第4話 店長

 居酒屋の道路前に花を添えた。

 腕を組み、ふぅ、と息を吐き出してから道路を哀れんだ目で見つめる。

 今も血痕と、ブレーキ痕が残っていた。

 振り返ると居酒屋の裏口にも血痕がこびりついている。


「ジョー……」


 しんみりと俯く。

 目頭を押さえ、顔が歪まないように堪える。


「うあぁぉあうなううぅ!!」


 人間の声帯とは思えない唸り声が右から聞こえてきた。


「え? なんだこの声はぁああああん?!」


 右に顔を向けたと同時に裏声気味の悲鳴を上げる。

 整った顔立ちを険しくさせて睨みながら突撃する黒髪の少女が、両手を伸ばして、顎を掴んだ。


「わたし、わたし、わたしは……」

「あ、あぁっお嬢さんは、倒れてた子!? てかなんであごっ」

「ジョー! ジョー! ジョー!!」

「じょ、ジョーなら、あの後すぐトラックに轢かれて亡くなったんだよ」

「うー……ジョー!」

「ちょ、ちょ、この絵面ヤバい。女子高生に顎って、頼む、離してくれっ!」


 手をなんとか払いのけ、鋭い目つきで睨む少女から離れた。


「めちゃくちゃ怒ってるのか? とにかく、話なら店で聞くから」


 少女を店内に招く。

 開店準備中の居酒屋に入るなり少女はカウンターテーブルに座り込んだ。

 イスに足を乗せてキョロキョロを店内を見回す。


「お嬢様、なんだよな? この子」


 不思議そうに見ていると、少女は壁掛け棚に飾られた写真立てに近づいていく。

 堂々とした立ち振る舞いをした虎柄の大きな野良猫が写っている。

 そこには大好物のフレークタイプの缶詰がいくつも積まれていた。

 

「わたし!」

「何言ってんだ? こいつがジョー、町のボス猫だったんだ。お嬢さんは花堂さんだろ」

「わたし、ジョー! うーっ!!」


 ジョーと名乗る少女は缶詰を掴んだ。

 我が物として抱きしめて床に丸まる。


「情緒が分からん!!」


 店主は頭を抱えて話にならない少女に戸惑うばかり。


「けど、確かに大好物のエサを知ってるなんて変だな。まさか本当に、ジョーなのか?」



「おはようございます!」


 裏口から聞こえたどこか上品さがある声。


「おぅっ!? しまった、今日からシフトの子が来るんだった……お、おはよーさん! 奥の更衣室で着替えきて。ほらえーとジョー、カウンターのイスに座りな、メシやるからっ」


 強引にカウンターのイスに座らせて、冷蔵庫から取り出したお通しの品、ツナともやしのサラダをフォークと一緒に渡した。

 入ってきたのは体を強張らせて背筋を伸ばした少女。

 サイドテールの茶髪、やや小柄。


「き、きょ、今日からよろしくお願いします、倉井明くらいめいと申します!」

「そりゃ面接で知ってる。大丈夫だよ、短期間だけど今日からよろしくな」

「は、はぃ」

「もうお客さんが1人来てるけど気にしなくていいから、まず座敷の座布団の用意とテーブルを布巾で拭いちゃって」

「は、はぃ」


 裏返った挨拶を繰り返しながらぎこちなく、ホールに出た。

 そして、明はカウンターにいるジョーと目が合った。

 フォークを指5本で幼く握り、ツナともやしを頬張っている。 


「う……そ、か、花堂さ、ん?」

「うー?」


 徐々に顔を青ざめ、明は布巾と消毒液が入ったボトルを手から滑り落とした……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る