出で立つ
ここに来て丁度一ヶ月が経った。
怪我は殆ど回復し、身体を動かした際の傷みを感じる事はなくなった。
この日、アーロンは用事があると言って朝から何処かに出掛けていた。
双子は遊びに行くと言って庭に出掛け、ナタリーは畑へと出ていて、家の中にはルイスしかいなかった。
難しそうな本を読みながら薬草を触っているルイスにロボは声を掛けた。
「今、少しいいか」
後ろから声を掛けられ、ルイスは少し驚いた顔をしながら振り返った。
「ああ、どうかしたんですか?」
「今日ここを出て行こうと思っている。帰りの道を教えてくれないか」
ロボの言葉にルイスは手に持っていた薬草を机の上に置いた。
「今日ですか……。じゃあ、それまでに荷物とか必要な物を纏めておくので、出発は夕方辺りになりますかね」
「いや、悪いが今すぐ出るつもりだ」
「はあ? ここは人里から離れた場所にあるので、徒歩で人里まで向かうのは相当時間が掛かりますよ。先生に言えば魔法で街まで送ってくれますから、帰宅まで待っていてください」
「何日掛かっても構わない。道を教えてくれ」
頑として意思を曲げない姿勢を見せたが、ルイスも譲ろうとはしなかった。
「何と言われようが無理なものは無理です。実際にこの森を抜けた経験がないので方角もわからないですし、迷えば森から出られない可能性だってある。大人しく先生の帰りを待っていなさい」
ルイスは強めの口調でそう告げると、また本へと視線を落とした。
他の皆に比べると、俺を警戒している様子だったルイスなら、俺の行動の手助けをしてくれるかとロボは思っていだが、それは無理だったようだ。
しかし、怪我が治った今、ロボは一刻も早くここを去りたかった。
ルイスの威圧的な視線を向けられて部屋を出されると、一度自室に戻り、少し考えて行動へ移すことにした。
本に集中しているルイスの後ろを、足音を殺して進み、扉の音をたてないようにゆっくりと開けてロボは外に出た。
庭に出ると、遊具などが置かれている方から複数の鈴の音が聞こえたので、ロボは気付かれないように向こうの様子を伺いながら慎重に進んだ。
ロボはもうこの家には戻らない気でいた。
ある程度の荷物と、悪いとは思ったが食料を少し頂戴し家を出た。
あの日胸の痛みに気が付いてから、ここに長居するのは危険だと感じていたため、怪我が治ったらすぐにでもここを出ようと計画していたのだ。
歩けるようになってから家の周辺を散策するのを日課にしていたが、その間魔物には一度も遭遇することはなく、ましてや見掛ける事もなかった。
なので、ある程度迷子になっても野宿を繰り返せば死ぬことはないと判断した。
魔物の危険が無ければ、なんとかやっていけるだろう。
貸してもらっていた部屋には、置手紙と貰った鈴のブレスレットを置いて出て来た。
本当はアーロンがいる時に、面と向かって礼を言った方がいいのだろうが、敢えてそれは避けた。
歩き始めて1時間程経っただろうか。
日常的に散策して、ある程度見慣れていた森の景色はもう過ぎ、見慣れない景色ばかりになってきた。
時折、見たことのない不思議な姿をした動物に遭遇することがあったが、ロボの姿を見ると逃げていくか、気にする素振りも見せないかのどちらかだった。
今まで療養していて身体を動かしていなかったからか、体力が落ちて息が上がりやすくなっている事に気付き、ロボは少し休憩しようと目に着いた木へ近付き背を預けた。
心地の良い風が頬を撫でる。
少し汗ばんでいた額から、汗が少しずつ引いていく。
家から頂戴した飲み物を口に含みながら、ぼんやりと他の木々を眺めていると、少し離れた所から沢山の鳥が飛び立っていく姿と、地面を蹴って走る足音が聞えてきた。
こちらに向かってきているような音に警戒し、木にでも登って様子を伺うべきかと思案していると、予想よりもはるかに早く、その足音の主が目の前に現れた。
3~4メートルはあろうかという大きな身体に、特徴的な縞模様をした虎の身体、背中には無数のトゲが生え、身体を覆う程の黒い翼を広げていた。
この翼で走る速度を速めたためか、ロボが行動に移すよりも早くここに到着したのだろう。
その魔物はロボの姿を凝視し、唸り声を上げ、鋭い牙の隙間から涎を垂らしていた。
この森には魔物の類はいないものだと思っていたが、それは早計だったようだ。
今までの散策で魔物に遭遇しなかったのは、ただ単に運が良かっただけだったのかもしれない。
目を逸らして相手の姿を見失えば、即座に殺されてしまいそうで、相手から目を逸らすことが出来ない。
そのまま相手から目を離さないようにしながら数歩後ろに下がった時、背中が木に当たった。
止まってしまった歩みに動揺していると、それに気付いた魔物がロボに飛び掛かって来た。
右に飛び込んでなんとか避けたが、恐怖で心臓がバクバクと鳴っている。
震えてきた足を奮い立たせるように手で叩き、なんとか正常を保っている。
少しでも魔物の攻撃を躱せるように相手の動きに神経を研ぎ澄ませ、少しでも襲い掛かる仕草を見せたら避けるようにしたが、そう何度も躱し続けていられるものではない。
そのうちにこちらの体力がなくなってきて、身体に喰いつかれるのが目に見える。
必死に頭を回転させ、逃げる方法を考えるが、何も浮かばない。
体力のない身体が限界を告げはじめ、身体の動きが鈍くなってきた。
魔物の動きにもついていけなくなり、ついに振り上げた魔物の前足に叩きつけられ、背中を木に強く打ち付けた。
胸には鋭いひっかき傷ができ、頭を打ち付けた事でクラクラと景色が揺れる。
絶望的な状況で頭に浮かんできたのは、ロボを守って戦うアーロンの後姿だった。
そういえば俺を守ってくれた時、アーロンはなんと唱えながら戦っていたのだろうか。
なにか言葉を発していたのだが、あの時は必死であまり覚えていない。
アーロンは確か……。
何故今こんなことを必死に思い出そうとしているのか自分でも不思議だったが、それでもなんとか思い出そうと頭を捻り続けた。
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