第32話 家族

 西の大陸にある国に入国してから、夫人の長男で、軍人のバナードさんのお家にお世話になることになった。


 青い屋根に白い壁の大きな家に到着すると、夫人に会うために他の息子さんのご家族も集っていた。


「ばーば!」


「ばーば!ハジメマシテ!」


 夫人は、到着してすぐに小さな子供たちに囲まれていた。


「うるさい子達だね。騒がしいのは嫌いだよ」


 でも、その様子はいつものもので、夫人が不機嫌そうに言ったものだから、お嫁さん達は慌てて子供を黙らせてしまっていた。


 バナードさんのお嫁さんが困ったように私を見た。


「夫人は、子供に話しかけられてもどう答えればいいかわからないから、こんな態度となってしまうのです。周りで騒ぐ分はなんとも思っていません。不器用な方なので、今まで寂しかった分、可愛がりたいとは思っています。赤の他人の私の子供まで、ここまで気遣ってくださる方です」


 夫人は家に到着するなり、自分のもてなしなんか後でいいから赤子とマーサのベッドを整えてやりなと、真っ先に指示を出していた。


 マーサさんは船旅で疲れてしまったのか、今は横になっている。


 夫人よりも高齢だから、心配する。


 そんな気遣いをされる方だから、夫人の家族となる方達とは仲良くなってもらいたい。


「あんた、余計なことを言うんじゃないよ。泣き言ばかり言ってたくせに、減らず口が戻ってきたのかい?」


 ふんっと、夫人はそっぽを向いた。


「大丈夫です。へそ曲がりな言動もすぐに慣れます。理由が分かれば、夫人がとても可愛らしく見えますよ」


「誰が可愛らしいだって?ヘロヘロのくせに口だけ達者でどうするのさ。そんなところはあたしに似てきたのかい?」


 バナードさんのお嫁さんが微笑ましいと、笑顔になっていた。


「ばーば、散歩、行こ!」


「あたしは疲れたから、一度休むよ。午後のお茶の時間になったら呼びに来な。その時に案内してもらうから」


 夫人は、さっさと自室に引き上げて行った。


「フィルマさんね。夫から話は聞いているわ。私はバナードの妻のビアンカ。マーサさんと貴女が来てくれて心強いの。よろしくね」


「はじめまして。お世話になります」


 ビアンカさんは、東の大陸語で丁寧に話しかけてくれた。


「よかったら、エルーシアを抱かせてもらってもいい?」


 ビアンカさんが、慈しむような微笑みを私とエルーシアの両方に向けてくれた。


 エルーシアは、周りの声なんか気にもせずにスヤスヤと私の腕の中で眠っている。


 そっと、ビアンカさんにエルーシアを預けた。


「まぁ。可愛らしい。なんだか懐かしいわ」


 ビアンカさんの14歳くらいの娘さんも、エルーシアを覗き込んだ。


 あなたもこんな感じだったのよと話す二人を見て、私もいつか、エルーシアとこんな会話をするのかなと思っていた。


 私達は、バナードさんの家の敷地内に建てられていた離れに住むことになった。


 そこは、夫人の家となり、私は住み込みで働かせてもらえることになった。


 働くといっても、料理は母屋にいる人が作ってくれるし、他にもお手伝いさんはいるしで、子育てしながらであまりすることは多くはなかったのに、お給料は多すぎるほどで。


 それに、西の大陸の生活様式は、東側とは全く違って便利なものがたくさんあった。


 何よりも驚いたのは、夜になっても道を明るく照らすガス灯が通りにたくさん並んでいたこと。


 窓から外を眺めて、空の星よりも明るい通りが綺麗で、しばらく視線を外せなかった。


 家の中も、電気というものを使って、室内を明るく照らしていた。


 火をつけなくても明るいってことが不思議で仕方がなかった。


 最初はいろんな物の使い方を覚えるのに大変だったけど、理解してしまえばとても生活を楽にしてくれた。


 私が毎日いろんなことに驚かされている一方で、夫人の表情に元気が無くなっていくのが気になっていた。


 その理由が、


「こっちの味は物足りないねぇ。味が上品すぎて食が進まないよ」


 夫人と、マーサさんまで食欲が落ちているようだった。


 心配したビアンカさんが、私の元を訪れた。


「何が違うのかしら。夫に聞いても、その辺のことはあまりわからないみたいで。お母様も、どこがどうとは仰らなくて」


「ご近所の方が食事を作りに来てくれていた時は、よくビネガーを使っていました。シチューにもスープにも少し入れていたようです。もしかしたら、その辺の味の違いがでるのではないでしょうか」


 そういえば、こっちに来てからはまだその調味料は見かけていないなと思った。


「あら、いいことを教えてもらったわ。ありがとう!やっぱり、あなたに相談してよかったわ」


 お礼を言いたいのは私の方で、西の大陸は言葉が違うから、ビアンカさんがいなかったらとても苦労したと思う。


 夫人はまったく覚える気はないみたいで、私はビアンカさんから言葉を教わった。


 おまけに、西大陸の言葉で書かれた新聞を読むように夫人に言われれば、ビアンカさんに質問しながら辞書を片手に頑張らなければならず、それは自然と自分のためにはなっていた。


 毎日何かを一生懸命にして、元気に成長してくれるエルーシアと一緒に過ごしていれば、悲しくて寂しいからと、うずくまって動けなくなってしまうことはなかった。


 そして、幸せと思える瞬間もたくさん、たくさん存在していた。




 私が西の大陸での生活を始めて、しばらくしてから帝国は解体されたと教えてもらった。


 北部はエクルクスのものとなり、さらに小さな国がいくつも誕生して、国境をめぐっていろんなところで争いが起きていると。


 海の向こうのあの大陸では、この先まだ何年も混乱の時代は続いていく。


 カーティスが戦場で亡くなったことは、遠く離れたここにも知らされた。


 最期までそばにいたはずのあの人は、誰にも知られることなく、どこかで命を落としたのか。


 その瞬間は、やっと楽になれると思っていたのか……





















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