第22話
その後、甲虫モグラの処理を魔法で手伝い、大変に感謝された。残念ながら体内に魔宝石を保有していたのはボス級の個体のみだ。
ドール嬢はモップを持たされ、鉱夫長に言われるがまま坑道内の掃除の手伝いをさせられ、そのあと休みなく町の掃除に行かされていた。腕が痛い、脚が痛い、ロイヤルミルクティーが飲みたいと叫んでいたけれど、あれだけ迷惑をかけたので致し方ないと思う。
十分に落ち着きを取り戻した坑道で、私は“琥珀(コハク)”の採掘を体験させてもらった。
楽しくて駄目と言われるまでやり続けてしまい、気づけば夕方になっていた。
ゾルタンは一時間ほど私の行動を見ていたけど、仕事があるのか、待ち疲れて途中で帰ってしまった。
一方、レックスさんは“水銀(ハイドロジラム)”魔道具を使った請求書をきっちりとゾルタンに渡し、破片になった凝固物を解析していた。次の改良に役立てるそうだ。
坑道から出る際、案内役をずっと買って出てくれた鉱夫長さんからは、こんなに熱心に採掘をする鑑定士様も珍しいですよと言われてしまった。喜んでいるみたいだったから、良しとしておこう。
手配された旅館に一度戻り、普段着に着替えた。
『重力魔法、面白かったね〜。またやってね』
私が魔法を使ったからか、クリスタもご満悦だ。
自室から出て、旅館のロビーでクリスタの宙返りを見て待っていると、レックスさんがすぐにやってきた。
町で一番の料亭に招待されたため、二人で行くことにしたのだ。
レックスさんは視察のときとは違い、若干ラフな出で立ちになっていた。
艶のあるブラックシャツに、金ボタンがアクセントになっているダブルピースのカジュアルジャケット。普段からネクタイをつけているので、ネクタイがないだけで新鮮だった。魔道具師の代名詞とも言える演算手袋(エディトグラブ)も今はつけていない。
貴族が来訪する場合も考慮して作られた高級旅館のロビーに負けていない、スタイリッシュな着こなしだ。彼がいるだけで、ロビーが華やかな空間になったようにも思えた。
レックスさんがロビーに入ると、旅館の従業員の視線が一度、すべて彼に移動した。目の覚めるような美麗な顔立ちと立ち振る舞いは、どこに行っても女性の心を掴んで離さないようだ。
「待たせたか?」
「今来たところなので大丈夫ですよ」
私たちが軽く言葉を交わすと、なぜか若い従業員の女性がキラキラした目線で拍手をしていた。音を出さない拍手だ。
首をかしげると、彼女がなんでもありませんと、あわててお辞儀をしてくる。
レックスさんが素敵すぎる、と言いたいのだろう。王都でも彼はいつもこんな感じに目立っている。日々、苦労しているに違いない。
従業員に見送られ、夕暮れの町に出る。
渓谷に沿って上流に向かうと料亭があるそうだ。
舗装された石畳の道を歩けば、二人の靴音が響く。
切り立った渓谷を見ると、川に生える細長いアーシと呼ばれる植物が水面に揺られて、ふらふらと切っ先を変えている。水は静かに下流へと流れ、砂の盛り上がった箇所で橙色の夕日を浴びて光の形を大きく変化させ、またなめらかに輝いた。
川を囲んでいるむき出しになった渓谷の地層は、ミルフィーユのように幾重にも重なり、まだ見ぬ鉱石たちを覆い隠している。数千年の大いなる歴史を感じることができた。
隣を見れば、レックスさんが物静かに歩いている。
彼も渓谷を見ているようだった。
よく恋愛小説に書かれている、無言でも苦にならないのは相性が良い証拠、という言葉があるけれど、こういった空気のことを言うのだろうか。もっとも、私がレックスさんとどうこうなる未来などない。婚約は一回で十分だ。父さんには申し訳ないと思うけど、私は一生独身だろう。
もう一度、渓谷の地層を見る。
地層の断面に琥珀らしき鉱石がキラリと見え、先ほど採掘した鉱石が思い浮かんで、バッグから取り出した。
レックスさんに見せると、彼が視線を移した。
「この琥珀、原生生物が化石虫になっているんです。魔力は内包されておりませんが、素晴らしい鉱石なんですよ。観賞用としても学術研究用としても価値が非常に高い一品ですね。数千年前の生物でしょうかね?」
ベッコウ飴のような透き通った琥珀を光源魔法にかざしてみると、中には美しい羽を持つ蝶のような生物が化石になっていた。先ほど、坑道で採掘したものだ。
「オードリー嬢、その話、三回目だぞ」
「あ……そうでした、かね? 申し訳ありません」
「よほど嬉しかったのだな」
「子どもみたいに言わないでください」
鉱夫長さんや鉱夫さんたちにも見せていたから、誰に何回話したのかわからなくなっていた。レックスさんは話しやすいからつい話題を振ってしまう、というのもある。
「祖母が喜びそうな話題提供に感謝する」
レックスさんが冗談のつもりか丁寧に礼を取った。
「あの……恥ずかしいのでミランダ様には言わないでください。いい年をして鉱石ではしゃいでいるのは、立派な鑑定士像とは程遠い気がします」
「善処する」
「それ、絶対に言うときの返答ですよね?」
そんなことを話していると、料亭が見えてきた。
茅葺き屋根を使った珍しい建物で、入り口は完璧に掃き清められており、篝火がたかれていた。
私たちが暖簾の前に来ると、いつから気づいていたのか音もなく女性店員が現れて、染み渡る笑顔で出迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました。ダニア渓谷、料亭アジサイの女将をしております、キキョウと申します」
父と仲が良かったジョージさんと同じ最東国ご出身であろうキキョウさんが、流麗な動作で一礼してくださった。黒髪を後れ毛一本もなく見事に結い上げ、着物と呼ばれる情緒あふれる服装に身を包んでいた。
「お足元にお気をつけくださいませ」
店内に通されると、王都にはない自然と調和した趣に感動してしまう。
計算された配置で植林されたモミジや新葉樹林、中庭には渓谷から引き込んだのか、小さな川が作られており、心地良いせせらぎが聞こえていた。
「こちらでございます」
案内された部屋は、渓谷に張り出すようにして作られた野外の席だった。
眼下に流れる川を楽しみながら、食事ができる趣向なのだろう。風が気持ちいい。
テーブルの中心には囲炉裏があり、砂がしかれて炭が赤くなっていた。
囲炉裏は綺麗に磨かれた銅板を真四角に形成してテーブルにはめ込まれている。
向かい合って席に座り、眼下の渓谷を見てみると、“蛍石(フローライト)”が入った提灯が崖に点々とぶら下がっており、情緒ある景色を演出していた。
レックスさんも興味深そうに下を見ている。
「納涼床と呼ばれる当店自慢の席でございます。渓谷との距離が一番近い場所に設計され、建造されました。ありがたいことに、かの有名な魔宝石卿もお越しになったことがございます」
「魔宝石卿もいらっしゃったのですか。それは凄いですね」
思わず声を上げてしまった。
キキョウさんが笑顔を絶やさずにうなずいた。
「閣下はしきりに“黒蛋白石(ブラックオパール)”についてのお話をされておられました。渓谷鉱山のどこかにあると噂され、五百年が経っておりますから、伝説となっております」
「ぜひ後ほど、“黒蛋白石(ブラックオパール)”についてお聞きしたいです」
「左様でございますか。鑑定士様は魔宝石が大変にお好きな方で、採掘も大変熱心にされておられたと、鉱夫長からお伺いいたしました。浅学ではございますが、わたくしの知っている範囲でお話させていただきたいと存じます」
彼女が丁寧に一礼する。
さらっと私が魔宝石大好き人間だとバラされていた。鉱夫長さん、悪い人じゃないけど自重というものをしてほしい。
「まずは料理を準備させていただきます」
キキョウさんが静々と頭を下げて部屋を一度出ると、陶器に載せた串に刺さった川魚を運んできて、私たちに見せてくれた。
「つい先ほど釣り上げたダニア渓谷のシロアユでございます。背中と尻尾が白みががっておりまして、神の使いとも呼ばれたこの時期にしか取れない貴重な川魚です」
「綺麗な魚ですね」
王都などで食べられる川魚と違い、表皮がつるりとしており、お腹がぷっくりと膨らんでいる。全体的に白く、高貴な印象を受けた。
次にキキョウさんは串に刺さったシロアユを、テーブルの中央にある囲炉裏の砂へと丁寧に差した。
「炭火で二十分ほどじっくりと焼きますと、風味が閉じ込められてふんわりとした焼き具合に仕上がります。こうして口を開けて串を刺しているのは、頭の水分が抜けやすくなるからです。エラ付近の胆嚢は丁寧に取り除いておりますので、女性が苦手な苦みも少なくなっております。ご安心ください」
炭火にあぶられているシロアユを右手で指し示し、キキョウさんが私に向かって微笑んだ。
「勉強になります」
「とんでもございません。鑑定士様はこういった説明がお好きではないかと鉱夫長が仰っておりましたので、お話させていただきました。煩わしいようであれば省略させていただきますが、いかがなさいますか?」
「ぜひ説明もお願いします。色々と知ることは楽しいので、お聞きしたいです」
鉱夫長さんはお節介焼きな方だ。あのお人柄だと、渓谷にお知り合いがたくさんいらっしゃるのだろう。
「承知いたしました。それでは、焼き上がりを目で愉しんでいただきながら、料理をご堪能くださいませ」
「ありがとうございます。こんな素敵な場所にお料理……凄いですね」
感心していると、レックスさんも囲炉裏を覗き込んで、キキョウさんの説明に感心していた。
飲み物は、キキョウさんお勧めのダニア清酒という米で作られたお酒を注文した。
レックスさんも同じものだ。
前菜にはエゴマ豆腐、川魚の湯引きと長芋の唐辛子あえ、塩茹で大エダマメ、ミニトマトの酢和え、ヨモギミソ田楽が運ばれてくる。
シロアユがメイン料理であるので、どの料理も量は多くなく、形の凝った陶磁器の小鉢に入っている。
何もなかったテーブルが色彩にあふれた。料理の宝石箱を目の前に出されたみたいだ。どれもこれも私が食べたことのない料理なので、見ているだけで心が満たされる気がした。
キキョウさんがダニア清酒を一升瓶と呼ばれる清酒専用の瓶で運んできて、淡いブルーのガラスでできた小さなグラスに注いでくれた。オチョコ、という可愛い名前だそうだ。おかわり用の小瓶であるトックリと呼ばれる牛乳瓶を小ぶりにしたような入れ物も置いてくれる。おかわりの際はおっしゃってくださいと、酒瓶をテーブルに置いて退室していった。
「最東国のダニア清酒は王都でも人気の酒だ」
「そうなんですね」
レックスさんがオチョコを掲げた。
私も持ち上げる。
テーブル中央の囲炉裏では、パチパチとシロアユが炙られている。
「今日は色々あったが、視察が無事終わってよかったな」
「レックスさんのご助力に感謝いたします。引き続きよろしくお願いいたします」
「乾杯の音頭としては堅苦しいが、いいだろう」
「気の利いたことを言えるように精進いたします」
「いや、オードリー嬢は十分に面白い」
「それって褒めてますかね?」
「どうだろうか」
レックスさんがオチョコを静かに近づけたので、カチリと合わせた。
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