランのサーベルが迫る。
息を荒げながらも、休みなく剣を放ち続ける。
フランが既にいつ息が上がってもおかしくない状態であると、ゴッソーにも見て取れる。だが、それでもフランは止まらない。
「こいつ、どんだけタフなんだ…!」
「限界を超えてからが、騎士の高みさ!」
その気合いの前に、防戦一方が続くゴッソーだった。
― ◆ ―
ビトーは、カデルに加えワイバーンとワームという二頭の中位竜と戦っている。
端から見ると、三対一という不利な状況でなんとか凌いでいる様に見えるが、実際は、戦いの中で少しずつ余裕が生まれてきていた。
唸りを上げて牙を剥くワームの一撃を、大鋼でいなして躱す。
『このワームの動きは単調だ。さっきのアンピプテラより読みやすい。』
種としてのワームの強さはアンピプテラに劣らない。だが、使役され鍛えられたアンピプテラと、召喚されたばかりのワームでは、練度が違う。
このワームはただ単に、「
そういった意味ではワイバーンも同じ状況なのだが、カデルが直接接触してその都度操っている事もあり、かなり応用が効いた動きをしている。
だがそれも、カデルから離れてしまえばワームと同様の状態になってしまう。
そのため三対一とはいっても、実際には地上にいるワームと空中から魔法を放つカデル対ビトー、という二対一に近い構図となっていた。
「……戦い慣れているな。」
ワームの動きを巧みに避けながら、上空の自分からの攻撃にも全て対応しているビトーに、カデルは舌を巻いていた。
ディーディエに勝った以上、かなりの強さであろうと想定はしていた。
確かに、強い。だが、その強さは思っていたものとは少し違った。その大剣と若さから、剣技の威力で圧し捲るタイプかと思っていたが、随分と技巧派だ。
「このままだと、ワームが疲れ切って、殺られるな。」
上空からは、他の仲間達の苦戦の状況も見える。こちらは現状の戦力でやるしかない。
ワームが元気な内に、勝負を決めるしかなかった。
再び大口を開けて挑もうとするワームのタイミングを計って、合わせる。
「よし、ワイバーン、今だ!」
魔槍の雨を降らせつつ、一気にビトー目掛けて急降下する。
それを目の端で捉え、ビトーはワームの口の中へ自ら飛び込んだ。
「な!?」
魔槍はビトーを追い、ワームの躰に突き刺さる。
「グギャァァッァァァ!!」
「しまった!」
カデルが自らも突っ込んでしまわないように、直前でワイバーンの速度を落としたその刹那。
ワームの腹を剣で裂き、ビトーが飛び出してくる。
魔力を篭めたその跳躍で、地上に迫っていたワイバーンとカウンター気味に交錯する。
「
ワイバーンの肩口に斬り込まれたその剣は、止まることなく振り切られた。
「ガハァ!」
ワイバーンの腕は、翼そのものである。それを斬られれば当然、空を飛ぶことは出来ない。
カデルは急ぎ落下するワイバーンから離れ、宙返りして着地する。
その眼前に、追って落下してきたビトーの刃が迫る。
ガキィィィン!!
そのまま鍔迫り合いの格好になりながら、ビトーはニヤリとした笑みを浮かべた。
「また、一対一だな。」
『こいつ、こっちが急襲するのを狙ってたのか…!』
ビトーはいつでもワームを倒すだけの力がありながら、敢えて戦いを引き伸ばして、ワイバーンもまとめて倒す機を伺っていたのだ。
『単に技巧派じゃない、パワーも戦闘スキルも超一流という事かッ。』
伊達にディーディエを退けた訳ではない。カデルは、竜斬りの強さを改めて実感していた。
そして、それを倒すにはこちらも『切り札』を切らなくてはならないということも。
『ティエーネに……ティエーネ、どうした?』
大剣を押し止めながら、『切り札』を持つティエーネの姿を探した。
見ると、ティエーネを中心に赤い光が溢れ出している。既に、切り札を切ろうとしていたのだ。
だが、カデルの指示の前にそれを使うのは、初めての事だった。
「ティエーネ、感情が乱れている…!? 何があった!」
やがて、赤い光は巨大な十八芒星を形成していった。
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