31:『魔法使いの友達の思考回路に苦言を呈した結果』
(2023/12/22・Prologue)
初めて出来た魔法使いの友達の思考回路が、あんまりにも差別主義的で残念極まりなかったので、親切心から苦言を呈してあげた。
「偏りまくった思想に固執していると、将来ヘビ顔のハゲ野郎になっちゃうよ」
友達は首を傾げる。柳眉は顰められ、お綺麗な顔には「何を言っているんだ、こいつ」と記されている。
驚いた。世界的に有名な『例のファンタジー児童小説』を知らないのか。非魔法界で非魔法族のふりをしながら暮らしているのに?
「ファンタジー小説に価値はない」友達は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。「あれに書かれているものは全部、でたらめもいいとこ。魔法使いや魔女が登場する作品なんて特にだ。触れるだけで虫唾が走るね」
「と言うってことは、少なくとも一度は、魔法使いや魔女が登場する小説を読んだんだね?」
そう指摘すると、友達の白い頬がぽっと赤く色づいた。そして「うるさい!」と叫んで宙に浮き、流れ星の如く飛んでいってしまった。どうやら図星だったらしい。
しかし、友達は一体、どんな魔法使いや魔女が出てくるファンタジー小説を読んだのだろう。詳細を訊ねることが出来なかったので判らない。
が、そんなことは横に置いて遙か遠くへ蹴っ飛ばしておく。とりあえず『例のファンタジー児童小説』と映画のDVDをプレゼントする。早めのクリスマスプレゼントである。
はい、と差し出した瞬間、こんなもの要らないと突き返されるかと思った。そもそも魔女狩りを行った宗教の開祖の降誕祭など虫唾が走るどころの問題じゃないと怒鳴られ、蜘蛛とか蛙とかの生物に変える呪いをかけられるかとも考えた。
けれど心優しき魔法使いは、プレゼントを受け取ってくれた。これでもかというほど眉間に皺を作り、渋々中の渋々といった感じだったけれども。
プレゼントをあげて幾日が経っても、友達に『例のファンタジー児童小説』と映画の感想を求めたりはしなかった。読んだ? 観た? と確認さえとらない。友達の態度を目にすれば、答えは一目瞭然だったので。
友達の思想は緩やかに改善された。態度の方もまた、緩やかに軟化した。
そして劇的に何かが変化した。その「何か」が最初は判らなかった。とにかく何かが変わったのである。のめり込みだした、と表現しても良い。
以前とは違う方向へ思考回路を爆走させる友達の姿を見、不安にならなかったと言えば嘘になる。
どうしたのか、何を考え何をしているのか。何度訊いても、友達は答えをはぐらかした。或いは、のらりくらりとした態度の後で「そのうち判る」と言うだけだった。
友達の言うとおりだった。
答えは確かに、そのうち判った。
行きつけの書店でサイン会が行われている。
何十人ものファンによって作られた行列の中程に立ちながら、前方に吊されたパネルをぼんやりと眺める。そこには新進気鋭のファンタジー作家の名前が大きく印字されている。
あの下にいるのだろう。初めて出来た魔法使いの友達が。
果たせるかな、友達は非魔法族の小説家のような出で立ちで椅子に座っていた。
ふたりを隔てるように配置された机の両側には、それなりに分厚い本が山と積まれている。今回の新作だ。実はサイン会が行われる前に既に二冊、購入している。実用用と布教用。いまから手に入れるものは当然、保存用にする。
「今日は来てくれてありがとう」
友達が完璧な微笑みを浮かべながら、頂上の一冊へ手を伸ばす。絹のように白く滑らかで細い指が表紙を開き、黒のサインペンを取る。無個性で無粋なそれも、友達が持てば世界に一点物の高級品に見えるから不思議だ。まさに魔法にかけられている。
「ひとつ、お訊ねしても良いですか?」
さらさらと滑らかに滑るペン先を目で追いながら問いかける。友達は優しい声音で「どうぞ」と返してくれる。
「どうしてファンタジー小説を……魔法使いや魔女が出てくる作品を執筆したんですか?」
こちらの問いに友達は、きょとんとした。そして少しだけ俯くと、蚊が鳴くような声で
「事実に即したかった」
と言った。
髪の隙間からちょっとだけ覗く耳は、その熱が判ってしまうほど真っ赤に染まっていた。
(終)
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