第31話 邂逅の刻

 トメンレアを出発したビトーとリコ、そしてルカの三人は、国境沿いの町『バッケン』を目指していた。

 ルカは既に一度バッケンまで到達しており、主人である騎士・フランはそこで待っている。

 兎の獣人であるルカの足なら、日が昇り切る頃には辿り着く距離であったが、ビトーはともかくリコはそうはいかない。それなりに舗装はされているが山道ということもあり、そこまで速度は上がらない。一般人と同等なら、大体、夕方頃まではかかる行程だった。


「では、魔人が暗躍していたんですね…」


 旅の中でビトーは、ルカに『竜の喚巫女よびみこ』を産み出している『教団』と、そこから召喚される竜で利益を上げている『商団』という、2つの魔人の組織について説明していた。どうも魔人は大陸のあちこちで動いているようであり、各国を旅するルカ達に注意を促す意味もあった。

 そして竜の喚巫女であるリコが召喚した竜をビトーが倒したため、『商団』に追われていることも話した。


「それって逆恨みじゃないですか。」

「いやあ、恨みですらないだろ。連中は、商売の邪魔をされるのが嫌なだけだろうさ。」


 ビトーが少し憎々しげな顔で言った。一番腹が立つのはリコを竜の喚巫女にした『教団』ではあるが、商いのタネのように扱われるのも我慢ならない。

 とはいえ、最も重要な事はリコに掛けられた呪いじみた魔法を解くことなので、追っ手を躱しつつノルクベストに行くことが最優先だった。

 ただ、ノルクベストが目的地であること以外、そこで何をしようとしているのかまでは、ルカにはまだ話していない。『元・竜の喚巫女』の事は、秘匿しなくてはならない。ルカの事は信用しているが、一時の旅の道連れに話していい情報では無かった。


「魔人の事は、本国にも警戒するように伝えた方が、いいかもしれませんね。」

「そうだな、何か企んでるんだろうしな。」


 そうでなければ、わざわざ人里まで出向いて、竜の喚巫女を作って回らないだろう。


「……ちょっと寒くなってきたね。」


 黙って二人の話を聞いていたリコが、指先に息を吹き掛けながら言った。


「最北の国の近く、ですからね。もうすぐ冬ですし。」

「ノルクベストでは、街でも雪が積もるんだってさ。楽しみだな。」


 敢えてポジティブに言うビトーに、リコは、自分を元気付けてくれていると思った。

 リコにしてみれば、いくらビトーが強いといっても、彼が魔人と戦い続けるのは不安だし、何かあったらと思うと、怖い。その感情が、顔に出てしまっていたのだろう。

 余計な心配をかけてはいけない、と、ビトーに微笑み返す。


「あ、もうちょっとで町ですよ。思ったよりは早かったですね。」


 ルカが、道端に見覚えのある大岩を見留て言った。そろそろ日も傾いてきているが、まだオレンジ色の空とまではいっていない。


「よーし、もうひと踏ん張りだ―!?」


 その瞬間、ビトーは総毛立つ感覚となった。自分達の歩いてきた道とは違う、森の方に眼を向ける。


『――――ヤバイ』


 今迄に感じたことがない程の魔力が突如現れ、更に強まっていくのを知覚する。


「――ルカ、リコを連れて急いで町に行ってくれ。リコ、荷物は置いておくんだ。後で取りに来ればいい。」


 言いながらビトーは、自らも荷物を下ろし、大岩の傍らに置いた。

 その只ならぬ様子に、リコとルカにも緊張が走る。


「ビトー、どうしたの?」

「追っ手だ。それも、半端じゃない。とんでもなく強そうだ。」

「ビトーさんより、ですか?」


 ビトーは黙って頷いた。リコが一気に青褪める。


「ビトー、逃げよう?戦っちゃだめ。」

「大丈夫、俺より強いったって、勝ちようはある。ただ、二人を守りながら戦うのはちょっと厳しそう、かな。」


 そう言って、少しはにかみ気味に笑ったビトーの頬に、触れることさえ出来ない。リコは、自分が竜の喚巫女であることを改めて呪った。

 逃げるより返り討つ事を選んだということは、逃げるのは無理だと理解しているから。ビトーの表情で、それはリコにも、ルカにも伝わった。


「リコさん、行きましょう。僕らは、足手まといになります。」

「……分かったわ。」

 

 リコもリュックを下ろし、ビトーの荷物の隣に並べた。まるで、寄り添えない自分の代わりであるかのように。


「ビトー、お願い。無事でいて――」


 気を抜けば今にも泣き出してしまいそうな自分の感情を抑え、絞り出した言葉。

 だからこそ、ビトーは微笑んで答える。

 

「ああ、『約束』するよ。」


 そして、二人に先へと行くように促す。


「魔力に充てられて、野生の竜が凶暴化するかもしれない。町に入ったら、守りを固めるように衛兵に伝えてくれ。」

「分かりました。行きましょう、リコさん。」

「ええ。」


 振り向くのをやめ駆け出した二人を見送ってから、ビトーは森の方へと向き直る。

 リコの顔を想い浮かべ、自分はまだ死ぬわけにはいかない、と、気合を込める。


「……よし、やってみる!」


  

  ― ◆ ―


 時間は少々さかのぼる。

 木々の生い茂る道なき道を、ディーディエとラシナが進んでいく。


「……このまま行けば、国境までには追いつけるでしょうが、町に着いてしまいますよ?」

「ああ、町の近くで暴れるのは避けたいな。」


 バッケンの町はノルクベストとの交流もありそれなりに大きく、国境沿いという事で常駐の兵士も多い。

 無論、それらの戦力がディーディエの任務の邪魔になる訳でもないのだが、スレイのトメンレア強襲により魔人の存在が疑われやすい状況である以上、不用意に目立つことは避けたかった。


「……では、向こうからおいで願おう。」


 ディーディエは立ち止まると、両拳を握り、自らの中の魔力を高める。


「!」


 ラシナも驚くその魔力の上昇と共に、金色の髪は紫色に変わっていき、灰色がかった薄紫の瞳も、どんどん濃く染まっていく。


「色が…」

「ああ、俺の髪と眼は、魔人の特徴だって解り易いからな。普段は人間の色に化けてるんだ。まあ、こうやってちょっと本気を出すと、戻っちまうけどな。」


 髪も瞳も完全に真紫となった頃、ディーディエは高速でこちらへ向かってくる大きな力に気付いていた。


「やはり、魔力ギオンを感知する事が出来るようだな。よし、客人が来る前に、舞台を整えてやるか。」


 ディーディエが右手を突き出すと、その手の平が淡く光り出す。


吹き飛べドヴァン!」


 淡い光は収束し直径30cm程の光弾となり、正面の森へと放たれた。

 炸裂した木々が吹き飛び、ディーディエがチャンピオンとして君臨していた闘技場の舞台程の広さの平地が出来上がる。


「この威力…中位光弾魔法ドヴァンですか、本当に?」


 ラシナが信じられないといった表情で、露出した土の地面を眺めた。


光弾系ヴァンは、割と得意だからな。シンプルでイイ。」


 言いながら地面を踏み、固さに満足するディーディエ。これならば、思う存分闘えそうだった。


「久し振りに楽しめそうだからな。なるべく良いコンディションで迎えたい。」


 そう嗤うディーディエには、余裕があった。自らの強さに対する、圧倒的自信。いくら相手が強かろうと、遅れを取るとは全く思っていない。

 ラシナが唯一不安を覚えていたのはそこだが、先程の魔法の威力によって、木々と共に不安も消し飛んでいた。


「そろそろ来るな。ラシナ、離れていてくれ。ヤツには、俺だけに集中させたい。」

「了解しました。」


 軽く一礼したラシナはそのまま跳躍して森の中へ入ると、諜報活動で培ったその能力で、己の気配を消した。


 その僅か十数秒後、一人の剣士が森から飛び出してきて、魔人と向かい合わせに立つ。

 一目で剣士の強さを感じ取り、ディーディエは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ようこそ『竜斬り』、だったかな? 歓迎するよ。」

「……これはアンタがやったのか?」


 その剣士・ビトーは、辺りの森の惨状を見渡しながら聞く。


「ああ、狭っ苦しいところでり合うのは苦手でな。気に入らないか?」

「森は、育つのに時間がかかるんだ。今度から、土まで抉るのはやめて木を切るくらいにしとけ。」

「それは悪かったな。俺達は人間より寿命が長いもんで、時間の感覚が違ってね。」


 表面上の会話を交わしながら、ビトーはディーディエを観察していた。


『……強い! まるで、隙がない。できれば魔力だけなのを期待したけど、格闘もとんでもなさそうだ。』


 背に、冷や汗が流れるのを感じる。眼前の敵は、間違いなく過去一の強者だ。


俺では、まともにやったら間違いなく負ける。……なんとしても、アイツの!』


「さて、そろそろ本題に入ろう。俺はディーディエ。最近お前にやられた二人の魔人は、俺の部下だ。」

「……アンタが、『商団』の親玉なのか?」


 ビトーが『商団』の名を出したことで、ディーディエが少々驚きの表情を見せる。


「知っていたのか。ドロモの奴が口走っちまったか?…まあいいか。」


 例え知られたとしても、今、相手を処理してしまえば問題無い。


「残念だが、俺はボスじゃあない。商売の方が苦手でな、俺は戦闘係なんだ。」

「じゃあ、一番強いのか?」

「うーん、それも一番には成れてないな。やっぱり団長ボスだろうな。」


 相対している敵より、更に強い奴がいる。

 それは恐ろしい事実だったが、ビトーは表情を変えない。


「なんだ、商才でも強さでも上がいるのか。じゃあ、下っ端のアンタに負けるわけにはいかないな。」


 しかしディーディエは、その分かり易い挑発に怒るよりも、自分を前に動じない相手に対する喜びの方が大きかった。

 笑みを崩すことなく、体術の構えを取る。そして、その両腕の肘から拳までが、紫の陽炎のようなものに包まれた。


「口が達者じゃないか。それがどれだけ保っていられるか…失望させないでくれよ?」


『魔法で両手をガードしている。徒手空拳か。』


 相対して、ビトーも大剣『大鋼おおはがね』を抜き、珍しく正眼に構えた。攻撃を仕掛けるというよりは、相手の動きに対応するためだ。


「いい構えだ。…いくぞッ!」

「来いッ!!」


 地を蹴り飛び掛かる魔人・ディーディエと、迎え撃つ竜斬り・ビトー。

 のちに己の魂を削るようにまで、闘い続ける因縁となる二人の、邂逅のときであった。


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