拾ったのが本当に猫かは疑わしい

ねこ沢ふたよ

第1話 出会いの夜

 七年付き合った彼氏の浮気が発覚して、彼氏の左頬を右ストレートでぶん殴って別れた雨の夜。会社帰りに黒い塊を拾った。

 電柱の横にゴミ袋と見間違うばかりのその塊。黒い毛むくじゃらで目は金色。シッポは長い。水に濡れてドロドロだから分からないが、たぶん猫だろう。サイズ的にも。

 そう思って拾ったのだが……。

 

 私の家は、築年数の二十年ほど経ったワンルーム。トイレこそセパレートだが、必要最低限の設備があるだけの、六畳一間。一人暮らしには、十分だ。

 助かることに、古いマンションだから、ペット可。だから、猫を飼っても問題は無い。


「とりあえず。風呂入れるか」


 私は、要らなくなったタオルを用意して、その黒い物体を風呂場に搬送する。

 拾った猫という物は、たいていノミとダニの宝庫だということは、小学生の時に学習している。だから、猫と思しき生き物を拾ったならば、部屋に入れるよりも速やかに風呂に入れて綺麗にしてから、部屋に入れないと、部屋がノミまみれのダニまみれになる。


 うう……。

 黒い塊がうめく。風呂が嫌なのだろうか……。


「仕方ないでしょ。汚れているんだから。……うう? 猫って普通、ニャアじゃない?」


「じゃあ、ニャア」


「じゃあってなんだよ。じゃあって」


「ニャア」


「なんだ、こいつ」


 猫が人語を解するなんて、あるのだろうか。

 アニメでは、みたことがある。イケメンに育ったり、宇宙人だったり、美味しいご飯を作ってくれたり。こいつが? まさか。

 とにかく、外は雨。この小さな塊は、生き物。そのままポイ捨てするのも可哀想か。イケメンに育つかもしれないし。

 ならば、綺麗にしてから部屋で全体像を眺めて、そこから考えよう。

 私は、床にへばりついている物体をむんずとつかんで、風呂場でシャワーを浴びせかけた。


「うわ、汚ね。ドロドロだよ」


 シャワーで湯を浴びせれば、排水口に向かって、黒い汚れの筋がつく。


「わ、白黒の縞々だ」


 汚れが取れれば、姿がはっきりしてくる。

 虎柄。…ていうことは、やっぱり、猫か。肉球あるし。

 さっきのは、聞き間違えか?

 タオルで虎柄の塊を拭いて、自分も風呂に入る。

 湯船につかれば、身も心もほぐれて、細かいことは気にならなくなってくる。


 ま、いいか。

 彼氏と悲しい別れをした当日に拾ったのも何かの縁だろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る