4

「ビンゴ。じゃあ、軽く準備しろ」


 セクトの独り言にリキはガーゴパンツに付いていたシルバーアクセサリーを外し、右手に巻き付ける。


「リキって格闘? なら、張り合えそうだね。銃持ってたら最悪だけど」


 ハンカチを拾い、ゆっくり歩いて行くと崖ギリギリに立つ彼女と陽祐と駿の姿。脅されているのか、彼女はかなり怯えた様子。


「おーい、サイテー野郎。相手してやんよ」


 リキが声を張り上げると「行け」と陽祐が顎で合図。駿がニコニコしながらやって来る。


「へっ、一人で十分だってか。甘く見んなよ」


 暗闇の中、ダンッと強く石を蹴り走り出す。拳と拳がぶつかり合い、睨みながら一旦距離を取る。

 そんな中、二人の間をすり抜けるようにセクトが素早く動き、背中から陽祐に飛び付き、首を絞め「逃げて」と彼女を遠ざけようと声をかけた。しかし、先ほどやられたせいかうまく力が入らない。稼げたのはほんの数秒。だとしても、彼女は崖から離れ、振り飛ばされたセクトに駆け寄る。


「やっぱり来たか」


「諦めが悪いもんで」


 振り飛ばされたとき、肘で殴られたのか焼けるように痛い。唇を噛み締め、どうにか立ち上がるとカチッと小さな音が耳に入り、彼女の腕を掴み横へ押し倒すとパァンと乾いた音が闇に響く。『銃もってたら』なんて無いと思っていたが、さすがに見逃す気はないらしい。



「チッ傷だらけの癖に素早い」


 セクトは押し倒した彼女に「そこにいてね」と優しく声をかけ、痛みに耐えながら武器なしのまま立ち向かう。

 突進する勢いでぶつかっては、頭と頭が当たりゴンッと鈍い音。力比べするように手を握り、素早く足をクロスさせ、バランスを崩すよう引っ掻けると胸ぐらを掴む。しかし、逆に引っ掛けられ投げられてはダンッと両足着地し踏ん張る。力みすぎたのか数秒間無防備。

 下から上にかけてアッパーが顎に当たり、フワッと体が浮く。すると、陽祐は銃を構え「サヨナラ」とゼロ距離で心臓を狙う。

 セクトは“死ぬ”と確信して目を閉じるとドンッと少し柔らかくも固い衝撃が体を襲う。パァンと乾いた音。それが弱い女性の声を壊すように響く。うっすら目を開けると、花びらのように赤い血が宙を舞い、それでも尚――彼よりも小さな体が守ろうとして邪魔をする。


 ――そんな――


 ドンッとみっともなく倒れ、血を吐きながら顔だけ上げると倒れた彼女の姿。ピクリとも動かない彼女に蹴りを入れ「死んだか」と確認している陽祐。


「駿、撤退だ。退け」


「了解」


 微かに肩が動いているが「どうせ死ぬ」と判断したのだろう。逃がすまいとリキは駿の腹を殴り、陽祐の共へ投げ飛ばす。しかし、簡単に受け止められ、銃を向けては「怪我したくなかったら動くな」とリキからセクトへ向け「リキ」とセクトの弱々しい声にリキは仕方なく手を上げた。

 頭の後ろに手を回すと「物分かりが早くて助かる」とゆっくり下がる。闇に姿が溶け、見えなくなるとセクトは這いつくばりながらゆっくり彼女に近づく。力ない彼女を抱くと無意識に涙が流れる。立ち上がり崖に近づくと――リキの「止めろ!!早まんな!!」の声に立ち止まる。


 だが、ターンッとこれまでとは違う銃声。


 セクトの右肩に何かが貫通し「ぐっ」と痛みに小さな声を上げる。ターンッとニ発目。今度はキンッと指輪から火花が飛んだ。


「セクト!!」


 銃撃に何を思ったのか彼は――。いや、二人の姿は崖の下。真っ暗な海の中へと落ちていった。


 海の水が傷を痛めつける。悶えるどころか力が入らず口一杯に水が入る。苦しさで意識を失いつつも、彼は動かぬ彼女を抱き締めながら深い深い海の外へと沈んでいく。


 しかし「ねぇ、起きてよ」と優しい声。


『恭介ってば、朝だよ』


 暗いはずなのに照らすように光が見える。苦しいはずなのに、不思議と楽で……軽く手を伸ばすと少し小さな手が優しく包む。


『ほら、リキが待ってるよ!! 早く早く!!』


 噎せながら目が覚めると、流されたのか海岸。ジャケットが脱げ、Yシャツ一枚だが打ち上げられていたのか乾いていた。体を起こすと鋭く痛みが走り、起こせず倒れると無意識に指輪を見つめる。


「……守ってくれたの? ホントにバカだね」


 彼女を抱き締めていた左手。離せとわざと撃ったのだろうか、指輪が守ろうとして代わりに受けてくれたらしい。一部だけ欠けておりみっともないが、彼女のことを不思議と思い出す。

 たった二週間の出会い。こんなに近くて長く居たのは大嫌いな家族以外誰にもいなかった。


「彼女が守ってくれたこの命。今度は俺が何かしてあげないと……」


 疲れたのか頭が痛い。視界がボヤけ、意識が薄れていく。そのあと、彼が目覚めたのは病院で――目を盗んで脱走しては一人裏世界へと消えていった。


               ―完―

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