第2話

ハチに追いたてられる形で元来た道を戻れずに、長雨の後の湿り気を帯びた空気や青々とした緑の中を歩き続けた。

細い道は相変わらず、一歩ごとにカサカサと音を鳴らす。

以前、この道が小川だった頃のことを考える。

町の中心にある寺院の池から湧き出る水が川となって、その昔は周囲の田畑を潤しながら

西から東へと流れていた。この町は北から南へ、さらに西から東へと、ゆるやかに傾斜している。

いくつもの川が今は道となり、緑を育て、地下でそれらを潤している。

大昔、中国では大地を流れる気を考慮して、町を作ったという。

この町の小川も水とともに、気を流しながら町を横ぎる龍脈なのだろう。

そう、多分、この気の流れに沿った要所要所に、秘められた財宝は運ばれ、隠されたのだ、きっと。とくにこの道は、その中心となっていたはずだ。

と、またしても妄想散歩をしている自分がいる。

だが、遠い背後に生まれたカサカサという音が、次第に大きくなっているのに気づいた。

誰か追ってきている?

振り返っても誰もいない。

でも、確かに誰かがあとをつけているような音がするのだ。姿は見えないのに。

不意に声が聞こえた。なにか、機械音のようなモゴモゴとくぐもった声だ。

子供の頃、ダイヤルのような螺子を回すと、ハッピーバースデーを歌ってくれる、かばん型をしたおもちゃがあった。くぐもった声で、それは英語で歌っていたけれど、そのおもちゃのような声だった。

「カワヲワタレ」

と聞き取れたけれど、ちがったかも知れない。声のした方を見ると、路傍にトラ猫がいた。

「あんた、なんか言った?」

猫は見てみないふりをしてあさっての方を見ている。

こいつは遠隔操作の猫型守衛ときどき攻撃装置かも知れぬ。

そんなふうなことを考えてしまうのも、最近、ちょくちょく、自分の身に起こっている不可思議なことどものせいだ。そして、説明のつけようのない、あまりにも奇妙なことが起こると、「ま、そんなもんだろう」と思ってしまう自分がいる。今、生きている世界が自然なのだとしたら、自然の中に超自然が混じりこんだとして、なにもおかしいことはない、はず。

と、考えて受け入れたほうが人生、楽というものだ。

トラ猫を無視して先に進んだ。

すると、背後から追ってくる足音が、大勢に増えている。

カサカサガサガサカサカサ、

あたりに道の鳴る音が響く。

でも、やっぱり姿は、どこにもないのだ。

捕まったら面倒だ。慌てて全速力で逃げた。

そのはずがいつの間にか道の表面は流砂のようになっていて、

滑って靴を取られ、なかなか速く走れない。

無数の砂が歯車のように回転して、靴を掴んで捕らえ、地中に引きずりこもうとしているかのようだ。

転びそうになりながら必死に走る。

遊歩道はこの先で小川にぶつかり、その手前で左に直角に曲がっている。

体が左に急カーブしようとする直前、何者かに腕を掴まれた。

追っ手か?! 必死の形相で振り返ったら、なんと、腕に蔓性の植物が絡まっていた。

思わずその蔓につかまってターザンのように小川を越えた。

対岸に着地した途端、追ってくる音は消えた。

月の見えない夕空は早い夜を迎えている。

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