僕は惨めな男に堕ちた

 僕はさびしい男だと思う

 誰かと話しても次の日には忘れるし

 話題のドラマだって明後日には展開を忘れてる

 不誠実とは、このことだと思う

 それでも調子を合わせるのは、周りも同じだ

 僕と同じ人間は、他にもいると思うし

 さびしい男でも、かなしい男ではないはずだ

 

 今日も話題のアニメで盛り上がった

 昼は漫画の話題で盛り上がって

 メシの時は家族のことで盛り上がった

 放課後は部活をする

 陸上部は、とても楽だった

 何も考えずに、ひたすら走る

 走って、走って、走って

 息のことだけ考える、肺のことだけ考える

 タイムを気にして足を動かし

 風の中を突っ切って走り込む

 こんなイイ部活が二度あってたまるものか

 僕は、この時だけ素直で嬉しい男になれた気がした


 ひとにやさしく

 道徳の時間は、どうも眠くて

 学ぼうとしない姿勢に、頑張ろうとしないスタンス

 先生は機械のようで、教科書通りにしか語らない


 僕が変わったのは好きな子ができた日だった

 転校してきた子は、すっごい美人ではなかったけど

 素朴さと笑う笑顔でオちてしまった

 どうにか話そうと、その日から真剣に人の話を聞くようになると

 話題にしているものは、みな適当に頷いて話しているだけだと知った

 うんうん、そうそう、だよね、だからね

 そんなもんだろう

 僕は目覚めたのだ


 彼女を観察しはじめて、仲良くなった子が同じ陸上部の女子だと知った

 それならもう部活で話を聞くしかない

 好きだという噂をたてられても、それが彼女に伝われば

 少しは気にしてくれるだろう、と

 なんてことのない話は「普通だよ」で締められた

 ただ「仲がいいよね」と聞いただけなのに

 その女子は興味なさげに言ったのだ

 こいつは不誠実でヤな女だなと決めつけて

 僕は次の段階に移行しようと思った

 

 すごい男だと証明しようとしたのだ

 次の日から、僕は全てに力を注いで

 「話題」の中心になろうと

 興味のないことを学び続け

 今いるグループを抜けて、それなりに明るいグループに移ったのだ

 前の奴らは何も言わなかった

 明るい奴らは女子とも話す。これなら機会があるはずだ

 それは早くに訪れる

 あの興味なさげ陸上女子が、ではなく

 他の女子が、彼女を囲み、話題の渦中にしていたのだ

 いじめの対象に

 僕は知らなかった

 僕は目で追って「好きだな」と心に思っていただけで

 いじめるためにグループを移った訳じゃない

 なんなら、前のグループに戻りたくもあった


 笑っていた記憶しかない彼女が沈んだ顔で目の前にいる

 僕は話題を流し流し、適当な相づちをうつ人間と化した

 彼女の表情が暗くなっていたことも知らない

 何も知らなかった。なんだこれは

 いじめの片棒を担いでいるじゃないか

 そしてとうとう僕は「馬鹿じゃない?」と彼女に言った

 陰鬱な想いは僕もしているよ、なんで暗い顔をするんだ

 あんなに笑っていたじゃないか!


 次の日から、僕は学校に行かなくなった

 中途半端な人間になった僕は

 さびしい男でも悲しい男でも

 できる男でもなかった


 ぼんやりと天井を見ていると救われた

 話題を振らなくていいし

 アニメや漫画やドラマも見なくていい

 なんて楽なんだ

 今日の彼女は、どんなんだろう


 僕は何をしたかったんだ

 布団の中で自問自答しては包まり寝たふりをした

 少し経ってから、いじめのアンケート用紙が届いた

 僕は「知らなかった」に○をして

 母に渡し

「あんたがいじめられてたんじゃないの」という言葉を無視した

 どうなったんだろう

 誰とも連絡をとらなくなった僕は携帯電話のラインを開くことはできず

 あの爽快な気分になる陸上部を思い出しながら

 僕は惨めな男に堕ちた

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