3
直行便を使うと二時間もかからずにリッチモンドに到着する。
予想以上の敏彦のアクティブさに三好は驚いていた。
確かに、思い返してみれば、興味があれば何でもやるタイプではある。むしろ、なんでも揃うからと、渡米してからずっとボストンの自室と研究室を行き来するだけの自分がおかしいのかもしれない、と三好は考え直した。
当然のように浴びる視線を気にしないようにしながら車を借りて、郊外まで走らせる。
しばらく走るとブドウ農園が見え、そこを抜けると大きな建物があった。色々な店舗が入っている複合施設で、その中にジルが働くスーパーマーケットもある。
「すごい、大きいね」
「な、日本と比べるとすごいけど、アメリカだとこれが標準かやや小さい方みたいなんだ」
そんな話をしながら車を降りた。敏彦は欠伸をしながら、
「ジルさんの出勤日まで分かったの?」
「まあ、分かんないこと、ないから」
さすがだね、と言いながら、敏彦はTシャツの裾を伸ばした。
「じゃ、行ってくる」
「いや、待てよ、行ってくるったって……」
「付いてくるのはもちろんいいけど。でも、顔も覚えたし、働いてるのも分かったし、ひとりで行けるよ。英語もそこそこできるから」
「違う。どうやって、ってことだよ。まさか急に声をかけるのか?」
「うん。大丈夫。まあ見ててくださいよ」
敏彦はいつものゆったりとした、まるで自分自身の美貌を見せびらかすような足取りで、店内に入っていく。すれ違った人間が必ず動きを止め、彼の行く先を視線で追うのがはっきりと分かる。
三好は自分以外の人間を猿くらいにしか思っていない。だが、こうして敏彦に惑わされている人々を見ると、全く自分も同類であると認めざるを得ない。結局、嵐の中に漂っている凧のようなものだ。I’ve be
「おい」
肩を揺すられる。いつの間にか、敏彦が戻ってきていた。腕時計を確認するが、十分も経っていない。
「あっ、その、どう……」
「夜にそこの店で会ってくれるって」
敏彦が掲げたメモに、電話番号とメッセージが書いてある。
「どうやったんだ……」
敏彦はにやりと笑って自分の顔を指さした。
***
てっきり二人きりだと思ったんだけれど……まあいいわ。もう一人のあなたも、とってもセクシーだね。オオタニサンみたい。
ああ、そうなんだ。研究者。エリートね。スポーツ選手かと思った。
ええ、はい……。
……ウソでしょ。そんなことって……本当?
……。
怖い……すごく、怖い話。でも、同じくらい、愛されてると感じる。
心当たり……ない、と言いたいけど、ある。
あなたたち、神を信じる? 私の言う神はもちろん、神のことだけれど、あなたたちの神のことでも構わない。
そう……やっぱり、日本人だから?
あなた……ごめんなさい、ずっと見てると、キスしたくなるくらい綺麗な顔をしてるから、ちょっと隠してくれないかな。ごめんね。そう、あなたの方は、『いる』とは思うんだ。不思議なことはよくあるって。
私はプロテスタントよ。母もそう。息子も、そうなると思う。日曜日は教会に行くよ。だけど、父は違ったの。
父は、『魂』を信じてた。人にはもちろん、動物にも、草とか、木とか、とにかくぜーんぶに、『魂』があるって。アニミズム? ふうん、そういうのかな。父はそう言ってた。ネイティブアメリカンじゃないよ。ただ、変わってたってだけ。
小さい頃から色んなところに連れてってもらったけど……ある日、私は十六歳くらいだったかな。何も言わず、車に乗れと言われて、気が遠くなるくらい長い時間走って、連れて行かれたのは平原——みたいな、とにかく何もない所だったのよ。田舎っていうのとも違う。それこそ、フリントストーンみたいな。
そこに、藁で作ったみたいな粗末なテントがあって、私は父に促されて入った。
その中のことはきちんとは覚えていないの。漠然と、怖かったけど暖かかった、そういう人がいたのは覚えてる。男か女か、若かったのか年寄だったのか、そんなことも覚えていないなんて変だよね。
覚えているのはその人にカーン・ベイビーと呼ばれる人形を渡されたこと。人形と言っても、頭と手足が分かるから人形なんだな、ってくらいの、粗末な布でできたものだった。
私はぼうっとした頭のまま外に出て、気が付いたら夜で、その日は父と車の中でファイブ・ガイズのチーズバーガーを食べた。
「父さんが死んでも大丈夫だ。辛いことがあった時、カーン・ベイビーが肩代わりしてくれる」
父はそう言った。私は死ぬとか、冗談でも大嫌いだったから怒ったの。でも、父は笑っていた。
「ジル、死ぬのを怖がってはいけない。『魂』は風の中にもあるんだから」
私はすごく悲しくて、わんわん泣いて、しばらく一言も父と口を利かなかった。間違いだった。一週間後、父は死んだ。私は隠されていたんだ。もうずっと、具合が悪かったんだって。母も祖母も、知っていたの。
そんな顔しないで。昔のことだから。でも、あなたたちも両親は大切にした方がいい。
それでそれから何があったかって言うと、あなたたちみたいなエリートっぽい男性は体験しないようなこと。
まず、目に見えて貧しくなったこと。母は一生懸命働いたけど、それでも限界があって、家を手放して、信じられないような狭い場所で暮らすことになった。
勉強だけはきちんとしなさいと言われたけど、現実は厳しいよね。十八の時、私は働いてたレストランで俳優志望の男と付き合って、妊娠して、反対されたから家を飛び出した。
何も幸せじゃなかった。間違いだった。
私は息子だけ連れて、母に謝って、家に帰ることができた。母は優しい人だよ。その頃には、ソーシャルワーカーの資格を取っていて、私を養ってくれた。
あそこで働いているのも、母の紹介。すごく良くしてくれるの。
今は幸せ。でも、どうしても考えることがある。
結局、家が貧乏になった時も、家を飛び出した時も、男に殴られていたときも、死ぬような思いでここに戻ってきたときも、カーン・ベイビーは肩代わりしてくれなかった。あれはなんだったんだろう、って。
でも、あなたたちの話で、分かった。
今だったんだ。今、やっとそのときがきた。
確かに、殺人犯がいて、私と同じ、誰かを殺したと考えると、怖い。今も狙われているかも……でも、そのこと自体よりも、なんだか今、嬉しくて。
あなたたちは、困っちゃうかな。ごめんね。どう報告すればいいか分からないよね。
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