危機を脱する

 一瞬フラッシュを焚いたように辺りが白く光り、ロボが眩しさから目を瞑り、ゆっくりと目を開けた時には、ガタイのいい男は目を抑え、フラついていた。

 何が起こったのか分からず、ロボは混乱する頭で二人の様子を観察していると、フードの男が俺をおぶったままガタイのいい男の横を通り抜け、走りだした。


 ロボは思わず男の後頭部を叩いた。


「おいっ! 何してんだよ」


 決して早くない速度で走るフードの男は、息を切らせながら言った。


「彼、治安維持部隊の人だろう? そんな人と怪我をした君が一緒に居るなんて、悪いことに違いないと思って」


 路地裏の角を曲がった時、フードの男はおぶっていた俺を前方に投げ飛ばした。

 背中を打ち付け、文句を言おうとロボが男の方を向いた時、その後ろには下っ端の男が立っていた。


 下っ端の男はロボを忌々しそうに睨みつけ、ロボの横にいるフードの男をチラリと見て舌打ちをした。


「だから俺が行くって言ったのに…」


 そう下っ端の男は小さく呟くと、腰からなにかグローブのような物を取り出して、手にはめた。

 耳元で誰かがずっと喚いているのか、煩わしそうに耳から球体の物体を取り外すと、それを足元に投げつけた。


「あーあ、また隊長に怒られるのかあ」


 独り言のようにそう呟いたと思った次の瞬間には、拳を振り上げた状態で下っ端の男はロボの目の前まで来ていた。

 あまりの速さに反応できず、身動きが取れない。


 ただ振り下ろされる拳を目で追っていると、その拳が突然目の前で止まり、下っ端の男はそのまま後ろに下がった。


「魔法障壁?」


 下っ端の男は驚いたような顔でそう呟くと、ローブの男を睨むように見た。


「……お前、魔法使いか」


 魔法使いと呼ばれたローブの男を見た。

 よく見れば右手になにか杖のような物を持っているのにロボは気が付いた。

 ロボが魔法使いを見るのは初めてだった。


 そういう存在がいるのだという事は知っていたが、魔法を使える者は少数で、また身を隠す習性があるらしく、お目に掛かる事は全くなかった。

 それがこうして目の前に現れるとは、思いもしなかった。


 魔法使いはっロボの前に立つと、小声で話し掛けてきた。


「…走れる?」


「少しなら。だが長い距離は無理だ」


「後少し行けば、僕の家に繋がる道がある。本当は僕がおぶって行きたいところだけど、あの人相手にそんな余裕なくて」


 作戦を立てていると、下っ端の男はイライラしているような顔で向かってきた。

 魔法使いであっても相手の動きについていけないのか、魔法障壁でなんとか攻撃を防ぐばかりで防戦一方だった。


 壁際まで追い込まれ、すんでのところで躱した相手の蹴りは空を切り、魔法使いが背にしていた建物に当たった。

 壁には大きな亀裂が走り、建物は音を立てて崩れ落ちた。


 建物の向こう側からは悲鳴が聞こえ、誰かの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 きっとまだ建物の中には人がいたのだ。

 ロボは咄嗟に身体を動かそうとして、自分の状況を再度思い出す。

 魔法使いも建物の方が気になるのか、落ち着きがないように見える。

 仮にもこの街の治安を維持するのが仕事の筈だろうと下っ端の男を見たが、頭に血が上り、周りが見えていないようだった。


 どうすればいいのか分からず、思考を巡らせていると、遠くから声が聞えてきた。


「ガイアス!」


 その声に聞き覚えがあるのか、下っ端の男はピクリと少し反応した。


 向こうから走って来たのはガタイのいい男だった。

 辺りの惨状を見て驚愕し、誰かに指示を出しているのか、手を耳に当てて大声で誰かと話している。


 ガイアスと呼ばれた男が声に反応して後ろを振り返ったのを見て、魔法使いは杖を振りながら何か言葉を発した。


 すると崩れていた建物の瓦礫が浮き上がり、取り残された人が1人、倒れているのが見えた。

 ガタイのいい男はすぐに魔法使いの行動を察し、倒れている人の元へ向かった。


 それを見届け、構えていた杖を降ろそうとした時、ガイアスが魔法使いの腕めがけて拳を振り下ろした。


 咄嗟に魔法障壁を貼ったようだが間に合わなかったのか、魔法使いの腕から鈍い音が聞こえた。

 それまで浮いていた瓦礫は地面に落下し、ガタイのいい男は落下する前に避けられたようで、担いでいた人ごと無事なようだった。


「ガイアス! もういい、やめろ!」


 苛立った声でガタイのいい男は叫ぶが、当の本人には届いていないようだった。


 魔法使いは右腕を抑え、肩で息をしながらロボの方を向いて叫んだ。


「走って!」


 それを合図にロボは痛む足に力を込めて走り出した。

 後ろでは杖を左手に持ち替えた魔法使いが、なにかを小さく呟いている。

 言われるがまま道なりを走っていると、目の前に所々色が剥がれているレンガ造りの小さな小屋が見えてきた。


 魔法使いはその小屋を指さして「あそこまで走って!」と言った。

 何故あんな古びた小屋に向かわせるのかは分からなかったが、他に出来る事もなく、ロボは素直に魔法使いに従った。


 走っている間も後ろからガイアスが走って来るような足音と物が壊れる音、魔法使いが魔法詠唱をしている声が聞こえてくる中、ロボは懸命に走った。

 なんとか小屋まで辿り着き、小屋の扉を開けて倒れるように中に入った。

 しかし中はなんて事ないただの物置小屋で、掃除用具や壊れたガラクタなどがあるだけだった。

 数秒遅れて小屋に息を切らせて魔法使いが入って来る。


「なんでここまで走らせたんだ! ここになにか形勢を逆転出来るような道具があるのかと思ったがなにもないじゃねぇか! どうすんだよ、ここに立て籠るのか⁉」


 最早再び走るのは難しい足を手で抑え、焦りからロボはそう捲し立てた。


「わかってる! わかってるから少しだけ静かにしてて!」


 魔法使いは床に手をつき、上がった息のままたどたどしく詠唱らしい言葉を言っていた。

 その時、魔法使いの後ろで大きな音がして、小屋の扉が破壊された。

 飛んできた扉の破片は弾かれることなく魔法使いに当たり、その一つが魔法使いの頬を切った。


 今は魔法障壁を張っていないらしい。


「面倒を掛けさせるなよ」


 扉から入って来たガイアスは、手に着いた土埃を払い、魔法使いの頭を目掛けて手を伸ばしてきた。


 しゃがみ込んだまま避けようとしない魔法使いを見かねて、ロボが咄嗟に腕を伸ばした時、身体がふわりと浮く感覚と、周りの景色の色が混ざりあうように一瞬歪んだ。


 自身の頭が可笑しくなってしまったのかとロボは思い、目をしばたたかせると、いつの間にか目の前には森の景色が広がっていた。

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