第34話 エピローグ:届けられた花
「ママ。お花もらった」
背後から話しかけられて、お湯を沸かしていたコンロの火を消した。
振り向くと、誕生日の時に買ってあげたお気に入りのワンピース(一日おきに着ている)姿のエルーシアが、クリクリとした瞳で私を見つめていた。
三歳になった娘はとてもよくお喋りをする。
夫人にもたくさん話しかけている。
私が三歳の時もこんな感じだったのかな。
夫人は、“お前たちはよく似ているよ”という。
クルクルとした銀色の巻き毛だけのことではないと思う。
私に似ていても似ていなくても、可愛くて、愛しくてたまらない、とても大切な存在なのだけど。
「お花は、アンセルさんから?」
「違うよ」
「誰からもらったの?」
小さな手には何も持っていないようだけど。
「知らない人」
「知らない人って、簡単に物をもらってはダメよ。危ない物だったりすることもあるのよ?お名前は教えたりしてない?」
「お礼なの」
「お礼?」
「ママ、結婚してる?って聞かれたから、してるけどパパはいないって教えたの。ママ、彼氏いる?って聞かれたから、いないって教えてあげたの」
変な人に話しかけられてしまったのだと、眉を寄せてしまう。
エルーシアが無事でよかった。
一人でお屋敷の外には出ないように言わないと。
行動範囲が随分と広がっているからとても心配になる。
「あのね、ママに会いに来たって言ったけど、やっぱりやめたって言ったの。お喋りしてくれたお礼なの。お花は。でも、お花、失くしちゃった。どこかにいっちゃった。ちゃんと、もらったのに」
エルーシアは不思議そうに自分の手を見つめている。
「会いに来たって……」
お花よりも、どんな不審者なのだと怖くなった。
「知らない人とは話してはダメよ。怖い人かもしれないのだから」
「でも、キレイなおめめだったの。おんなじ、おそろいだったの」
「え?」
エルーシアは、宝石のような深紅の瞳を私に向けた。
「おそろいで嬉しかったの。エルに優しく笑いかけてくれたよ。怖い人じゃないよ。エル、すぐに好きになったもの」
エルーシアは一生懸命に私に訴えた。
「でも、おかしいの。その人、ママをよろしく。エルに会えて嬉しかったって言ったら、ぱっって消えちゃったの」
エルーシアの言葉を聞いて、反射的に屋敷の外に飛び出していた。
辺りを見渡す。
でも、誰もいない。
恋焦がれて、待ち侘びた人は、どこにもいない。
誰の姿もない。
そんなはずはないのだと、改めて思い知らされる。
どうしてあの人は、幻ですら私には会いに来てはくれないの。
ほんのわずかな希望も打ち砕かれて、やっぱり期待してはダメなんだと突きつけられる。
帰ってきて。
帰ってきてと、何度も願ったのに。
胸が締め付けられ、いつもは押し込んでいた切なく苦しい感情が溢れ出す。
あの時と同じように、またしばらく忘れられないのだと、門の所で泣き崩れていたのを、エルーシアが一生懸命に慰めてくれていた。
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