最強怪人に転生したら、なぜか婚約破棄されて追放された、意味がわからない。

aza/あざ(筒示明日香)

最強怪人はこの理不尽を説明してほしい(前)

「シャドウハーフ!

貴様に婚約破棄を申し渡す!」


「……」

(何言ってんだ、コイツ)

シャドウハーフは考えていた。


(意味がわからない……)




・・・・・・







「先輩! ご機嫌よう!」

「ええ、ご機嫌よう」

「はわー!

先輩に挨拶返されちゃった!」

(元気なものね)


前世で、私は────怪人シャドウハーフは、一人の女子高生だった。

少子高齢化のこんな世の中でも、未だ合併の噂すら聞こえて来ない、巷でも有名なお嬢様学校に通っていて。

それなりに優秀な成績を修める私は、それなりに周囲に認められ生きていた。


(まぁ、とは言っても、中身はごくごくイマドキ普通の女子高生なんですけどねー?)

(表向きはともかく、“マジ”とか“ガチ”とかも使うし)

(親も使い分けているから厳しく言わないし、ね。外では上品振ってるけどー)


だとしても、外面を徹底した私の評価は、変わらない。私はお嬢様学校の優秀なご令嬢な訳だ。


「好きです! 付き合ってください!」

時に行き過ぎた好意を寄せられる程に。


「あ!

そこ!

他校の生徒が、ウチの学校でいったい何してるんだ!」


私が困っていると、たまたま見回りか、通り掛かった先生が気付いて近寄って来た。


「あ、やべっ!

逃げろ!」


先生に見付かった男子高生は、一目散に逃亡を図る。


「あ、こら!

待ちなさい!」


先生も逃げる男子高生を追い掛けて、行ってしまった。


この光景に、私は苦く笑いが洩れる。

こんなことは日常茶飯事だ。それに彼はまだマシなほうだった。

学校の敷地内に侵入したことはゆるされないが、先生に発見されて逃げ出すだけ良心的なほうだ。

酷いと、家まで付き纏われたり、先生がいても向かって来たり。


だから、私は体を鍛えていた。空手や合気道、柔道と……なるだけ打ち込んだ。コレでも女子空手部の部長なのだ。

学校の生徒に絡む不良を叩きのめしたことも在った。ある程度の相手なら戦えると、本気で信じていた。


これが過信だと悟ったのは────

「え……」

為す術無く、通り魔に命を奪われ、死んだあとだった。







・・・・・・




「聞いているのか!

シャドウハーフ!」


(しまった)

(余りの衝撃から現実逃避が過ぎて、ついうっかり前世の記憶にまで辿り着いてしまった……)

(……こんなこと在る?)


だって致し方在るまい。

「シャドウハーフ!」

目の前の相手が、訳わかんないことを、喚き散らしているモンだから。


相変わらず、相手は何やら言っているが、およそ正気ともシャドウハーフの理解が及ぶ内容とも思えなかった。


「……一つ訊きたいんだが」

「何だ」

「……婚約、とは、何だ?」

「はぁ?

婚約を知らんのかっ。

婚約とは、将来を約束した者が結ぶもので、」


「いや。そう言う話じゃない」

誰が婚約と言う単語の意味を訊いたと言うのか。


「そんな一般的な意味を尋ねているのでは無い。

私が問うているのは、いつ、貴様と私が婚約をしたのかと言うことだ」

(て言うか、在るのかこの世界に、婚約なんて概念)


通り魔に抗うことすら出来ず殺され、忸怩たる思いから、力を求めた。

怨念とも呼べる一念が天に届いたのか、シャドウハーフは怪人の世界へ生まれ変わっていた。


力こそ、すべて! 脆弱な人間では得られない、種としての強さを文字通り身に着け、シャドウハーフは生まれ落ちた。

生まれながら頑強な肉体の、完璧な怪人へ!


(……だと言うのに……)

(婚約って何ぞ?

生まれて十と幾年。初めて聴いたわ)


そもそも怪人の世界に性別は無い。なぜなら、生殖行為が無いからだ。

(せいぜい在っても真似事か、そこらの話だ)


(“さすがあの、グローバル経営で世界を沸かす会社社長のご令嬢”と讃えられた、前世ですら無かったよ?)

(婚約とかさー)

硬めの皮膚で寄ることも出来ない眉間の皺を、心中で刻みながら、シャドウハーフは考える。


「なっ……」

シャドウハーフの投げた疑問に、ショックを受けたみたいに相手がよろめく。

「以前、私とフュージョンする約束をしただろうが!」


相手の言葉にシャドウハーフは、

「……ああー……」

そう言えば、と思い出していた。




・・・・・・




「シャドウハーフ!」


「何だ」

(誰だ……?

知らない顔だな)


「私とフュージョンし、次世代を造ろう!」

「……」


(何か喋っているみたいだが、強風のせいで聞こえんな……)


「シャドウハーフー!」


(何か叫んでる……呼んでるのか?

よく聞こえないが、まぁ良いか)


(フュージョンがどうとか言っている気がしたけど、適当に返しても問題在るまい)

「ああ、わかったわかった」

あとでな、と続けた返答が相手へ届いたか否かは、背を向けていたシャドウハーフには判然としなかった。




・・・・・・




(言ってたわー。今、思い出したわ)

シャドウハーフが持って生まれた強さに溺れず修行に没頭していた時分、何か言っていたヤツがいたなと。


シャドウハーフは、フュージョン、の語彙で想起していた。


『フュージョン』、とは、怪人の世界で言う、言わば“子作り”だ。

自分たちの遺伝子情報を内包したもの、多くは血液などだが、それらを『卵』と呼ばれる“核”に入れ、混合する。


こうして怪人たちは、己が強い因子を次世代に継がせ、より強力な個体を幾星霜も創り上げていた。

同種と継ぎ合わせても良いが、基本は他種族の怪人と継ぎ合わせるのが通常だった。


(弱点を補うためにも、そのほうが利点が多いから)

かく言うシャドウハーフも、元は蠍と蜂の因子を持つ怪人がフュージョンして生まれた個体だ。


またコレは余談だが。更に一つ前、親に当たる蜂の怪人は蜘蛛の怪人との継ぎ合わせで、

シャドウハーフには毒耐性、毒付与、糸生成に空中固定のスキルも受け継がれていた。


(まぁ、毒に関しては蠍も蜂もお家芸だし、蠍は蛇の因子も在ったらしいから、蜘蛛だけの恩恵では無いけどね……)

(あとお爺ちゃんかお婆ちゃんか知らんけど、)

(私、蜘蛛が死ぬ程駄目なんだよね……)


前世では唯一の弱みが蜘蛛恐怖症アラクノフォビアだったシャドウハーフ。

何の因果か、現世ではその遺伝子を継いでいるのだから、皮肉なものだった。


シャドウハーフが思いを馳せていると。


「聞いているのか!

シャドウハーフ!」

再度焦れた風に相手が怒鳴った。


「……あー、聞いてる聞いてる」

如何にも面倒臭そうに、シャドウハーフは返す。だんだん、この訳がわからない状況にダレて来たのだ。


(あんときフュージョンどうのって、何か言ってたの、コイツかー)

(あとでな、つったのにもういなかったし、秒で忘れたんだよ。こっちは)


最早やる気の失せたシャドウハーフ。更に。


(てかコイツ誰?)

(あの修行場は、弱いヤツは来れないから、強いは強いんだろうけど)

(誰なんだろ。崖を昇る風に紛れてて、半分くらい聞き流してたからなぁ)


(つか、“フュージョン”を約束することを『婚約』って言うの?

初めて知ったんだが)

一等の疑問はそこ、だった。ぶっちゃけシャドウハーフには相手が誰だろうと関係無い。


(だって興味が無いからな)


どこの誰でも良いが、何で衆人環視の中でこんなことせにゃあならんのだ。

それがシャドウハーフの気持ちだった。


(言うてここ、フュージョンの卵が在るとこだからな)

(え、まさか待ってたの?

待ち草臥れてやさぐれてこんなこと言い出したとか?)

(え、たまたま通り掛かっただけなんだけど、待ってたの?)


「え、キモ……」

「は?

何か言ったかっ?」


(あ、やべ)

「いや何でも……」

口から本音が洩れたようだ。相手は苛々しているが、シャドウハーフにはどうしようも無い。


(────ええと、何だろうな)

(コレ、いったい全体どうやって収拾着けたら────)


マスクタイプの顔面で窺い知ることは出来ないが、相手が歯噛みしているのは、シャドウハーフにもわかった。雰囲気で。

どうしたら良いんだろうかーとシャドウハーフが膠着状態に入って悩んでいたとき。


「待ってください!」

どこからか、覚えの無い高い声が割り込んで来た。


「おお!

来たのか!」

覚えが無かったのは、シャドウハーフだけだったそう。あ、そう。


「私のために!

争わないで!」


「誰だよ────!」


今度は小柄な、およそ怪人とは思えない者が現れた。

最早カオスだ。少なくともシャドウハーフの中では。


「威嚇するんじゃない!

怖がっているじゃないか!」


「威嚇なんかしとらんわ!

突っ込んだだけだわ!」


「突っ込むだとっ?

卑猥な!

見損なったぞ、シャドウハーフ!」


「いやもう何が!?」


シャドウハーフは考えた。

(削れる……何かが削れる……SAN値が削れる……!)


シャドウハーフは唇が無いのに、下唇を噛みたい気分だった。

何もわからないまま、かなりの距離まで置いてけ堀を食らって、未だ引き離されている。そんな気がした。


(相互理解って知ってる……?)

(……────取り敢えず)

「誰?」


「ははは、可愛かろう?」

「いや、会話して。誰かって訊いているんだが」

「むっ。何だ貴様は。もっと言い方が在るだろうが」

難癖を付けたくせに、どうやら紹介はしてくれるらしい。こほん、と口の場所も不明なくせに顎ら辺へ拳を宛て咳払いし、話し出す。


「この者は、デルフィニウムと言う。植物系怪人だ」

心成しか弾んだ声調に、シャドウハーフは、ほぉーんと醒めた反応をする。心底どうでも良い。


(デルフィニウム、ね。そう言や、そんな名前の花が在るな)


「こやつは見てわかる通り可愛くてな。何より可愛くてな」


(真面目にどうでも良い)


シャドウハーフの生ぬるい態度に気付きもせず、滔々と紹介は垂れ流される。淀み無く。


「可愛くて可愛くて。走れば躓き掛け、物を任せれば壊し、」


(ナチュラルボーンクラッシャーってヤツ?

制御出来ない程強いとかなのか?)

(そうは見えないが……)


可愛い、と言うのは同意する。外見は人型、しかも儚げな美少女だ。


(肢体は華奢だし、手首足首なんか折れそうだけど)

怪人は、外貌なんか当てにならない。筋肉の量が少なくとも、質が柔軟で強靭なことも在る。


(骨も、細くても柔靭で頑丈で在るなら可能だろう。限度は在るだろうけど)

(もしそうなら、滅茶苦茶羨ましい)


可愛くて最強。現世の姿や強さに文句は無いけれど、元が女子高生だっただけに、惹かれるものが在った。


……などとシャドウハーフは推考していたが。


「擦り傷切り傷も作ってしまうし、やらかしたあとの泣き顔が、放って置けなくてなー」


(うん、何か違うっぽいな?)


この言い分から、聞く限り“強過ぎて目が離せない”とかとは、違うようだ。危なっかしくて放置出来ないなど……。

(赤ん坊に言うみたいだ)


「こんな細身だし、いつか壊れそうで……実際怪我も在るしなぁ。私が守ってやりたいのだ」


(はい、決定打ー!

つまり“可愛くて『か弱くて』仕方ない”って話だったわー)


シャドウハーフは、一気に興味を失った。美少女姿が擬態の、最強個体ならまだまだ聴く気も起きたのに。がっかりだった。


「で?」

関心の失せたシャドウハーフ。早く茶番が終わらないかなと明後日を眺めていた。


「ん?」

「それで何だ?」


「あ、ああ!

ゆえに!

貴様とは婚約破棄だ!


私は、このデルフィニウムとフュージョンする!」


「あっそー」

(くっそどーでも良いわー。忘れてたんだから、そっちでやってくれよ)


余りに面倒臭い上、無関係も良いところの話で、シャドウハーフはだんだんやさぐれて来た。修行に戻りたい。

(しっかし、コレとねー……)


強さが正義の怪人世界で、脆弱極まる個体とフュージョンと言うのは、かなり奇特だった。


(弱体化の恐れも考慮したら、有り得ない選択肢だからな)

(こう考えると、もしや植物怪人だし、幻覚なんかが使える種とかなんだろうか)


デルフィニウム、と言う名を冠した植物は、アルカロイド系の毒を含んでいた。


(毒に耐性が在っても、幻覚や興奮とかの毒性には弱いパターンも在る)

(そんな弱点を有していて、身体能力が高く頑健な個体を籠絡するのもまた戦略で強みだしな)


とは言っても、アルカロイド系にも様々在るから一概に幻覚作用が在るとは言えないし、


(花のデルフィニウムは、幻覚じゃなかった気がするんだけど)


同名だからって、このデルフィニウムと言う美少女型怪人が、まんまの特質を継いでいるとも限らない。


(……まぁ、何にしてもだ)


(私、どこまでも関係無いわぁー……マジで無関係だったわー……)


シャドウハーフにとっては、勝手にしやがれ案件だった。


だけども、あくまで他人事と脳内で処理していたシャドウハーフを、あくまで相手は逃す気が無いそうだ。


「だので、貴様を追放する!

シャドウハーフ!」


「何でだよー!!」

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