第33話 『魔力大全開』
ビトーとディーディエの戦いは、格闘戦において、既に究極ともいえる領域に踏み込んでいた。
戦闘開始から、ディーディエの動きは全く衰えない。それどころか、どんどん技のキレが増しているようだ。
回転数を上げた連撃。しかし、ビトーに決定的なダメージを与えられない。その巧みな回避と防御に、ディーディエは舌を巻いた。
今迄に闘った中で、彼以上に強い者はいたが、これほど打撃が当たらない相手はいなかった。
『人間に、こんな奴がいたとはな。』
いやむしろ、人間という魔人より非力な種族だからこそ、技が磨かれたのかもしれない。そう思い至ると、敬意さえ感じた。
その自分の知らなかった『人間族の強さ』に、強い興味が湧いてくる。
守備は見事。ならば攻撃はどうか。
対して、ビトーは集中力を極限まで高め、相手の攻撃を受け続けている。
その先読みに思考は介在せず、感覚から無意識で身体が動いている。そのレベルに達するまで、どれだけの訓練を要したか。それは自分が一番良く分かっている。
だからこそ、ビトーは自分の感覚を信じ、最適解で受け流すことが出来るのだ。
そしてその感覚が、ディーディエの一瞬の隙を見逃さない。
左の蹴りをビトーが背を反らして躱す。その足の振りが戻る時、僅かに体制が崩れた。連撃が遅れる。
罠かもしれない――そう考えるより先に、魔力が収束し瞬時に高まる。――竜斬剣。
守り一辺倒であったが、隙があれば当然、反撃する。
「
上体を反らした反動を利用するように、最速の突きを放つ。
「ぬ!」
ディーディエはその両腕をクロスさせ、突きの先端を受け止める。
『――貫けない!』
「お、おおっ?」
貫けないながらも、その威力はディーディエを弾き飛ばす。
彼の作り出した平地の端まで飛ばされ、大木に背を打ち付ける。
『竜斬剣でも斬れないのか、あの腕は…一体、どれだけ強い魔力を持ってんだ。』
驚愕するビトーの視界の中で、大木はゆっくりと倒れたが、ディーディエ本人はぶつかりながらも倒れずに立ち、背を擦る。
「お〜痛え。俺をここまでぶっ飛ばすとは、大した威力だ。」
敢えて隙を作って攻撃させてみたが、思った以上の力に満足していた。
故に、笑顔が消え、不審そうにビトーを見る。
「……それだけに解せん。お前の防御は見事だが、これほどの力があるなら、もっと攻撃してきてもいい筈だ。」
ディーディエの疑問は尤もだった。
ビトーは、全ての攻撃から手傷を負わないように身を守る事に全力を尽くしている為、反撃する余裕が無い。しかし、ある程度敵の攻撃を受ける覚悟で多くの竜斬剣を繰り出していれば、ディーディエの魔法の手甲以外の部分に剣戟を当てる事も可能だった。
それでも、ディーディエの優位には違いない。だが。
「このまま防御だけでは、魔力量に差がある分、倒れるのはお前の方だ。勝利する為には反撃する必要があるだろう? 何故、そうしない。」
『きた! 遂にきた!』
ディーディエの質問に、ビトーは薄く笑みを浮かべた。
「何故そうしないかって? 当たり前だ。全力を出さない相手に、本気で攻撃なんかできるか。」
「……なんだと?」
怪訝な表情の魔人に対し、ビトーは続ける。
「俺が本気で竜斬剣を使えば、あっという間に勝負がつくからな。だから、全力を出すのを待ってやってたんだ。それとも、もう全力を出していたのか? それなら済まなかったな。」
「………。」
それを言葉どおりに受け取るようなディーディエでは無かったが、ビトーの狙いを測りかねていた。
敢えて本気を出させるより、先程の攻防の中で反撃する方が、まだ勝ち筋はあった筈だ。
それをせず、挑発してまで、全力で戦わせようとする。その意図は何か。
だがディーディエはそれを考えるより、相手の狙いを楽しむ事にした。
「……いいだろう。望み通り全力でやってやるぞ。一瞬で終わらないでくれよ、期待しているからな。」
その言葉に合わせるように、魔力が増大していく。
恐ろしいほどにまで上がっていく魔力を前にして、ビトーは己を奮い立たせる。
『ここからが正念場だ。もっと、意識の牙を研ぎ澄ませ! もう一段、深い処へ…!!』
眼が、獣のそれに変わっていく。怒りからではない。冷静に、獲物を処理する為の、獣の眼。
対して、ディーディエも変化を始めていた。
「『
叫びとともに、高められたディーディエの魔力が身体中を巡る。紫の光に包まれ、両腕のみならず全身が魔力によって護られている。しかも護りだけでなく、攻撃力も格段に上がっていた。
「ガルァアアア!!」
ビトーも咆哮する。並の者なら動けなくなるであろう獣の威圧を感じ、ディーディエは喜びを隠さない。
「それがお前の本気か! そうこなくてはな!」
対峙した二人は、その時を窺い、互いに構えた。
― ◆ ―
フランは少し前に戦いの場に辿り着いていたが、姿を隠したまま森の中に居た。
本来なら、ビトーもディーディエもフランに気付くのだが、今は全ての意識を目の前の相手に向けている為、見つかっていない。
フランの方は、敵味方の判別は直ぐについた。ディーディエが分かりやすく魔人の特徴を見た目で示していた事もあるが、その放つ魔力が人間のものではないという事は、法術士なら解る。
だが、手出しは出来ずにいた。あまりにハイレベルな攻防である事もだが、ビトーが全神経を集中して魔人の攻撃を躱しているのを理解したので、下手に手助けして邪魔になることを恐れたのだ。
そして一頻りの戦いの後、更に魔力を上げる魔人と、一歩も引かないで大剣を構えるビトー。
「……このような戦いを、目にする事があるとは、な……。」
騎士として、これまでにも至高の戦いと呼べるものを目にしていなかった訳では無い。
ただ、今、目に映る戦いは、それまでの常識を覆す次元のものだった。
それならば自分に出来るのは、戦いの趨勢が決した時、少しでもビトーを救える確率を上げるために準備する事だけだった。
眼前の戦いを見守りつつ、フランは伏兵の存在に警戒を高めていた。
― ◆ ―
普段のラシナなら、フランがやって来た事に直ぐに気が付いただろう。
しかし、凄まじい戦いに目を奪われ、更に限界にまで跳ね上がったディーディエの魔力に当てられて、索敵の意識を失ってしまっていた。
『
常に魔力を放出し続ける事になるので、魔力量が多い魔人ではないと、直ぐに枯渇してしまう。
その切り札を使って尚、戦いに喜びを見出しているディーディエは、一体どれほどの魔力を持っているのだろうか。
特務隊としては失格かもしれない。だがラシナは、その視線をディーディエから離すことが出来なくなっていた。
「私は……どうしてしまったのか……。」
「勝利を願う」という思いではない。そんな事は当然であると思っている。
では、この感情は何なのか。自問するも、答えは出ない。
そして、全力のディーディエとビトーの、激突の時が来る――
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