イルカショー

「この子はスミス君! 目のあたりが少し黒くなっているのが特徴の元気な子で、ボール遊びがだ~い好きな男の子だよー!」


 飼育員さんが、明るい笑みを浮かべながら、こなれた感じでスミス君にボールを投げて、そしてかえって来たボールをキャッチする。


「奴、相当手練れだぞ、飛んできた攻撃に目もくれずに受け止めるとは……」

「シズさん?」

「み、見ろ! あのスミスとやら、あの女性に突撃していったぞ! 足を食いちぎるつもりだ!」

「ち、違いますから!」


 俺は興奮して立ち上がったシズさんを半ば強引に座らせた。


「な、なぜ止める!」

「見てください。甘えてるだけですよ」

「む……。な、なんということだ……、魔物とコミュニケーションを⁉」

「魔物じゃないですよ。まぁ、イルカは賢いですからね、人ともある程度仲良くできるらしいです」


 シズさんは初めてのイルカショーに不安を覚えつつ、何かするたびに俺の肩をつまんで、


「あれは何をしているんだ?」と、立ち上がる前に聞くようになってくれた。なんだか小さな子供相手してるみたいでかわいらしい……。


 でもなるほど、無知もうまく活用すれば可愛さになるのか……。それはいいな……。


 そして、イルカたちが大きなジャンプをして見せたその時、シズさんの不安そうだった顔は一変、驚きといい意味での興奮の表情を浮かべていた。口角は上がっていて、本当に子供みたいだった。


 そしてイルカが着水し、それなりの量の水しぶきが俺たちに降りかかった。


「んにゅ⁉」

「け、結構冷たいですね……。かっぱ買っておけば……って」


 シズさんの服が水しぶきのせいで透けてしまっている!


 ま、まずい! 何かで隠してあげないと……。


「あの、シズさん。タオルを……」

「む、すまない。派手に濡れてしまったな……」

「……」


 変なことを考えるな。水にぬれたシズさん、ちょっといいなとか、気持ち悪いにもほどがある……。


「ん、拭き終わったし、タオルは返そう」

「あ! いや、首にかけといたほうがいいですよ……」

「む? そうなのか?」

「はい」


シズさんは俺の言ったことを素直に実行すると、ちょうど見えてはいけない部分が隠されて難を逃れることができた。


 乾くまで待てば、何とかなるだろう。


 イルカショーが終わり、館内をもうしばらく歩くことにした。


「あのイルカとかいう生き物はこちらにはいなかったな……」

「イルカ、いないのか……」

「……すまない。何故か体が寒くなってきたのだが……」

「すいません、ちょっと年齢を経た男は、特殊な能力を持つようになるんです」


 親父ギャグ。これは魔法に匹敵する能力かもしれないな……。


「そうなのか……。ちなみに私は炎の魔法を持っているぞ」

「え、そうなんですか? というか、魔法とかあるんですね、やっぱり……」

「あぁ、ほれ」


 シズさんはさも当然のように小さな手から小さな火を出した。


「ちょちょちょ⁉⁉」

「な、なんだ⁉ びっくりさせるな! うっかりお前に撃ってしまうところだったぞ!」

「いやでも、人前でそんなことしたらだめですよ!」

「……そうか。確かに、こっちでは魔法がなさそうだしな。変に人の目に触れると騒ぎになりかねんか……」


 シズさんは神妙な顔をしながら、手に出した火をなんの予備動作もなく消し去った。すごい……下手したらガス代が浮くのでは⁉


 そしてしばらく館内を歩いていると、一際白色の比率の高いエリアにやってきた。そう、極地の動物たちのエリアである。


「み、見ろ! なんだあの生き物は⁉」

「あれはペンギンですね」

「おぉ……。短い脚でぺちぺちと……」


 シズさんはペンギンに深い興味を抱いたようだ。今までで一番ガラスに顔を近づけて、食い入るようにペンギンを見つめていた。


「ほ~……」


 ぽかんと口をあけながら、俺の視界の隅で小さく動き出した。気になってみてみると、ペンギンの歩き方をまねているようだった。ご丁寧に手もびしっと伸ばして、ペンギンになり切っていた。


 いくら何でも可愛いすぎる……。


「なぁ、ヒロシ!」

「可愛い……」


 …………やばい。シズさんのほうを見ながらつい本音が……。


「あ、あぁぁ……、そ、そうだな! ペンギン可愛いな! う、うむ!」

「あ、あぁ、そうですね!」


 シズさんはわかりやすく顔を真っ赤にして、俺から視線をそらし、ペンギンに擦り付けた。


 そんなこんなで帰りの時間がやってきて、最後にグッズを買うことにした。


「…………」


 もちろんシズさんがくぎ付けになったのは、ペンギンの大きなぬいぐるみだった。ふわふわとしていて、抱き心地もよさそうなぬいぐるみ。


「ほしいですか?」

「……い、いい! 大丈夫だ!」

「そうですか……、まぁ俺が欲しいんで買うんですけどね」

「す、好きにすればいいだろう!」


 シズさんはつんけんした態度をとりつつ、やはりぬいぐるみが気になっているようだった。


 水族館を出て、しばらく歩いたところで、俺は下手な芝居をうった。


「あぁ~……、ちょっとぬいぐるみ持つの疲れてきたなぁ~」

「む……」

「すいませんシズさん。これ、持ってくれませんか?」

「し、仕方ないなぁ~」


 ぬいぐるみを渡すと、ライオンが獲物を捕らえたように、ぎゅっと抱きしめるシズさん。


 結局、家に着くまで抱き締めて話さなかった。


 これで自信はついただろうか? まだ不安そうなんだよなぁ……。


 ……ここはもっと自信を持ってもらうために、一肌脱ぎますか!


「シズさん、可愛かったですね」

「むぐ⁉ ……あ、あぁ、ペンギンな? うん、確かに……」

「シズさんが可愛かったんですよ?」

「……きゅ、急に何を言うんだ! 殺されたいのか⁉」


 シズさんは罵声を浴びせつつも、ぬいぐるみの背後に顔を隠してしまう。


「ほんとに可愛いですよ。だから、もっと自信持ってください!」

「う、うるさい!」


 そうして家に着くと、そそくさと自分の布団の上に寝っ転がって、ぬいぐるみをさらに強く抱きしめた。そして……。


「…………楽しかった、ありがとう」


 そう、ぼそりとつぶやいた。

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