第28話 ザーザ先生さようなら
◆
ザーザ先生は逃げていた。彼女が迎えに来ると信じて。そう、平和と調和を誰よりも愛すホワイトスノウ皇国の女王であり聖女であり女神と讃えられる彼女を信じて彼は命からがら逃げていた。そして運良く隠れることの出来る場所を見つけ、今は身を潜めていた。
「ちっくしょーーあの女騙しやがったな~~」
いや、信じてなど居なかった。いや、正確に言えばホンの十分前までは信じていた。しかし、彼女と別れてもうかれこれ半日が経過しようとしていた。流石に疲労困憊で精神が不安定な彼に人を信じる余裕など残って居なかったのだ。
「何が平和の象徴となる存在だよ、チクショウめ。平気で見殺しにしてんじゃねーか」
悪態をついたものの誰かがそれに応答してくれるわけではない。かといって大声で叫べば来るのはあのカエルのモンスター、しかも今は知らず知らずのうちに数が増していた。
「しっかし此奴ら本当に知能が低いな。まあ、カエルのモンスターなら仕方がないか。ハァ~昔の力が使えたのなら、こんな両生類の出来損ないなんて一捻りで潰すことが出きるのに、おっとと危ない危ない、危うく舌に持って行かれる所だった」
「ふん、お前らなどこのザーザ様の敵では無いは!?」
グワハハハハ!?
因みに本人はこう言っているつもりだが、当のカエル達には虫がピーピーと言っている様にしか聞こえて居なかった。そして彼は気付いては居なかった。徐々に餌場に向かって追い込まれていることを。猿の共和国でユートピュアは彼等が狡猾で非常に知能指数の高い種族と知らされたが、あの場所に居合わせていない彼がこの事を知るよしはなかった。そのため彼等の攻撃を自ら躱し続けて居ると勘違いしていたのだ。
「しっかし本当に愚かにも程が有る。こんな頭の悪い種族がどうして、こんなにも過酷な熱帯のジャングルで生き延びてると言うのだ?実に不思議でしょうが無い。まあ、恐らく繁殖力が半端無いのだろうな」
そう彼が笑って油断している頃、同じくしてカエル達は独自のアイコンタクトを互いに送りながらほくそ笑んでいた。もう時期夕飯に有りつけると、どんなに小さくとも食べれさえすれば彼等にはご馳走だった。この醜くてピンク色の見た事も無い生物、さぞ珍味なのだろうと眼をギョロギョロと左右バラバラにしながら、ケロケロゲロゲログゥワッグゥワッグゥワッと言いながら、誰が足を手を、腸を心臓を、眼を脳みそをと話し合っていた。
彼等は頭が良いだけでは無く非常に残忍な生物だった。相手を散々油断させ、体力が無くなった所をガブリと行こうとしていたのだ。ただ獲物を狩るだけなんて詰まらない。進化の過程で余計な知識を身につけたのである。
また今日はついていると彼等は思った。活きのいい人間の雌が一匹、そして小ぶりだが不思議な魔素を纏ったピンク色の小人が一匹。雌は二手に分かれた仲間が間もなく目的の沼地に誘導する頃合いだ。そこには彼等の幼生が今か今かと腹を空かせて待っている。そしてこの小人の方ももう時期疲れる頃合いだと。薄君の悪い笑みを浮かべ、ゆっくりゆっくりと確実に逃げ場の無い狩場へと誘導していた。
そんなことなどつゆ知らず、疲れから来るランナーズハイも作用してか、ザーザは一人全盛期の自分を思い出していた。そう彼が魔軍の司令官に任命され数多の敵を剛腕でひねり潰して来た栄光の日々を。
◇
「ザーザ、お前今度は俺と勝負しねえか?」
「はっ、何を言ってんだゾノキアス。司令官同士の勝負は魔王様から禁止されてるだろうが」
「へっ、怖気づいたのかザーザ」
「そんな訳が無いだろう。勝負にならない不毛な戦いは無駄だと言ってるんだよ」
「はっ、それはどうだかな~俺は最近また力を上げたんだ、もうお前さえ俺様の相手にならんかもな」
「ふんっ、蜥が余計な知恵を付けたと思えば、やっぱただの筋肉馬鹿よ。幾らうぬが力を付けたとて、このオーガ族には到底力は追いつけぬは」
ハア、ハアハア、ハア……
「おい、知ってるか」
「ああ、何がだ?」
「北の守りが陥落だとよ」
「マジか、確かアソコは海獣王ゲムラが護っていたはず」
「ああそうだ、ザーザ。まあ、でも奴も口先だけだったって凝ったなザーザよ、いや見た目だけか、グハハハハ」
「いや、そんな事はないゾノキアス。奴の触手は相当厄介な筈だ」
「そうかーーじゃあ何故奴は経った一人のエルフに焼かれて倒されたんだ」
「焼かれた、海上でか?」
「ああ、そうだ。ホワイト・スノウ皇国の王子、ユニヴァーシアって話しらしい。雪の女王の弟なのに炎の使い手ってのが気に食わねえ」
ハア、ハアハア、ハア
……何で俺は過去を思い出してるんだ。
嫌な予感がするぜ。これってまるであの戦場で舞う彼女を見た時みたいじゃないか。美しく舞い、雪の花弁が空一面を覆うと、辺り一帯の地表が一瞬の内に雪景色へと変わった。まるであの時と同じで、とても嫌な悪寒が走る。
俺はこの第六感が優れて居るお陰でギリギリその結界へ入ることを免れた。もしあのまま立ち止まらず進んでいたら。そう俺も氷のオブジェとしてあの土地で朽ち果てていたはずだ。
ハア、ハアハア、ハア……あの時と同じ、それならこのままその方向へ進んでは行けないと言うことでは無いのか? 俺は自分の勘を信じ今進んでいる道を止め右方向へ折れることにした。
すると、大人しく後ろから追従してきていたはずのあのカエル共が猛り狂ったように雄叫びを上げはじめた!?
「ハア、ハアハア、ハア……此奴らカエルと違うのか、何だ今の叫びは……まるで熊型のモンスターが叫ぶようだ」
これで確信した、先程の道を進めばジ・エンドだと言うことを、そしてもう一つこのカエルのモンスターの愚かな振る舞いが全て演技だと言うことを。しかし気付くのが遅かった。もうそろそろ体力の限界だ。
ハア、ハアハア、ハア……ヒュッ、ハア、ハアハア、ハア……
やばいやばいぞ、本当に俺は此処で命の火を終わらすことになるらしい。ふっ、我ながらおかしな人生だった。よりによって最期があの魔王様の生命を奪った、氷の世界を統べる姫さんに協力したがゆえ、たかがカエルのモンスター如きの胃袋へと収まる運命とは。
もう……これ以上は……一歩も……サヨナラ……この世界。
「ケケケケ、ケロケロゲロゲログワァーーグワァーー」
最期に聞く音はこの俺を小馬鹿にしながら喰らおうとする糞ガエルの声だとは。俺はもう気力も体力もなかったせいも有るが、両腕をダラリと垂らすと、項垂れた格好を最期に瞼を閉じた。
「グゲェーーーーグゲェーーーーグギャーーーーギャギュギョボゲーーーーーー」
ははっ、俺の断末魔の声も大概……いやいや、これは俺の声じゃねえーー。後ろからだ。俺の背後から聞こえる死にゆく者たちの叫びだ!?
一体なにがどうなって……
「諦めないでーーーー遅くなってしまってごめんなさい」
!?
嘘だろっ、俺はアンタにてっきり捨て駒にされたと思ってたんだぜ、なんだよこのタイミングの悪さ、いや絶好のタイミングで来やがって。ズル過ぎるだろ姫さんよ。もう俺の心の支えが折れちまった時に、もう諦めた時に助けに来てくれるんだもんよーー。アンタマジで最高だよ。でも、文句は言わせて貰わねーーとな。
「お……そい……って、うわわわ、何だよその船みたいなのは」
「あっ、これは私が風のエレメントで創造した方舟で、エアリアル・アークです。それよりも遅れてホンっとごめんなさい。ザーザ先生、私も本当に色々あって」
「おお、おお後ろのドでかい連中を見ればなんとなくは……」
カエルの連中を彼女が連れて来たお猿のモンスターが一掃したあと、あの間彼女に何が起きて居たのかを説明された。別れた後スグに彼等に捕縛(保護)され、その後彼等の王国で重要な話をしていた為に、俺の救出に遅れを取ったのだとか。訳がわけなので、お互いが大変な目にあっていたのには変わりない。文句を言ってはやりたかったが、事実助けに来てくれたのだから。俺は男らしくグッとこの気持ちを飲み込むことにした。
俺は彼女との出逢いに感謝したのだが、まさかその後の出来事でもっと彼女を尊敬し、全身全霊を持って御守りしたい存在になるとは夢にも思わなかった。
「それよりザーザ先生、私は貴方に試したいことが有ります」
「試したいこと?」
「はい、此処へ来る最中、私は色々先生のことを考えてました」
ポッ
「いえ、あの……そういう意味じゃ有りません」
ガクッ
「ザーザさん、私が考えて居たのは貴方の身体についてです」
ポッポッポッ
「いえ……だからそっちのお話じゃなくてですね……貴方の魔力枯渇の原因についてですってば」
「…………」
「そんな残念がらないで下さい。好みは人それぞれなので……ってああもうややこしくなって来たーーそれよりも、私が思うに貴方の魔力は無くなっていないと思うんです」
「それは、何を根拠に?」
「いいですか、もし本当に魔力が失われて居たとしたら、きっと闇も光の魔力も見ることは出来ないと思います。恐らくですが、現在貴方の魔力は闇と光どちらもお持ちになっていて、そのバランスが拮抗していると私は考えています」
「拮抗?」
「はい、どちらも同じ量の魔力のため、互いが互いを」
「打ち消し合う!?」
「そうですそうです。そうだと思うんです。なので、もし貴方へそれを打ち消す程のどちらかの魔力を注入した時、貴方は闇か光のどちらかの力を手に入れると思うんです」
俺は彼女の言葉に衝撃を受けざるを得なかった。
気付かなかった。そういうことか、流石だ、彼女は本当に頭が良い。現在自分の中で生み出すものが闇と光に関する力なら、ずっと1-1=0の繰り返しをしていることになる。見えてもそれなら繋がる訳がない。途中でいつも零になるのだから。しかし、注入って言っていたが……それは一体どうやって彼女はするつもりなんだ。
「理屈は分かりましたが、それを具体的にどうやってするのですか?」
「それは……試してみないと分かりません。それと一つ魔族にとって大きなリスクが伴います。それを受け入れて貰えるのか、それはザーザ先生、貴方次第になります」
「魔族に対してのリスクとは?」
「それは闇の力との訣別です」
!?
闇の力との訣別、つまりは俺は魔族で失くなるってことか。もう魔王様とは繋がれなくなる……そういうことか。
「闇の力がゼロとなるのか、それは実際にどうなるのか何かは分かりません。ただ私が貴方へ出来ることは、光の力を注ぎ込むことだけです。私には闇の力は持ち合わせていませんので」
「なるほど、そういうことですか」
「私は無理強いする気は有りません。もし必要なければ言って下さい」
「いや、是非、是非試してくれ。いや……挑戦させて下さい。俺は多分この機を逃せば、きっとこのピンク色の醜い小鬼のままで。闇の力を手放すのは確かに忍びないが、また魔力を手にすることが出来るんなら、これ程嬉しいことはねえ」
「分かりました」
そう言うと彼女は詠唱を開始した。あの戦場で見せた彼女のみが使用できる徒手魔法、六方晶の空間。
━━
「ごめんなさい。痛いかもしれませんが、我慢して下さい」
そう言うや否や、俺の身体全体はあの空間へと閉じ込まれた。そして、俺の視界に映るのは無数の光のシャワー。騙されたと思った、何故ならこの魔法で大勢の仲間が包囲され、そして光へ滅っされていったのだから。カエルから逃れても結局俺は魔族、優しい言葉を掛けて起きながら、最期はこの世から抹殺するのが彼女の目的だったのだ。俺の身体には無数の光の針が突き刺さる。止まない光の雨、痛いのを感じる前に降り注ぐのか、もう身体は麻痺し何も感じない。容赦なく繰り返し繰り返し放たれる光の流星に、いつしか自分は意識すら飛んで行った。
◇◆◇◆◇◇
「ザーザさん、ザーザさん」
(誰だ、誰かが、誰かを呼ぶ声がする)
「ザーザさん、ザーザさん!?」
「一体何故俺に、いや私めに向かってその名前を……」
「ザーザさん、ザーザさんってば。目を覚まして、しっかりして下さい」
「いや、だから私は……ザーザではなく、あれ、私は誰だ?」
そして私は自分を俯瞰するもう一人の自分が居た。魂が抜けている状態と言うのだろうか? それにしても、私の姿はこんな姿をしてただろうか?
全体は深緑色の礼服で襟刻みと襟型の外周部分は金色に施されて居る、いわゆる夜会のタキシードで身を包み、そして背中には全体的に白く外回りは青白く光る翼が生えている。まるで天使になった気分だ。顔は彫りが深く、瞳はエメラルドに輝いており、釣り目で黒縁の眼鏡を掛けている。インテリジェンスな執事といったところだろうか?
そして私に声を掛ける方は、私がお仕えする主。
「恐れいります、先ほどから何事で御座いますでしょうか、ユートピュアお嬢」
「ユッ、ユートピュアおっお嬢って? あっあのっ、何か頭とか打たれたんですか、ザーザさん」
「これは酷いですな、私は頭など何処も打った憶えは御座いません。まあ、沢山の光は浴びましたが、それにです。私はザーザでは御座いませんです。はい」
「えっ!? 記憶喪失、まさか副作用?」
「記憶喪失? 何を言われているのですか、一体どうされました。全く何を素っ頓狂なお声を出されているのですか、お嬢」
「お嬢って……。まっまあ、お嬢ということでいいです。それよりじゃあ、あっ、貴方は一体ザーザさんじゃないとなると、どちら様ですか?」
「これはまたお酷いですね。お忘れになったのですか? 私は……」
うん、私は一体誰だ。何か記憶が欠落している。
いや……そうではない、私は生まれ変わったのだ。
そう私の名は……
━━ノエル・ライトで御座います━━
そう、あの日私はお嬢を支える翼、闇を纏う光、ノエル・ライトとなった。
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