第7話 チャンスは向こうからやって来ます



「いやーー伝説のホワイトスノー皇国の姫が、まさか我が国の祈りを一緒に」



「ええ、感動致しましたわ、ねえアイゼン」



「はい、姉様」



「いえ、ただ手を合わせただけですので……」



 まさか、向こうから僕の出身であるだろう国の名前を出してくれるとは思わなかった。どうやらこの指環の持ち主の出身は、ホワイトスノー皇国と判明した。



 天使から天子、そして今は某皇国の姫。



 勝手にコロコロ自分の職業じゃ無いが、キャラが変わっていく。取り敢えず公爵の勝手な解釈のお陰で、どの国の人間であるのかはクリアーした。



 でも、それで次の問題が解決した訳じゃない。



━━そう名前だ、本名であり、フルネームだ!!



 普通にそのままユウと答えるか? それとも……



「そう言えば、お名前をお伺いしていなかった、宜しければ教えていだだけませぬか」



「………………」



「お父様、まだ御自身のお名前をおっしゃられておりませんわ」



「おっと、これは失礼、ハイドルベルグ・アイネ・シュタッフェンと申します、姫」



「ワタクシは、ローゼンマリア・アイネ・シュタッフェンですわ」



「我が名は、アイゼン『言う必要無くてよ、愚弟』……」



「「「是非!貴女様のお名前を」」」



「ワタクシは、ユウ……『ユウ?』……ユートピュア・ホワイト・スノー」



 本名は日本語で、それだけだと何と無く通じそうに無いので、彼等の名前の様に少し横文字で言ってみた。



 まあ彼らは何処となくヨーロッパ的な響きなので、自分の英語的な響きで納得するのか分からないけど。理想郷と純粋の造語で名前を表す事にした。



 あとは…彼等が普通に僕の名前を疑いも無く、その皇国の人間だと受け入れるか否か? 



 もしこの国に精通していたらアウト!!



 でも、僕を見ても何も疑ってこない時点で、恐らく詳しくないのだろうと思われる。ただ、今のところ無反応な態度が気になる所だが。



 いや……



 いやいや、よく見ると公爵の顔がみるみる青くなり始めているじゃ~~ないか。



 いったい、これはどういう訳だ?



「ユートピュア……ホワイト………スノー…………」



「…………」



「まさか、生きていらっしゃるとは」


━━生きてる? どういう事だ……



 そう思っていると、彼は徐にテーブルに置かれたベルを三回鳴らした。すると、ドアの向こう側でも、同じ長さのタイミングで三回鳴るのが聞こえた。



 そしてそれは何かバトンを繋ぐかのように、遠くへ遠くへ同じタイミングで鳴らされてるのが、微かに聴こえた。



 暫くするとドアが開き、一人の初老の男が入って来た。すると公爵は耳元で彼に何かを話すと、また踵を返しドアの向こうに消えて行った。



 楽しみに待っていた食事の時間が、沈黙の時間へと変わった……



 こちらの空気を察したのか、アイゼンハルトが食事をどうぞと促したが、とてもとても喉が通る雰囲気では無かった。



 苦笑いしながら取り敢えず、アリガウと礼を述べ、グラスに注がれた水のような物を喉へ流した。


 

 少し柑橘系の香りがしたが、味はそのまま水の様なものだった。



 お腹に水分を取ったことで、胃が活動し始め、余計にお腹が空いたが、とても今の状況のままでは食事を進めることは出来なかった。



 気づかれないようにお腹をさすり、腹の虫を抑えていると、今度は初老の男性と二人の従者が、大きな大きな巻物のような物を持って来た。



 長さはだいだい身長の高い大人の男性と言えば良いだろうか? 元の世界で言えば180センチくらいの長さが有る。



 そして巻き物を開くため、ワザワザ絨毯の上に白い布を敷き詰めると、従者と思われる男達はその巻物を開いていく。



 最初に花の絵柄が現れ、次に人の足のような物が目に入った。この巻物は、掛け軸みたいな絵が描かれた物に違い無かった。



 やがて顔が見える所まで絵が開かれ、それを見た瞬間皆が『オオッ』と驚きの声をあげた。



 しかし、実際この中で一番に驚いて居たのは、他でもない自分だった……



 絵の中に映る、優しく微笑むその女性の顔は、紛れもなく僕だった……絵を見ている筈なのに、まるで鏡を見ているような気にさえなる。



 それよりも彼女の隣に立っている男性は誰だろうか? 彼女は手を膝に乗せて座っており、その手に彼は自らの右手を乗せ、優しく彼女を見つめている。



 恋人同士なのだろうか?



 淡いタッチで描かれていたが、まるで二人はそこで息をし、今も会話をしているように見えた。



 はっと気が付くと、僕の目の前には先程この絵を運んできた三人は勿論、この部屋の四隅を護衛していた衛兵達まで、僕の目の前で跪いていた。



「この眼で貴女様とお会いできますとは、至極光栄の至りで有ります。」



「まさか、末裔などでは無く、御本人様とお会い出来ますとは」



「「「 ホワイト・スノー皇国の栄光あれ」」」



 僕が口から出任せで呟いた名前が、本当にこの世界で実在している人物だなんて、しかもその本人と名前だけで無く、顔まで一致するなんて!



 何という偶然なのだろう?



 まさか自分の下の名前を文字っただなんて今更言える筈が無い。



 指輪、顔、名前まで一致したのだから、もう疑いが掛けられることは無いだろう。



 しかし、今自分の中の疑問を口に出せば、この信頼も直ぐに崩れるに違い無い・・・



 でも、やはり気になる!?



 この男性は誰なのだろう? もし僕とは違って本当に生きていたとしら、対面した時にどうやって僕は対処すれば良いのだろうか?



 そうだ、皆を騙すようで申し訳ないが、この女王の事を知るために僕は記憶喪失の振りをしよう。



 取り敢えず自分の名前だけは憶えていると言う前提で話を進めよう。



 そのうえでの設定として、自分は突然目が覚めて、この時代にいること、自分がいた時代とはどうやらいくらか違うような気がすること(本当は情報収集のためだが)、是非あなた方が知る情報を、この偶然では無い出逢いと信じ教えて欲しいとお願いしよう。



 ヨシっ、そんな感じで聴いてみよう。




 ……もしダメなら、少し気持ち悪いけど、身体は女性のそれなので、女の武器を使ってみよう。



「すいません、ちょっと質問をさせて頂いても良いでしょうか? えーと……」



「これは失礼、私はここで宰相をしております。ビスケンマルクと申します。して、どうなされました? ユートピュア様」



「その絵の方なのですが?」



「貴女様では無いのですか?」



 宰相の訝しげを含む言葉に、皆が一斉に振り返った……

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